表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破壊のゴルゴンゾーラ  作者: 茹でプリン
一章 魔王降臨
11/21

1-7 勇者の敗北

 トルテはシルフィの傍にしゃがみこみ、彼女の傷に手を当てていた。

 回復魔法を試みていたようだ。彼自身の肩の傷も多少はマシになっている。

 だが彼は本職の魔導師ではない。完全に回復するには魔力が足りないのだろう。

 彼は焦りを帯びた顔で、シルフィと、少し離れたところに倒れたファルス、そして俺を見比べる。

 俺は嘲笑し、再び剣を振って血糊を落としながら歩みゆく。

 

「残るは貴様一人だ。さあ、どうする?」

 

「……くそっ!」

 

 彼は唇を強く噛み締め、神器を強く握り、目に強い光を宿して立ち上がった。

 俺は間合いの外で足を止める。

 彼は意を決して駆け出し、神器の剣を縦に振るう。

 俺は神器の力を警戒し、大きめにかわして彼の背後へ回りこんだ。

 同時に、殺さないように気をつけながら、肩のあたりに剣で刺突する。

 しかし彼はそれを防ごうとはせず、雄叫びを上げながら振り返り様に自身の得物を振るった。

 目を見開く。相打ち覚悟だと。

 彼を刺した剣を引き抜くのに意識が向いていた俺は、彼の決死の一撃を避けきることができなかった。

 脇腹に彼の剣が掠った。

 その瞬間、彼の剣から眩い閃光が走ったように見えた。

 

「──!」

 

 息が詰まる。傷の浅さに反した、鋭すぎる痛み。

 咄嗟に俺は魔剣を振るい、離脱する。

 赤い飛沫と共に彼は床に沈んだ。

 

『蓮斗! 大丈夫!?』

 

 油断した。俺は舌打ちをして脇腹に受けた傷を手でなぞった。血は出ているが、傷自体はやはり浅い。

 そうだ、あれは神器なのだ。神の武器、対魔王専用最終兵器。あの閃光はおそらく浄化とか光属性とかそういう類の力だろう。

 痛みが強いだけでなく、体力もごっそりと持っていかれている感触がある。強すぎると思う。そしてお前が俺を心配してどうする。

 小さく深呼吸するが、未だに傷口は激しい痛みを主張する。掠り傷ですらこれだ。それなりの深さで傷を負えば、戦闘の継続にも支障をきたしそうである。これは油断していると素で負ける可能性もあるかもしれない。

 

「──ふ、ははっ。なるほど、これが神器か。凄まじい力だな……!」

 

『ん、通常運転だね』

 

 魔王の天敵ともいえる力を前にして、またそれがもたらすだろう激戦を想像して、こらえきれない笑いが俺の喉の奥にこみ上げてきていた。

 また激しく戦いたい衝動に駆られるが、流石に自制する。

 それはまたの機会を待てばいい。まだこれで終わりではないのだから。

 

 

 

 倒れていたトルテは、自らが作り出した血溜まりの中、剣を支えに力を振り絞ってなんとか立ち上がろうとしていた。

 俺はゆっくりと傍まで歩み寄り、冷徹に見下ろす。

 

「ここまでのようだな」

 

 彼は俺をちらりと見て、震える足で床を踏みしめ、最後の力で神器を振るう。一筋の閃光が迸るが、避けることは造作もなかった。

 そこで力を使い果たしたか、彼は荒い息で再び膝をつく。悔しそうな表情。

 

「神器の力を以てしても、我を斃すには至らなかったか」

 

 だが、それでも彼の眼の輝きは衰えていない。まだ俺を強く睨んだままだ。

 絶望的な状況でも諦めないその姿勢。それはまさに勇者そのものだ。

 勇者。魔王に立ち向かう心の強き者。彼は文句なく合格だろう。

 今はまだ神器を使いこなしているとはいえないが、神器が完成したばかりであることを考慮すると仕方がない。時間が解決するはずだ。

 いつか彼が神器の扱いを会得した時、戦いはどのようなものになるだろうか。

 俺は冷たい表情を作りながら、そう未来に思いを馳せた。

 

「これで我が目的に害をなすものはもはや存在しない。やがて人間は淘汰され、世界は難なく我が手中に収まるだろう。そう、貴様らは負けたのだよ」

 

 俺は彼の右手首を踏み、神器を手から離させた。

 そして左手を伸ばして彼の首を掴み、彼の足が届かない高さまで持ち上げる。

 遼也が少し慌てた声を出すが、別にこれぐらいで人は死にはしないし殺すつもりも毛頭ない。

 だがトルテにはそんな俺の考えがわかるはずもないだろう。

 彼は俺の指を首から外そうと苦しげにもがく。

 必死に生きようとするその姿に俺は目を細めた。

 

