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破壊のゴルゴンゾーラ  作者: 茹でプリン
二章 勇者との決戦
13/21

2-2 蹂躙

 *残酷な描写があります。

 俺を乗せたドラゴンは、目的の町の上空で停止した。

 活気のある町並み。この時勢でも希望を失っていない人間達。

 彼らの大部分には何の罪もない。ただ運が悪かっただけだ。

 

 何の前触れもなく町に落ちた大きな影に、住民達は驚いて空を見上げた。

 そして、俺達を見つけると彼らは一様に動きを止める。

 俺は震える人間達を感情なく見下ろしていた。

 

「始めるぞ。いいな」

 

『……うん。お願い』

 

 小声で確認する。

 返ってきた遼也の硬い声に頷き、俺は町全体を闇の魔力で薄く広めに覆った。

 これは境界の内外への魔力の移動を阻止するもの。つまりは転移防止だ。ちなみに魔王城の周辺にも似たような結界を張っている。侵入者防止にも効果があるものだ。

 それから、俺は一拍おいてドラゴンに指示を出す。

 

 

 ドラゴンは大きく息を吸い、魔力と共に吐き出した。

 その息は激しい炎となり、一瞬のうちに眼下の家々を焼き払っていく。

 上空まで悲鳴が聞こえてきた。騒ぎに気付いた衛兵達が駆け寄ってくる。

 水魔法で鎮火させようと試みているようだが、そんなものでこの炎はおさまらない。

 明らかに敵対する存在である俺達に向けて魔法で応戦しようとした勇気ある者もいたが、ドラゴンは高度を少し下げることで容易くかわした。

 町の外へ出ようとする人々は、俺が雷の魔法で打ち抜いた。誰も逃しはしない。

 

 ドラゴンは更に息を溜めてブレスを放出する。何度も何度も繰り返す。決して小さくなかった町は、やがて全体が明るい炎に覆われていく。

 当然、そこに存在していた人間はひとたまりもない。恐慌状態に陥って逃げ惑う人々も、際限なく広がる炎になすすべもなく命を落としていった。

 中央辺りに建っていた立派な屋敷も焼け落ちていく。多分あれが領主の住む建物だろう。数分後にはもう他の建物と見分けがつかなくなっていた。

 

 やがて悲鳴は聞こえなくなり、ドラゴンの羽ばたきと小さな唸り、また炎が勢いよく燃える音だけが静寂を満たした。

 

『……ターゲットの死亡、確認したよ』

 

 ぽつりと、遼也から天啓が下る。

 世界の中心の空間にいる遼也は、世界のあらゆる場所の状況を把握することができる。

 その力で、死にゆく彼らのことを直接見ていたようだ。

 焼死。さぞ苦しんでいただろう。

 

 遼也はこういう状況には耐性がない。

 不本意ながら、俺とつるんでいると必然的に前の世界でも血や怪我を沢山見る羽目になっていたので、血生臭い光景そのものにはそれなりに免疫がついたようだ。少なくともある程度無視できる程度には。

 それでも未だに人が苦しむ様子だけはどうしても慣れることができないらしい。

 明らかに気分の悪そうな声に、俺は小さく息をつく。

 

「了解。少し休め」

 

『ごめん。そうする』

 

 そういって、彼からの天啓は途絶えた。多分別の空間へ移動したのだろう。

 確実さを優先して広範囲に及ぶ火責めを決行したが、人が焼け死ぬのを見るのは遼也にとってやはり辛かったようだ。

 この作戦はまだしばらく続く。明日は腕力系の魔物による物理的な蹂躙にしてみようか。死ぬ際の痛みは一瞬で終わると思うが、それはそれで非常にスプラッタなシーンになるし、人々を逃がさぬよう町全体に攻撃をするには工夫が必要そうだ。難しいな。

 

 

 そんなことを考えながら、俺は自分に炎避けの魔法をかける。

 指示を出してゆっくりと高度を下げ、かつて町の中心だった場所に降り立った。

 広間だったその場所は、他と比べて炎の勢いが弱い。そこで俺はドラゴンの背からひらりと飛び降りた。

 ドラゴンには自由に行動させ、俺は生きた人間特有の魔力を探知する。

 一口に魔力といっても色々な特徴があり、生物の魔力は死ぬと少し変質する。これによって生命探知をする事が可能なのだ。

 その結果、俺のすぐ後ろに倒れている人間がまだ生きていたことが判明したので、少し考えて赤い刃の魔剣を生成し、心臓を貫いた。魔力の反応は消えた。

 そして俺は次の生き残りがいる場所へと歩みを進める。

 

「……助、けて……っ」

 

 弱々しい声が俺を捉えた。

 見ると年端も行かぬ少女が目に涙を溜めて倒れていた。

 焼け落ちて燻っている家の残骸に下半身を挟まれたようだ。上半身も瓦礫に覆われていて心臓を狙うのが難しい。

 俺は迷わず彼女の首を刎ねた。

 

