2-6 決戦への誘導
戦いが始まった。
彼らは魔剣をゆるく構える俺を囲むような陣形を取った。
まずは様子見をしよう。
真っ先に飛び出してきたのは正面にいたファルスだ。
彼が振った剣を俺は魔剣で受け止める。
同時に後ろからも大きな力が迫ってきている気配がしたので、剣を押し返さずに俺は体を右へずらした。
直前まで俺の体があった位置に閃光が走る。トルテの神器が通り抜けた。
以前よりも格段に強いその輝きを目で追う暇もなく、ファルスから追撃がくる。
再び魔剣で受け止めようと思ったが、直前で取りやめて俺は後ろに飛び退いた。
今まで俺の足があった位置に、氷の矢が数本突き刺さる。俺は素早く魔剣を振り、時間差で飛んできたもう一本を叩き落とした。
そしてそこにまた攻撃を加えるのはトルテ。輝く神器の一筋を俺は体をずらして避けるが、神器は薄い閃光を発して魔力を起爆剤とした小規模の爆発を起こした。
威力はほぼなかったが、爆風に押されて俺は少し動きを止めてしまった。
その隙にとファルスが剣を振りかぶる。俺は足を一歩引いて避けようとしたが、足が動かない。
咄嗟に魔剣を前に構え、ファルスの剣を防いだ。ちらりと足元を見ると、俺の両足首を地面から生えた氷の腕が掴んでいる。シルフィの魔法か。俺は目を細めた。
と、その時視界の端に強い輝きが映る。まずい。
俺は足元に炎を纏わせつつ、力任せに氷の腕を根元から折り、体をずらして神器を避けようとするが、すんでの所で間に合わない。
仕方なく強引にファルスの剣ごと魔剣を引き寄せ、防御する。
しかしトルテの神器は俺の魔剣を容易く砕き、その勢いのままに、避けきれなかった俺の右腕を輝く刃が掠った。
傷の浅さに反した鋭い痛みに小さく舌打ちをする。油断した。
さらに追い討ちをかけようとする彼らは衝撃波の魔法で吹き飛ばしておく。
両足にしがみつく氷の腕はある程度炎で融かし、衝撃を加えて砕いた。
俺は小さく息をつき、浅い傷を負った右腕を軽く撫でた。ちょうど軽鎧で覆われていない位置だった。血はほとんど出ていない。痛いけれど。
吹き飛ばされた彼らはすぐさま態勢を立て直していた。
俺に大した痛手を与えられなかったことに少し悔しそうな表情をしながらも、こちらを警戒している。
その様子を見て、俺は口端を上げた。やはり彼らと戦うのは楽しい。
しかし今回はやりすぎぬよう気をつけなければならない。唯一のストッパーになる遼也は今ここにいないのだ。
「惜しかったな。千載一遇の機会だっただろうに」
嘲るようにそう言いつつ、折れた魔剣を適当に投げ捨て、新たに一本創造する。
俺の攻撃を受けるのはまずいと判断して、彼らは俺に攻撃させる隙を与えない戦略をとっていたのだろう。息もつかせぬ連携に、剣によるカウンターはとても狙えなかった。
俺も悠長に様子見なんてしている余裕はないな。加減が難しいが、こちらからも積極的に動かざるを得ないか。
可能ならばハンデの意味でできるだけ魔法を使わずに戦いたかったが、そうも言っていられないようだ。
「さて、準備運動は終わりだ。次はこちらから向かわせてもらおうか」
右手に握った魔剣を軽く一振りしてから、俺は軽く地面を蹴る。
シルフィが彼らの前に立ち、土魔法による板状の障壁を作り出した。
俺は足を前に出して着地して勢いを落とし、同時に炎の矢を数本作り上げ、障壁を回りこむような軌道で発射する。
様々な角度から迫る炎の矢。トルテが彼らの周囲をすっかり覆う半球状の結界を張って防いだ。
ふむ、と俺は唸る。亀のように厳重な防御をされてしまった。
物理的な攻撃を防ぐバリアである障壁に対して、結界は基本的に魔力の作用をなくすものだ。遼也が張ったもののように、特定の対象を通れないようにする事もできるが。
まあ今回は普通の結界。つまり結界越しに魔法で攻撃しようとしなければいい。俺自身が回り込むか、上に石でも生成して自由落下させるか。手はいくらでもある。
結局俺は足を軽くトンと鳴らし、地面に魔力を伝わせた。結界の無い地面から石の槍を何本も生成し、縦横無尽に結界内を埋め尽くす。
魔力を察知したトルテとシルフィは自ら結界の外に飛び出すことで難を逃れた。
そこで気付いた。ファルスがいない。
