2-4 そして神はいなくなった
「蓮斗、おかえり! マジでごめん!」
魔王城の自室に戻ると、創造神の化身が土下座をしていた。
これが俗に言う土下座神か。いやそれはどうでもいい。何だこれ。
俺は瞬きをする。何かを言う気も失せてしまった。
「……とりあえず、頭を起こせ。説明してくれ」
「う、うん。えっと、どうしよう何から話せば……」
「とにかく落ち着け。椅子に座れ」
そう言いながら俺はとりあえずいつものように紅茶を淹れようとしたが、遼也に制止された。そのまま遼也は手を一振りして紅茶と茶菓子を出現させる。いつもより豪勢だ。
俺達は一旦椅子に座って紅茶を飲む。妙にのんびりとした空気になった。
「それで? 一体何がどうなったって?」
クッキーをつまみながら問う。
どうやら落ち着いたらしい遼也は、少し考えてから話しだした。
「……えっと、あのさ、覚えてると思うけど。僕らの体感で数年前、僕は君の死後の魂を勝手に匿ってこの世界に連れてきたじゃないか」
「ああ、そうだったな」
非常にわけのわからない出来事だった。
もはや遠い過去のような気がするそれを懐かしんで頷く。
「本来、死後の魂は死神が回収して転生神に渡すんだけど、僕が先に連れて行ったせいで死神は蓮斗の魂を回収できなかった」
「ああ」
死神は回収予定の魂を持ち帰ることができなかったわけだ。
つまり遼也は死神の仕事を妨害した。
当然他の神にも遼也の行いはバレているだろう。
あ、なんか見えてきた気がする。
「さっき、天界の使者がここまでやってきてさ……」
「……怒られたのか?」
「…………怒られに行ってきます」
つまりは呼び出しを喰らったと。
こうなることは目に見えていただろうに。これは明らかに遼也が悪い。
頭をテーブルの上に行儀悪く突っ伏す神を尻目に、俺は紅茶のカップを手に取った。
「まあ自業自得だな。行ってこい」
俺の突き放した物言いに、遼也は半眼でこちらを睨んだ。
唸りながら俺を睨んだところで、何が改善するでもないし、別に俺は関係ない。
無視していると、遼也は不満げに頭を起こした。
「確かにそうなんだけどさ。もうちょっと慌ててくれてもいいじゃんか」
「ん? 何でだよ。逮捕されたりでもするのか?」
「いや、お小言だけで済むって聞いたけどね。そこじゃなくて」
「ならいいじゃないか。俺は関係ないだろ」
そう言った俺に、遼也は申し訳なさそうに目を伏せた。
「あるよ。この世界と天界じゃ時間の流れが違うんだ。天界での一日はこっちじゃ数ヶ月。僕が天界に行ってる間に、蓮斗はそれよりずっと長い時間、一人になってしまう」
「ああ……そういうことか」
天界よりもこの世界の時間の方がずっと速く流れている。
彼が天界にどれだけの時間留まるかは知らないが、俺はその間にその数十倍から数百倍ぐらいの時間を過ごすことになるのだろう。
「もう計画も終わりだし、もうすぐ魔王は死ぬ。死神に魂を回収されることはないけど、その時に僕も立ち会えない。蓮斗は僕が帰るまでずっと幽霊として過ごすことになってしまうんだよ」
「……」
幽霊。
短い間だったが、俺も前の世界で幽霊という状態は経験した。
ところで遼也がいた場合は幽霊じゃなくて俺はどうなる予定だったのだろう。その辺りの話はまだ聞いていない。まあ何でもいいが。
カップを揺らしながら俯いて話す遼也は、いつぞやと似た雰囲気を纏っている。
「何日も、下手したら何ヶ月、何年も……。誰とも話ができないし、誰にも気付いてもらえない。何をするでもなく、ただ一人存在するだけ。そんな生活って、結構きついよ」
そうぽつりと語る遼也の言葉は、何だか真実味を帯びていた。
思えば、遼也も一人だった。
彼が消えてから俺が死ぬまで、俺の体感では丸一年。彼の体感ではどれだけ経っていたのだろう。
それだけの間、彼はこの世界でたった一柱の神として存在していたのだ。
彼にはその間神の仕事をするという目的はあった。一つの世界に一柱だけの神。やるべきことは沢山あっただろう。
それでも、彼は長い間誰とも話をせず、たった一人でずっと過ごしてきたのだ。
彼の話を聞く限りでは、化身として人里に降臨することなど滅多になかったようだし、天界には気軽に遊びに行くつもりで向かえるようなものでもない。