 こうして俺が止めを刺して回っているのは、瀕死の人間が少しでも苦しまずに逝けるようにというのもあるが、主に今後回復される可能性を潰しておくためである。

 回復魔法の存在するこの世界では、命さえあれば瀕死の重傷からでも容易く復活できるのだ。俺と戦った後の勇者達のように。

 できれば、壊滅した町から下手に生き残りを出したくはない。

 少数の生き残りを出せば、確かにその者達から俺への恨みを買うことはできるだろう。しかしそれは個人が抱くには強すぎる、後に尾を引く恨み。

 魔王が倒されて平和が手に入った後に、大事な人を皆殺されてしまったというやり場のない怒りを変に爆発させられては困るのだ。

 だがこのように正当化しようとしたところで、今やっていることは結局人殺し。あまりいい光景ではない。遼也が見ていなくてよかったと思う。

 

 俺は着々と残りの生存者に止めを刺していく。

 地下室に隠れて難を逃れ、俺に気付かれぬよう逃亡を試みていた人間もいたが、逃がさぬように容赦なく追って斬った。地下に残る人間は土魔法で押しつぶした。

 俺が止めを刺さずとも勝手に消えていった魔力もあるが、やがてもう生き残っている者は誰もいなくなったようだった。

 ちらりとドラゴンを見ると、死体の一つを貪り食っていた。まあ人間は魔力が高いからな。いい餌だよな。やはり遼也が見てなくてよかった。

 

 

 

 最後の生存者の胸から魔剣を引き抜こうとしたとき、ふと何かの視線を感じた。

 俺は横目で辺りを窺うが、生きた人間はいない。遼也は休んでいるし、ドラゴンは食べるのに夢中だ。魔力探知にも何もひっかからなかったはず。

 気のせいだろうか。いや、もしかすると今ここで俺が殺した住民の幽霊による視線かもしれない。案外ありえそうだ。

 

 念のためと思って再度魔力を探知する。そうすると、先ほどにはなかった魔力の反応に気がついた。

 覚えのある魔力。俺は瞬きをして町の入り口の方へ目を向けた。

 

 

「っ……! ゴルゴンゾーラッ!」

 

 そこに駆けてきていたのは、やはり見覚えのある金髪の少年。

 なるほど、こいつらだったか。

 俺は薄く口元だけの笑みを浮かべ、死体の胸から剣を引き抜いた。

 

「……勇者トルテか。遅かったな」

 

「貴方が、やったのか……っ!」

 

 トルテは絞り出すような声で吠える。俺以外に誰がいるというのだ。

 遅れてファルスとシルフィもやってきた。どうやら気が逸ってかトルテだけ先行していたようだ。

 遅かったとは口にしたが、俺の予想より随分早い到着だ。念のために止めを刺して回っていて良かった。間に合わなければシルフィに回復されていただろう。

 二つの意味で赤に染まったこの町の惨状を見て、シルフィは青くなり、ファルスは赤くなった。

 

「──そんな、こんなことって……」

 

「お前ッ! 何故こんなことを!」

 

「苦しむ人を見て、貴方は何とも思わないのですか……!」

 

 俺は肩をすくめる。

 うるさいな。人の破滅を望む冷血魔王に人道を説くか。

 

「愚問だな。答える価値もない」

 

 冷たくあしらう俺に、勇者は黙って強く拳を握る。

 よく見るとその拳は震えている。間に合わなかったことを悔いているのかもしれない。強い眼光がこちらを射抜く。

 目が合ったので、見下したように鼻で笑っておく。彼の表情が歪んだ。

 それでいい。存分に憎め、恨め。魔王は悪いやつなのだ。

 

 だが今日は彼らの相手をするつもりはない。今彼らがここに来たのだって予定外のことだ。

 俺は魔剣に風を纏わせて血を払い落とす。それから剣を消滅させた。町を覆う闇の魔力も霧散させておく。

 そして踵を返し、彼らを無視してドラゴンの許へと歩みはじめた。

 すると背後で武器が鞘をこするような音がした。

 

「待て、どこに行くんだ! 僕達は貴方を止めに来た。全力で相手をするといったのは貴方じゃないか!」

 

 振り返るとやはりトルテが俺に神器を向けていた。

 炎に照らされたその顔には玉のような汗が滴っている。熱さを我慢しながら俺と戦う気か。舐められたものだ。

 俺は冷徹に彼らを眺め、ため息をついた。

 

「我は"止めてみせよ"と言ったはずだ。ここでの用は既に終わった。残念だが貴様らは今回我を止めることは叶わなかった。呪いたくば貴様らの足の遅さでも呪うがいいさ」

 

 少し屁理屈かもしれないが、この町での任務は妨害もなく無事に終了し、あとは町を出るだけなのだ。別にわざわざ今から彼らの妨害を受けてやる必要はない。

 流石にほぼ無抵抗の住民をただ殺すだけなのは俺だって少し気が滅入るのだ。今彼らと楽しく戦う気にはなれない。ここで決着をつけるわけにもいかないしな。

 再び背を向けようとした時、ファルスが動いた。

 