「だが──惜しいな。殺すには、非常に惜しい」

 

 俺は小さく呟く。

 もとより殺す気はないけれど、これも本心からだ。

 だから問う。

 

「悔しいか? 力が我に及ばなかったことが。己が使命を果たせなかったことが」

 

 トルテは唇を噛み、こちらを強く睨んだ。

 よしよし、期待通りの反応。俺は口角を上げた。

 

「ふ、そうか。……ならば、貴様らに今一度の機会を与えよう」

 

 彼の顔は酸欠によりもはや青白くなってきていた。

 呼吸ができるよう、俺は手を緩める。途端に彼は大きく咳き込んだ。

 彼の肺が無事に酸素を取り込み始めたのを確認して、俺は容赦なく手を離す。彼はべしゃりと血を跳ね上げて崩れ落ちた。

 

「今回は見逃してやろう。ただし、強くなれ。力をつけて、再び我が許へ来い」

 

 一方的に言いつけた後、俺はマントをはためかせながら身を翻し玉座へ向かう。

 最初は玉座からはそれなりに離れた位置で戦っていたはずなのだが、戦っているうちにいつのまにか近づいていたようだ。戦闘の邪魔にならなくて良かった。

 よく見ると玉座の最上部には焦げ跡がついていた。原因となったのは多分シルフィの炎の龍。あれは凄かったな。俺以外が相手ならまず一撃だろう。

 その玉座の背もたれに手を乗せて後ろを振り返る。トルテは咳き込みながら、生理的な涙のにじんだ目で困惑したように俺を見つめていた。

 

「……何故……?」

 

「理由か。そうだな……。我は今機嫌が良い、とでも言っておこうか」

 

 俺は血濡れの魔剣を立てかけ、玉座に座って足を組んだ。

 久々に楽しく戦えたことで実際に俺自身の機嫌もいいけれど、魔王ゴルゴンゾーラにとってはもう一つ、別の大きな理由がある。

 神器が完成したら伝えようと事前に打ち合わせていた、勇者と人間への告知事項だ。

 

「現在我が城を取り囲んでいる忌々しき結界。この力が弱まっていることに貴様は気付いているか? もうすぐだ。もうすぐ結界は消滅する。そして我は再び自由の身となる」

 

「……!」

 

 神が魔王を封印していた結界。それがじきに解かれる。

 それはすなわち、まもなく魔王が再び世界を侵略しはじめるということだ。

 人間達にはもう時間がない。トルテは顔を歪めた。

 

「……また、人を襲うのか」

 

「当然だろう? 我とてただ大人しく封印されていたわけではない。人間の国を侵略する準備はとうに整っているのだよ」

 

 俺は冷酷に笑う。

 そして、ふと考え込むようにあごに手を当てた。

 

「ふむ。だが、そうだな。即座に国々を落とすのも良いが……。せっかく長き封印から解かれるのだ。一瞬で終わらせてしまうのも芸がないというもの」

 

 そして何かを思いついたように、ニヤリと笑みを作る。

 

「──では、まずは我が配下と共に、人間共の集落を一つ一つ破壊していこうか」

 

 町単位での、蹂躙。

 俺はゆっくりと左手を開き、何かをぐっと握りつぶすような動作をした。

 嘲るように笑みを浮かべる俺とは対照的に、トルテの目が険しくなった。

 魔王の気まぐれにより国が滅びるまでの猶予が延びたともとれるが、それでも彼にとってはとても見過ごせることではないだろう。

 彼は肘をついて体を起こそうとするが、その力ももう失われていたようだ。血溜まりに横たわりながら拳をぐっと握る。

 

「……そんな、こと……っ!」

 

「許せないか? 止めたいか? ああ、そうだろうな」

 

 俺は玉座に立てかけていた、血によって禍々しい赤のグラデーションを作り出している魔剣を再び手に取り、彼に向かって突きつけた。

 

「ならば、そうしてみせよ。我を止めたくば、強くなれ。その力を以て我らに抗ってみせよ。──その時は、我が全力を以て応えよう」

 

 もはや答える力もなくした彼の眼に、それでも決意が宿るのを俺は見た。

 これなら彼は大丈夫そうだな。ふっと自然に笑みが浮かんだ。

 戦いを通じて俺は彼らを随分気に入っていたらしいと今更ながらに気がついた。

 

 

 今回はこれでいいだろう。伝えるべきことは伝えたはずだ。

 間もなく作戦は次の段階に入る。もう人を石化させる必要はない。

 

 ああ、そういえば石化の解き方を伝えるのを忘れていた。

 だが大怪我を負った彼らとの会話をこれ以上続けるのも酷だろう。

 まあいいか。比較的優先度の低い事項だ。また今度伝えればいい。

 

 俺は倒れ伏した三人を順にぐるりと見渡した。

 そろそろ彼らの体力は限界に近づいている。早急にお帰りいただこう。

 

