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破壊のゴルゴンゾーラ  作者: 茹でプリン
二章 勇者との決戦
14/21

2-3 予定外の連続

 あれから、俺は毎日いくつかの町を滅ぼした。

 それなりに大きい都市のこともあれば、辺境の小さな村のこともあった。

 そのどこからも、生き残りは出さなかった。

 

 神出鬼没な魔王の暴虐に、人間達は手も足も出なかった。

 勇者は初回以降も俺を追いかけてはいるのだが、ペースを上げた俺をそうそう捕まえることはできていない。俺が滅ぼした町に置いてきた魔物を確実に撃破し、その魔物による更なる被害を防いではいるのだが、それだけだ。

 今、人間達には不安が渦巻いている。次に襲われるのは自分の住む町なのではないか。このまま人間は魔王に滅ぼされてしまうのか。

 そんな人間達に希望を託されているのが、勇者達だ。

 

 彼らが支える人間達の結束は、もはやほぼ揺るぎないものとなっている。

 魔王という脅威が消えても、もう乱れることはないだろう。

 すなわち今の作戦を完遂し、魔王が勇者に討伐されれば俺の役目は終了となる。

 数年にわたる計画がもうすぐ終わりを告げる。長かったようで短かった。

 

 そして残るターゲットはあと少し。

 それが済むまではまだ勇者に捕まってやるわけにはいかない。

 

 

 ちなみに、遼也はあれから毎回俺に付き合って作戦の様子を見守っている。無理はしないように言ったのだが、自分が言い出したことだからと意地を張っているようだ。

 だがターゲットの死を確認したあたりでいつも気分が優れなくなって俺の自室にひっこんでいる。これが毎度のパターンだ。これでいいのだろうか。本人がいいというのだからまあいいのだろう。多分。

 

 

 

 

 俺は今、また一つの町を壊した。

 多頭竜ヒュドラにより毒の沸き立つ沼と化したこの町で、いつもの通り生存者に止めを刺して回っている。

 生き物の体を溶かす強力な毒に耐える者などほぼいなかったが、強力な魔導師の中には毒を軽減する魔法で難を逃れていた者もいた。毒の沼とそこから発生する霧の中で俺が問題なく動けているのも、似た魔法を使用して毒を無効にしているからだ。

 

 やがてこの町にも俺とヒュドラ以外の生物が存在しなくなった。

 転移を防止するために町を覆っていた闇の魔力を霧散させる。


 これで、残るターゲットはあと一人。

 期間は短い割にとてつもなく長く感じられる作戦だった。それもじきに終わる。

 俺は小さく息をつき、血のついた魔剣を死体の胸から抜く。

 

 だが、その一人がいる場所が問題なのだ。

 俺がかつて最初に襲撃した都市。中央の国セントリアの王都。

 この町は人間世界の中心も中心、気軽に滅ぼすわけにはいかない。

 普段のように町に住む人間全てを滅ぼすとすれば、当然王や国の主要人物をも消すことになる。今では他の国の重鎮も頻繁に訪れていて、タイミングが重なれば当然一緒に生を終えることとなる。流石にそうなってしまえば、この国に限らず人間世界の再興が厳しくなることだろう。

 かといって、その町だけ最小限の被害で済ませるのもどうだろうか。理由なく国の重鎮の一部だけ殺して他を生かすというのは逆に怪しいだろう。国の一部と魔王が裏で繋がっているのではなどと変に邪推されては困る。

 他のターゲットがことごとく自らの領地でふんぞり返っていてくれたおかげで、これまで他の国の主要都市を滅ぼすことにならなかっただけ、まだ幸いだったのかもしれない。

 

 

 さて、どうしたものか。作戦中に考えようと思って後回しにしていたツケが来てしまったようだ。

 遼也に相談しようとしても、やはり作戦中は無理だった。

 彼は今化身として顕現し、魔王城の俺の自室で休んでいる。

 

 仕方ない。一旦俺も自室に戻り、それから相談するか。

 だったらもっと早く相談するべきだった。ぎりぎりはよくないな。反省しよう。

 俺はため息をついて魔剣を消し、ヒュドラの許へ戻る。

 ヒュドラは毒の沼となった地面に寝そべり、うたた寝をしていた。呑気だなと呆れながら、別れの挨拶のつもりで手近な頭を一つ撫でる。意外にもすべすべしていた。

 

 

 唐突にヒュドラが目を開いて頭を起こし、全ての頭をある一方向へ向けた。

 毒の霧のせいで視界は良好とはいえない。魔力によりそちらの方向を探ると、強力な魔力の気配がいくつか近づいているようだった。

 その正体に気付き、俺はニヤリと笑う。

 ちょうどいい。遼也に相談せずともこれで解決できそうだ。

 ついでに、久々に俺に追いついた褒美として、少しは相手をしてやってもいいだろう。

 別に俺が戦いたくてうずうずしているわけではない。

 