魔力の探知をすると、彼は俺の背後に回りこんでいた。おそらく彼はシルフィに気配を隠蔽する魔法でもかけられていたのだろう。
おそらく彼は既に剣を振り上げている。振り向いている暇はない。
俺は風きり音を聞きながら彼の方を向かずに体をずらし、彼の剣戟を俺の顔の左側すれすれで避ける。
驚く彼に回し蹴りを食らわせ、トルテ達の方向へ吹っ飛ばした。
尻餅をついた彼を認識し、俺は内心で息をつく。少し危なかったか。
似たパターンが前にもあったな。またしても罠に引っかかってしまったようだ。
反省せねば。しっかり全員の動きを把握するようにしよう。
とはいえ、今回はあまり戦いを長引かせるつもりはない。
中断するのは少し名残惜しいが、今はまだ決戦の時ではないのだ。
計画を無事に完遂するために、決戦の場へ彼らを誘導する必要がある。
俺の隙を窺う彼らを半眼で眺め、俺は口を開いた。
「どうした、随分大人しい攻撃ばかりではないか。よもや我を前に手を抜いているのではあるまいな?」
「うるっ、せえな! 黙ってろ!」
挑発ともとれる俺の言葉にファルスが吼える。
その言葉の合間に彼は立ち上がり、俺に向かって剣を振った。
魔剣を使って軽くいなし、同時に飛来するトルテの魔法の雷撃を結界で防ぐ。
そして俺は後ろに飛び退く。俺の足があったところにまたしてもシルフィの氷の矢が突き刺さった。
その氷を基に再び俺の足を固定されるわけにはいかない。彼らに炎魔法で攻撃するついでに氷の矢も融かしておいた。
「同じ技ばかりでは我には通用せぬぞ」
「ご忠告、どうもっ!」
そう返したトルテは俺に駆け寄り、神器の剣を薙ぐ。俺は足を引いてかわした。魔剣で受け止めると簡単に砕けてしまうから、横薙ぎは地味に厄介だ。
返す刀でもう一振り。俺には全く届かないが、嫌な予感がしたので左に大きく飛び退いた。
彼の剣戟により生まれた閃光の残滓が衝撃波となり、先ほどまで俺がいた位置に到達して掻き消えた。ソードビームか。律儀にも新技を披露してくれたようだ。
着地して彼らの動きを確認する。
こまめにやっておかないとまた罠にはまりそうな気がする。
ファルスはこちらの隙を窺っている。シルフィはこちらに杖を向けていた。
魔法を使うのかと身構えていると、予想外にも彼女は結界を発動させた。
俺を囲むような結界。例えるならば電話ボックスに閉じ込められたとでもいうべきか。
結界に手をつく。これは俺を通さない効果のある結界のようだ。遼也がかつて魔王城周辺に張ったものの劣化版。
そしてトルテが神器を振りかぶる。結界ごと両断するつもりらしい。
工夫が見られる彼らの戦略に、自然と口が弧を描く。
やはり彼らは期待を裏切らない。全力で戦うことができないのが残念だ。
俺は彼女の結界に闇の魔力を浸透させ、結界全体を掌握する。この時点でもはや俺を止める効果は失われた。
このまま破壊してもいいのだが、結界は魔力の固まり。せっかくだから利用させてもらおう。
トルテの斬撃は結界だったものから出ることで容易く避け、軽く手を振り、黒く染まったそれを魔力に還元する。
驚く彼らを眺めながら闇の魔力を凝縮し、一度地面にばら撒いてから解放する。
するとたちまち地面の至る所から影でできた蔦のようなものが生え、勇者達に巻きつこうと蠢いた。
わりと気持ちが悪いだろうこの状況にも彼らは焦ることなく対応する。
ちなみに闇魔法は宝玉が防ぐという設定になっていたが、彼らが持つ宝玉は全て神器となっているため闇魔法に対する防御効果はない。
トルテとファルスがシルフィを守りながら剣を振って蔦を弾く。
しかし地面からどんどん湧き出る蔦は数を減らさず、寧ろ増えるばかり。
そこでシルフィの詠唱が完成した。いつぞやの毒の霧を払ったのと同じ浄化魔法。
眩い光が溢れ、影の蔦は形を保てずに悉く消滅した。
「ふむ、確かに貴様らも強くなっているようだ。……だが、やはり物足りぬな」
勇者達は何も答えず、少しだけ息を切らしながらこちらを睨んだ。
俺は重ねて問う。
「何故全力を出さない? 戦いの余波で町がこれ以上破壊されるのを恐れたか?」
「……」
だんまりか。
まあ仕方ないか。下手に肯定して、冷血な魔王に「ならば後腐れのないように先に全部壊してやろう」とか言われたら終わりだしな。言わないけど。