「では、暫しの別れだ。──期待しているぞ。勇者トルテよ」

 

 そう俺は言い残し、手を振って魔法を発動。彼らを結界の外へ転移させた。

 もちろん彼らが取り落とした武器もセットだ。

 変なところに飛ばして暫く誰にも見つからないようなことになれば彼らは死んでしまいそうなので、近くの国の衛兵がいる辺りに場所を指定した。

 後のことは人間達に任せよう。

 

 

 

 

 そして、広い謁見の間に、俺以外の生き物はいなくなった。

 ここで激しい戦いがあったことを示すのは、焼け焦げた天井や床、折れた剣の欠片と遠くに落ちた魔剣、玉座横の血塗られた魔剣。そしていくつかの血溜まりと血痕のみ。

 今回の作戦も無事に終了した。俺は小さく伸びをする。

 

『蓮斗お疲れー。楽しめたみたいで何よりだよ』

 

「おう」

 

 俺が目を閉じて余韻に浸っていると、軽い調子で遼也にねぎらわれた。

 確かに楽しかった。名作ゲームをクリアした後に勝るとも劣らない充足感だ。

 

『にしても、いつも思ってたけど蓮斗って魔王やってるとき結構ノリノリだよね』

 

「そうか?」

 

『うん。ま、楽しそうな魔王ってのもいいと思うけどね。今日途中で暴走しだしたときは焦ったよ。ほんと焦ったんだから』

 

 む、少し責められてしまった。

 確かに今日は反省する点も多かったとは俺も思う。

 久々すぎて忘れていたが、俺は興奮すると周りが見えなくなるタイプだ。

 夢中になってその世界に入り込み、制止の声など聞こえない。

 いずれ直さなければいけないな。特にこの計画の遂行中は気をつけておこう。

 

 周りが見えないといえば、今日の相手は3人いたが、戦いながら全員を見るのは困難だった。しかし2人だけを見ていて魔法の不意打ちを喰らいそうになったこともあり、それではいけないとわかった。

 ならばどうするか。こまめに確認を──。いや、この反省はまた後でしよう。

 また、戦闘中に創造の力を使うのもなかなか難しかった。勢い勇んで二刀流を試みたのはいいが、片方を早々に投げてしまって結局剣一本で戦うことになった。その後隙を見て創造しようとはしたが、3人を同時に相手し、色々考えながら戦わねばならないこの状況では上手くいかなかった。

 やはり俺には創造はあまり向いてないような気がする。この辺りの反省や練習も後ほどしよう。

 

「……悪かったよ」

 

『ん。わかればよろしい』

 

 和解。ノリが軽い。まあいつものことだ。

 俺は玉座にもたれて、話の続きをしようとした。

 

「……まあ、確かに俺は勇者より魔王の方が性分に合ってるし、実際何だかんだで結構毎回楽しめて、──うぐ」

 

 が、体勢を変えたからか、今まで意識していなかった脇腹が唐突に痛み出す。

 トルテの神器で受けた傷だ。俺は脇腹を押さえて玉座の上でうずくまった。

 

「いってえ……、本気でこれ痛いな」

 

『あれ、回復魔法使ってなかったんだ』

 

「いや、勿体無いと思って……」

 

 魔力がではない。傷がだ。

 こんな痛みを経験する機会など滅多にないのだ。

 

『……痛覚の遮断とか低減とかするのは余計なお世話っぽいか。蓮斗ってSなのかMなのかよくわかんないよね……』

 

 遼也が呆れ混じりに呟いた。何だそれは。別に分類する必要などないだろう。

 痛覚を遮断すると、せっかくの戦いなのに緊張感が出なさそうである。

 この痛みも戦いの醍醐味。大事なスパイスだ。これが無いのは面白くない。

 とりあえず痛みは気合で抑えつけることにする。意地でも回復魔法は使わない。

 痛みを我慢し、深呼吸をする。よし、大丈夫だ。

 落ち着いたそのタイミングを見計らったのかは知らないが、遼也がまた話し始めた。

 

『ま、それはいいとして。もう少ししたらまた蓮斗には動いてもらうことになるよ。そろそろ終盤だから、気を抜かないでね』

 

 遼也からの頼みに、俺は口元に笑みを湛えて頷く。

 

「ああ、任せとけ」

 

『あはは、乗り気だ。ほんと機嫌いいね。今の蓮斗ならどんな無茶も聞いてくれそう』

 

「……いや、それは勘弁してくれ」

 

 俺が肩をすくめると、遼也は楽しそうに笑った。

 ともあれ、計画も大詰め。

 今の所は順調に進んでいるので俺も大して不安はない。

 彼らと再び会う時が楽しみだな、と俺は思った。

 

 1章終了。

 次から2章に入ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