 

 

「──清廉なる星の名の下に、清き光よ降り注げ!」

 

 詠唱が響き、霧の向こうを柔らかな光が照らすのを感じた。

 その光は辺りの毒を浄化しながら広がり、俺やヒュドラをも巻き込み、やがて町全体を漂う霧を覆いつくした。

 光が消えると滞留していた毒の霧は全て消え、残った毒の沼から新たに発生する僅かなものだけとなった。

 開けた視界に見えたのは、やはり杖を構えたシルフィ。その後ろにトルテ、ファルスも立っている。

 

「! ゴルゴンゾーラ……っ!?」

 

 勇者たち三人がこちらを見て目を丸くした。

 俺がここにいたことは予想外だったらしい。まあ近頃は魔物をおいて俺一人先に進んでいたから仕方ないが。

 それと、どうでもいいことだが俺をわざわざ名前で呼ぶのはやはりやめてもらえないだろうか。なんだかゴルゴンゾーラという名が少し馴染んでしまった自分が惨めになってくる。

 ため息をつく代わりに冷めた目で彼らを見据え、小さく鼻で笑った。

 

「ようやく来たか、勇者よ。我が残したしもべ達をことごとく退け、我が許まで辿り着いたことは褒めてやろう」

 

 俺は高慢に言い放つ。

 ヒュドラが勇者達を複数の視線で射抜き、唸りをあげる。

 俺はその首のひとつを軽く撫でながら、嘲るように言う。

 

「だが、残念だったな。既にこの町にも生きた人間は残っていないぞ? 今一歩のところで間に合わなかったようだな」

 

 間に合われてしまっては困るけどな。内心で呟く。

 シルフィに視線が集まるが、彼女は沈痛な面持ちで頷く。魔力探知により確認したのだろう。

 トルテが一歩前に出て、複数の感情がないまぜになった目で俺を見据える。

 

「何故……、何故貴方はこんなことをするんだ」

 

「何故? ……そうだな、ただの戯れだ。我を長らく封じ込めてくれていた忌々しき神への意趣返しも含むがな」

 

「僕は、貴方が……そんな理由でこんなことをする人だとは思えない」

 

「……? どういう意味だ」

 

 俺は目を眇めて彼を観察する。彼が何を言いたいのかがわからない。

 俺をただ真剣な目で見つめるだけで質問には答えようとしないトルテに、俺は軽く肩をすくめた。

 

「……どうも、貴様は我を自らと同じ人間であるかのように捉えているようだな。姿形に惑わされたか? ふん、大した思い違いだ」

 

「でも、貴方は人の言葉で意思の疎通ができるし、こうして僕の問いかけにも答えてくれるじゃないか。普通の魔物とは違う」

 

「当然だろう。我は魔の眷属を統べる王。魔物の代表として我らが意思を貴様らに伝える義務がある。だが、それで人間などという下等生物と一緒にされては不愉快だ」

 

「……不快にさせたなら謝る。けど、何だかうまく言えないけど……。種族とか立場とかは関係なく、貴方は悪い人ではない気がするんだ。敵ではない……気がするんだ」

 

「……!」

 

 なんだと。

 驚きが顔に表れそうになったが、可能な限り無理やり押しとどめた。

 

「……。何を言っているのかわからないな。戯言を抜かさないでくれないか」

 

 俺は眉をひそめる。が、内心は冷や汗タラタラだ。

 これはまずい。非常にまずいぞ。

 どうやら勇者にとって俺は敵ではないと認識されているらしい。いや俺が勇者に敵わないとかそういう意味ではなくて俺は敵キャラではないとかそっち系の意味だ。焦ってしまって何を考えているのか俺もよくわかっていない。

 なんてこった。何が起こった。どうしてこうなった。

 確かに俺の本来の目的を鑑みれば、俺は人間の敵というよりは寧ろ味方である。

 だがそれはあくまで目的だけの話であり、俺がやっていることを客観視すれば紛う事なき悪。おそらく人間の法に照らし合わせれば即日死刑待ったなしの大罪人。

 となると俺の演技に問題があったのだろうか。どこを失敗したのかは俺には瞬時には思い至らない。これだからアドリブは苦手分野だといったのだ。

 これからどのように軌道修正すればいいのだろう。意見を仰ごうにも肝心な時に遼也がいない。

 俺が何を言えばいいか迷っていると、彼の後ろで俺を警戒していたファルスが、眉を吊り上げてトルテへ向き直っていた。

 