俺はため息をつき、魔剣を軽く振ってから消滅させる。
いきなりの戦闘態勢解除に目を丸くする勇者達を見て、俺は肩をすくめた。
「興が醒めた。力を出そうとしない相手を制したところでつまらぬだけだからな」
まあこれでも少しは楽しかったが、彼らの技の規模には遠慮が見られた。
どうせならやはりもっと本気の、大技のぶつかり合いを所望する。
「なら、この町から手を引いてくれ」
「……勘違いをするな。貴様らとの戦いの決着を、このような場所でつける気がないというだけだ」
「……?」
疑問符を浮かべる彼らに対し、俺は腕を組んで答える。
「貴様らの望み通り、今この場からは退いてやろう。しかし、我は侵略を諦めたわけではない。この程度の町などいつでも容易く潰せるが、そのために貴様らをここで倒してしまうのが惜しいと言っているのだ」
俺は彼らの視線をしっかりと捉え、好戦的な笑みを浮かべた。
「一日だけ猶予を与えよう。準備を整え、覚悟を決めて、我が城へ来い」
「魔王城へ……?」
「そうだ。あの場所でなら何の遠慮もなく力を振るえるだろう? 互いの命を、互いの種族の存亡をかけて存分に戦おうではないか。この町の破壊の続きは、貴様らとの決着の後にとっておいてやろう」
ただし明日中に来なかった場合、問答無用でこの国を滅ぼす。
そう重ねて忠告しておくのは忘れない。
勇者達は互いに視線を合わせ、頷いた。
「──わかった。明日、決着をつけよう」
言葉は短くとも、その中に様々な思いが込められている。
決意の炎が宿る勇者達の瞳を見て、俺はふっと笑った。
「待っているぞ、勇者よ」
彼らの返事を待たず、マントを翻して背を向ける。
数歩歩いて瞬間移動の魔法を使い、俺は魔王城の自室へと転移した。
* * *
自室に戻った俺は、小さく伸びをしてから、もはや習慣となったいつもの紅茶を淹れた。
いつものようにカップを二つ用意してしまったが、遼也がいないことを思い出して一つは再び棚に片付けた。
茶菓子は無しで紅茶だけを飲み、ほっと一息をつく。それから水晶玉のような道具を起動して、勇者の様子を確認する。
いつの間にやら日は沈み、薄暗い空の下で、彼らは魔王の脅威が一時的にでも去った喜びに沸く人間達に囲まれていた。その中心で王と勇者が何かを話している。
それから王は何事かを側近に指示し、王と勇者達はどこかへ移動していく。
詳細は分からないが、おそらく明日の準備だろう。
ふうと息をつき、立ち上がる。
俺も最後の作戦のための準備を始めなければ。
これがうまくいけば、俺は遼也が帰るまで二度とここには戻らないだろう。
身辺整理、自室のオーパーツの片付け。しかしゲームを壊すのはなんとなく忍びないので、大部分はパッと見で分からない場所に片付けるだけにした。自室には遼也の結界もあるので大丈夫だとは思うが。
通路や謁見の間の掃除は魔法で軽く済ませる。壊れた部分も修復する。
門番に配置していたガーゴイルには暇を出し、代わりにただの石像を設置する。
他にも思いつく限りの準備を行った。
それが終わった後は、ソファーにもたれかかりつつ、明日の作戦について脳内で何度もシミュレートを行った。
さて、これで最終決戦の舞台は整ったはずだ。
俺が最後に殺されるという筋書きさえ守れれば、比較的自由度の高い戦いが待っている。どのような激戦が繰り広げられるだろう。
あの無駄に頑丈でやたら広大な謁見の間には、彼らの全力の攻撃を十分受けきるキャパシティがあるはずだ。おそらく俺の全力は受けきれないだろうけれど、俺が気をつければ問題ない。
最終的に敗北しなければならないという点に不安は少し残るが、多分どうにかなるだろう。いざとなれば何らかの演出を入れながら自決すればいいだけだ。
大丈夫。アドリブはもう慣れた。
明日の戦いに期待を寄せながら、俺はいそいそとゲームを取り出した。
これが最後の機会なのだ。ならば思う存分好きなことをやっていたい。
魔王の強靭な体ならば、きっと二徹ぐらいどうということはないだろう。多分。
勇者もいつ来るかわからない以上、起きて見張っていないといけないからな。
そう自分に言い訳しながら俺はゲーム機の電源を入れた。