終わりの見えない孤独な年月を過ごした彼は、一体どんな気持ちだったのだろうか。
多分、だから彼は俺を連れてきたのだろう。
俺の記憶と人格をリセットしたくないからだとか、魔王として世界を救ってもらうためだとか、尤もらしい理由をつけて。
本心では自分の寂しさを紛らわすために。
そして、同じ気持ちを俺に味わわせてしまうことに、彼は罪悪感を抱いているのだ。
そう思い至ったことで、つい小さく吹き出してしまった。
くすくすと笑いを漏らす俺に、遼也は虚を突かれた顔をした。
「──はは、なんだよ。お前そんなことを気にしてたのか」
「そっ、そんなことって……。本当だよ? 結構しんどいんだよ?」
何故か慌てる遼也を見て、俺はニヤリと笑った。
「俺を誰だと思ってる。留守番くらいで潰れるような精神はしてないっての。何十年でも何百年でも行ってこいよ、待っててやるから」
「えっ、いや、でもさ……」
「何ならその間、この世界中をゆっくりと観光でもしておくさ。教会なんかを見て回るのも面白いかもしれないな。お前がどんな扱いになってるかを見て笑ってやるよ」
「む……それは勘弁してほしいなあ」
多分教会で祭られているであろう神は、俺の言葉に苦笑した。
後は勇者達の動向をずっと観察するのも面白そうだと思う。飽きなそうだ。
「とにかく俺のことは何も心配しないでいい。……ただし、早く帰ってこいよ」
そういいながら、俺はブランデーのケーキに手を伸ばす。
ここに並べられた茶菓子も当分の間は食い納めか。俺は遼也ほど上手く創造ができるわけではないし、幽霊が創造の力を扱えるとも思っていない。なら今のうちに思う存分食べておこう。
遼也の方に視線を合わせないのは食べるのに忙しいからであって、別に柄にもないようなセリフを言ってしまって照れくさいだとか、他意があるわけではない。
最近遼也はよく落ち込んでいるし、励ますのにも随分慣れてきている。と思う。
「…………はは、やっぱり優しいよね蓮斗は」
遼也が小さく笑う声がした。
ちらりと横目で窺うと、彼は眉尻を下げながらも吹っ切れたように笑っていた。
「ありがとう。できるだけ早く終わらせて帰るから、ちゃんと待っててね?」
「当たり前だろ」
そう答えて俺は紅茶を口に含む。
それから努めて呆れたような表情を作ってため息をついた。
だが俺も完全に口元が緩んでしまっている。多分演技だとバレているだろう。
それでも一言くらい文句は言っておきたい。
「……というかさあ、結局俺には待つ以外の選択肢なんてないだろ。俺が断れない以上、待つのは辛いだとかいう風に脅されたってどうしようもないじゃないか」
「う、いや、ただ謝りたくって。別にそういうつもりじゃ」
「今回の非は全部お前にあるんだから、俺に申し訳ないと思うなら普通に謝れよ。それから自分の行いを反省しとけ」
「そうします。申し訳ございませんでした。ほんの気持ちですがどうかお納めくださいお代官様」
「それは普通の謝り方じゃねえよ」
ははー、と謎の掛け声と共に遼也が差し出したのは新たなケーキ。チョコレートクリームたっぷりのものだ。
気持ちというよりは言い方が袖の下っぽい。本当に反省しているのかこいつ。
まあ受け取るけどな。俺の好みを遼也が把握しているのが悪いのだ。
そんな感じのいつもの軽さでこの話題は終わった。
* * *
「うーん、魔王が敵じゃない気がするって? あんなに大虐殺してたのに?」
遼也がいなくなってからの計画について打ち合わせをしたあと、先ほどの勇者の態度について相談をする。
勇者の名誉のために補足しておくと、別にトルテが俺に対して明確な敵意を持たないからといって、彼が被害に遭った人々について軽視しているわけではない。
遼也によると、彼らは毎回きちんと犠牲者を弔ってくれているらしい。
被害の惨さを目の当たりにし、時には涙まで流して。
だから余計に分からない。俺には手に余る問題だ。
遼也にもトルテの内心は分からないのか、カップを手に持ったまま首を傾げている。
「彼も随分優しい子みたいだから、話してるうちに情が湧いちゃったのかな? それとも隠してても滲み出る蓮斗の優しさオーラに気付いちゃったかな」
「勝手に変なオーラを作るな」