「は? 何言ってんだトルテ! こいつはもういくつも町を滅ぼしてんだぞ! 敵以外の何だってんだよ!」

 

「確かにそれは許せないことだけど……。ごめん、僕もよくわからない。わからないけど、そう思うんだ」

 

「はあ? それこそ意味わかんねーよ!」

 

 俺も何だかよくわからなくなってきた。何だこれ。台本がほしい。

 直感か。勇者の直感なのか。そんなもの俺にどうしろというのだ。

 とにかく勇者が魔王に敵対しないなど、そんな展開があってはならない。

 今からでも魔王に対するマイナスイメージを少しでも持たせる必要がありそうだ。汚名挽回。名誉返上。後味の悪いエンディングへのフラグはへし折りたい。

 といってもこれ以上どうすればいいんだ。

 

「実際魔王が何を思って行動しているにしろ、彼が私達人間を襲い続ける以上、私達の敵であることに変わりありません」

 

「俺達の役割はあいつを止めてこれ以上の被害を出さないようにすることだ。見失うな。このままじゃ死んだやつらが浮かばれねえよ」

 

「……ああ、そうだね。わかってるけど……くそっ」

 

 シルフィ達の説得に、納得がいかないような顔をしながらもトルテは同意した。

 俺は内心で安堵する。少なくともトルテの仲間達からはしっかり敵と認識してもらえているようだ。まだ挽回の余地はあるか。

 ちなみにこの作戦で犠牲になった人間達の霊は無事に死神に回収されていて、今頃は順番に転生しているところだろうとのことだ。遼也から聞いたから間違いはないだろう。別に浮かばれてなくはない。

 

 二、三言何か話をした後、彼らはようやくこちらへ向き直る。

 俺は肩をすくめて小さく息をついた。

 

 

「話は終わったか? ……興は削がれたが、まあいい。我に再び追いついた褒美をやろう。来るなら相手をして──」

 

『──蓮斗! ごめん、大変なことになった!』

 

 久しぶりに彼らと戦おうと挑発をしかけたちょうどそのとき、遼也から慌てた声の天啓が届いた。

 止む無く中途半端な所で口を閉じる。

 遼也は魔王城で休んでいたのではなかったのか。そうしているときは天啓を授けることはできないはず。

 つまりわざわざ世界の中心の空間に戻ってまで俺に連絡をしてきたのだ。

 一体何があったのか。

 勇者の前では問い返すこともできず、俺は眉をひそめた。

 

『あのさ! ううう、何て言えばいいのか……!』

 

 遼也は何かを言いたそうにしているが、唸るだけで上手く言葉にできていない。

 何なんだ一体。

 

「ゴルゴンゾーラ? ……どうした?」

 

 急に口ごもった俺に対してトルテは怪訝そうな視線を向ける。

 そういえばこういう状況が前にもあった気がする。デジャヴというやつか。

 トルテの方をちらりと見て、俺は何か言い訳をしようと口を開く。しかし考えた言葉は結局声にならなかった。

 

『ああああもう! えっと、急遽僕はこれから天界に行かなきゃならなくなったんだ! その前に話したいことが色々あるから、大至急戻ってきて!』

 

「──!?」

 

 なんだと。

 つい驚きが声に出そうになった。

 視線を魔王城のある方角へと向けて俺は大きく舌打ちをした。

 これから久しぶりに戦おうと思っていたのに、お預けを喰らってしまった。

 いや、それよりも、いきなり天界とかどんな展開だよ。

 何事かは不明だがとにかく急いで戻らねばなるまい。そして遼也を問いただして殴る。

 

 とりあえず多分国の情勢や作戦の遂行に関する問題ではなさそうだと思う。

 今日のところは戦闘は割愛するしかないが、せめてこれだけは伝えておこう。

 髪をかきあげて苛立ちを誤魔化し、わけがわからず呆けている勇者達に向かって口早に告げる。

 

「悪いが、貴様らの相手をしている余裕はなくなった。……その代わりといっては何だが、我らが次に滅ぼす町を教えてやろう」

 

「!」

 

 トルテ達の目が鋭くなる。

 俺は小さく口元に笑みを浮かべて宣告をした。

 

「──セントリア国の王都だ。明日の黎明に、我はしもべと共にそこへ向かう。滅亡を避けたくば、我を止めたくば、精々足掻くがいい」

 

 そう言うが早いか、俺は顔面蒼白になった彼らに背を向けて、未だ唸り続けているヒュドラに指示を出した。

 彼らが何かを叫ぶのが聞こえたが無視だ。ヒュドラが臨戦態勢に入るのを確認し、俺は瞬間移動の魔法で魔王城へ帰還した。

 

 


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