「待てっつってんだろうがッ!」

 

 彼は剣を構えて跳躍し、瞬く間にこちらに肉薄して剣を振った。速い。

 俺は冷静に体をずらして避け、風の魔法で吹き飛ばす。

 そうか、彼らは既に戦闘モードか。

 

「……収まりがつかぬか。仕方あるまい、──相手をしてやれ」

 

 二体目の死体を貪っていたドラゴンに命令を出す。

 それはゆっくりと顔を上げ、赤く染まった歯をむき出しにし、勇者に向かって低く唸りをあげはじめた。

 このドラゴンは今まで彼らが戦ってきたどの魔物よりも強い、最強の一角だ。

 自由に戦うように指示を出し、俺は一歩後ろに退いた。

 そして嘲るように口角を上げた。

 

「では、我は次に向かわせてもらおうか。精々間に合うように急ぐがいい。尤も、こいつに勝つことができればだがな」

 

「──待てっ! くそ、邪魔だ!」

 

 俺を追おうとするもドラゴンに遮られる。

 息を吸い込み始めたドラゴンを見て、彼らは慌てて武器を構えた。

 成長した勇者達といえど、ドラゴン相手に油断していると痛い目を見るだろう。

 いわば四天王のような存在のそれに相手を任せ、俺は瞬間移動の魔法を使用した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「あ、おかえり蓮斗」

 

 魔王城の自室に戻ると、創造神の化身が紅茶を飲んでいた。

 先ほどまでの光景と今の雰囲気のギャップが凄い。

 俺に気付いた彼がもう一杯注いでくれたので、俺も座って飲むことにする。

 

「ああ。……大丈夫か?」

 

 遼也の顔色はさほど悪くはない。かといって別に良くもない。

 俺の問いに彼は頷くが、やはりもう少し休んでおくべきだと思う。

 

「心配かけてごめん、もう大丈夫だよ。それであの後どうだった?」

 

「どうと言われても……そうだな、目的は無事に完遂した」

 

「……そう、よかった。今日はこれで終わり?」

 

「いや……勇者が予想以上に早く来たから、少しペースを上げることにする。今日はもう1、2箇所回るつもりだ。お前はまだ休んでろ」

 

 この分だと、彼らの本気の妨害によりこの作戦の遂行が難しくなる時がくるかもしれない。彼らの成長には目を瞠るものがある。

 間引きする人間の数にノルマがあるわけではないが、最低でもリストアップされている不穏分子は処分しておきたい。それまで彼らに追いつかれるわけにはいかない。

 

「……そっか。ごめん、付き合うって言ったのに」

 

「気にするなって」

 

 俺は紅茶を心持ち急いで飲み干し、立ち上がった。

 俯く彼の肩を軽く叩き、棚から別のターゲットがいる町の地図を数枚取り出す。

 ざっと確認してすぐに棚に戻した。

 

「それで、その勇者くん達は?」

 

 一瞬だけ魔物との視覚共有で様子を見る。

 すぐ傍で燃え盛る炎によるスリップダメージに加え、空からブレスや爪で攻撃をするドラゴン。彼らはかなり苦戦しているようだ。

 

「今はドラゴンが足止め中だ。まだ時間は稼げそうだから、その間に行ってくる」

 

「わかった。行ってらっしゃい」

 

 しかしいつ彼らがドラゴンの猛攻に対応するようになるとも限らない。行くならできるだけ急ぐべきだ。

 速度を重視して、次の町の破壊には爆発を使おうか。

 爆弾のように装甲を爆発させる魔物を何体も空から降らし、一斉起爆させよう。

 当然ながら爆発の中心から離れると威力が弱まるので、討ち漏らさぬよう満遍なく配置しなければならない。外を囲み、地形を利用し、内からも追い込みをかけるように──。

 

「ね、蓮斗。終わったらおやつでも食べようか」

 

 俺が戦略を考えていると、明るい口調で遼也が言った。

 そちらに目を向けると、普段通りの微笑んだ遼也の顔があった。

 先ほどまで落ち込んでいたのにどうした。いや、よく見ると、無理にというわけではないが、何というか少し意識して笑っているような感じだ。

 俺は瞬きをする。ふと、無意識に睨むような硬い顔になっていた自分に気がついた。

 ああ、遼也に気を使われてしまったか。普段通りにしているつもりだったのに。

 小さく深呼吸をして余分な力を抜き、ふっと微笑む。

 

「じゃあ、ケーキ。ブランデー入りのやつな」

 

「了解。楽しみにしてて」

 

 遼也は自然に笑って敬礼のようなポーズをとった。

 俺は彼に背を向け、彼に手をひらりと振ってから、瞬間移動の魔法を使った。

 

 

 

 

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