適当なことを言う遼也に呆れつつ、俺はケーキの後の紅茶を口に含む。
砂糖は入れていない。チョコレートクリームによる口内の甘ったるさが中和されていい感じだ。
甘いものは好きだが、ただ甘ければいいというものでもない。
「……一応シルフィとファルスに説き伏せられてたから、別に計画には大して支障をきたさないとは思うんだけどな」
「まあ、一度持たれた印象は今更どうしようもないしね。最悪の場合は綺麗な勧善懲悪ハッピーエンドにはならないかもしれないけど、仕方ないか。計画通りに進めることを最優先でお願い」
救いようのない絶対悪をヒーローが懲らしめて大団円という単純な形が理想とはいえ、これが絶対条件というわけでもない。完全な悪ではない相手を殺すという多少後味の悪いエンディングになったところで、世界全体への影響は特にないか。
人類の総数はまだ理想のラインを超過しているが、致命的なほどではない。
ヘイトを稼ぐためにわざわざこれ以上無駄に間引きという名の虐殺を引き伸ばす必要もないだろう。
町を襲うのは予定通り次で最後だ。
「ま、そうなるよな。了解」
「ありがとう。僕はもう天界に行かないとダメだから、細かい裁量は全部蓮斗に任せるよ。いい感じに頼むね」
相変わらずの適当さである。
つい苦笑が漏れた。
「全く、肝心なところでぶん投げるなよな」
「でも蓮斗なら上手くやってくれるってわかってるから」
「利用してやるっていう魂胆にしか見えないぞ」
「あはっ、バレた?」
「お前なあ……」
冗談めかして笑う遼也に、俺は肩をすくめる。
俺は今手にクッキーをつまんでいるから、デコピンの刑は仕方なく見送ってやった。
そろそろタイムリミットが近づいてきた。
天界よりこちらの方が時間の流れが速いからといって、あまり長く話し込んでいるわけにもいかない。現在使者には天界で少しだけ待ってもらっている状態なのだそうだ。
作戦の最終確認を済ませ、オーパーツ溢れるこの自室には俺以外入れない強固な結界を張り、ついでにチョコレートケーキをもうひとついただいた。
遼也は部屋を軽く歩き回りながら、指折り確認して頷いた。
「──よし。大丈夫、準備はできた。そろそろ行くね」
「ああ、行ってこい。土産は適当でいいぞ」
頷いて言った俺の言葉に遼也は目を丸くし、破顔した。
「あはは、天界土産かあ。了解! 終わったら大急ぎで何か手に入れてくるよ!」
「……いや、無理はしないでいいからな」
土産という発想がなかったのかもしれない。彼は楽しそうに親指を立てた。
俺としては冗談のつもりだったのだが、彼がその気ならそれでもいいか。
だがそれに苦労して時間をかけるのは本末転倒だ。
そう言った俺に、遼也は笑顔で頷いた。
そして遼也はピースサインを作り、妙なポーズを取りながら消えた。
天界へと転移したのだろう。
つまりこの世界からいなくなったのだ。
「……」
俺は小さく息をつき、テーブルに置きっぱなしの皿やカップを見つめる。
何だかんだで、彼がいなくなると部屋ががらんとしてしまった。
だけどすぐに慣れるだろう。だから別に心配する必要はない。なんてな。
「……慣れるも何も、俺もすぐにいなくなるけどな」
意味もなくそう独りごちて、俺は椅子に座ったまま食器を魔法で洗い、棚に片付けた。
さて、そろそろ俺の方も終幕だ。
うまくいけば明日か明後日には計画は全て終了するだろう。
先ほどの町に魔物をよこして様子を見ると、既に倒されているヒュドラの傍に勇者達はいなかった。
今頃はきっとセントリアの王都で報告し、迎撃態勢を固めていることだろう。
勇者達を含めた誰にも見つからぬよう気配を断たせ、こっそりと偵察用の魔物を王都の上空に張り巡らせる。
さらに王都の周囲にも影のような別の魔物を控えさせておく。
そして遼也に作ってもらった指定対象の様子を確認する水晶玉のような道具を起動し、テーブルに置いた。
上手くいけば、王都で虐殺をせずともこれで今回の目的は達成できるはず。
作戦中に多少上手くいかないことがあったとしても、最悪最終目標さえ達成できれば問題ないのだ。
そしてその目標はもう目の前に近づいている。変に緊張するより気楽にいこう。
テーブルに頬杖をついて水晶玉を眺めながら、俺は小さく欠伸をした。




