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破壊のゴルゴンゾーラ  作者: 茹でプリン
一章 魔王降臨
10/21

1-6 激戦、圧倒

 魔王である俺に向かって武器を構える、金髪の少年トルテ。そして茶髪の魔導師の少女と、赤髪の剣士の少年。

 戦いは目前。だがその前にひとつだけやっておきたいことがあった。

 

「ふ、来る気になったか。よろしい、まずは褒美を与えよう」

 

 彼らが動き出す前に、俺は片手を彼らに向けて魔法を放つ。彼らは身構えるが、これは攻撃魔法ではない。

 驚く彼らを優しい光が包みこみ、魔物との戦いで受けた傷が癒えていく。

 そう、これは回復魔法だ。疲労や魔力の回復効果も備えた最上級のものである。

 想定外の展開に目を白黒させる勇者候補達に対し、俺は不敵に笑う。

 

「……!? ど、どういうつもりだ?」

 

「何、せっかくの機会だからな。疲弊したままの相手と戦うなど勿体無いだろう? 貴様らの全力を以て、精々我を楽しませろ」

 

『あはは、ブレないなー』

 

 さあ、回復してやろう。全力でかかってくるがいい。そんな感じである。

 まあ俺の場合の動機は、正々堂々と戦いたいというよりも少しでも楽しみたいということだが。

 さらに自分の身体能力にも魔法により縛りを加えようかとも思ったが、思うように体が動かないのはあまり面白くなさそうなので却下した。

 せめてものハンデに、あまり膨大な魔力を使用したり完全に追い詰めたりはしないでおこうとは考えている。

 

 暫しの睨み合い。俺は腕を広げて挑発する。

 

「先手は譲ろう。我はいつでも構わないぞ。来い」

 

「くっ、舐めやがって……! 後悔するなよ!」

 

 戦闘開始のゴングが鳴った。

 赤い髪の剣士が一番初めに動きだす。

 鋭い一閃。俺はひらりと身をかわした。

 返す刀でもう一撃。今度は右手に創造した赤い魔剣により受け止める。

 予想以上の重い剣戟に、俺は目を細めた。

 

 と、そこに横から魔力の波動が伝わる。見ると魔導師が魔法を詠唱していた。

 腕に力をこめ、剣をなぎ払う。剣士は勢いに圧されて数歩分後退したが、その瞬間に魔導師の少女の魔法が完成する。

 赤く燃え立つ炎の槍が形成され、こちらに狙いを定めて飛来する。

 俺はすぐさま突風を起こして炎を散らした。

 その奥から、熱風を物ともせずに金髪の少年トルテが斬りかかってくる。

 先ほどと同様に剣で受け止めたが、その瞬間にトルテの持つ剣から雷撃が放たれた。魔法剣。剣と魔法の合わせ技だ。

 素早く振り払い、魔剣の腹で残った雷撃を防ぐ。だがそれに合わせて、トルテが掛け声と共に再度剣を振り下ろした。

 

 魔剣でそのまま受けた剣戟は、剣士のそれに比べれば重い一撃ではない。だが、眩く輝いたその剣から得体の知れない力が発動し、魔剣にピシリと小さくひびが入った。

 まずいと思って後退したその瞬間、薄く閃光を発して彼の持つ神器の力が爆発をおこした。

 予想外の衝撃と爆風から俺は右手に持った剣と左手で顔を庇うが、俺の剣は音を立てて砕け散り、左手の甲に軽く痛みが走った。

 

『おー、やっぱ強いなあ神器は』

 

 刀身の中ほどまでしかなくなった俺の剣。赤い粒子が辺りを舞う。俺の左手からは鈍い痛みと共に赤い血がにじみ出ていた。そしてお前が感心してどうする。

 隙を逃さず追撃しようとこちらに迫る剣士に向かって、俺はもはや斬れなくなった魔剣を投擲した。

 彼は剣を振ってそれを弾き、勢いを殺ぐことなく突進する。他方ではトルテも剣を振りかぶり、同時にその向こうでは魔導師の氷魔法も発動しようとしている。

 

 俺は空になった右手を前に伸ばし、土魔法により作った物理的な透明障壁を俺を中心とした半球状に展開する。強力なガラスのドームのようなものだ。

 その障壁は甲高い音を発して剣戟と氷飛礫を弾いた。だがその代償に、障壁にも大きく白いひびが入った。

 それを確認した俺は、内側から障壁を貫くように衝撃波の魔法を使い、破砕した障壁の破片と共に勇者候補達を吹き飛ばした。

 轟音と鏡の割れるような音、そして光を反射して輝く粉が舞う。彼らはザッと地面を擦りながら着地した。

 

「──っ、やっぱり手強いな」

 

「流石は魔王、といったところですね」

 

 彼らは障壁の破片により全身に浅く傷を負っている。それでも即座に立ち上がり、再び得物を構えた。

 

「だな。でも俺達だってまだまだいけるぜ!」

 

 大きな力の差は確かに存在している。だが彼らはそれに打ちのめされるでもなく、今もなお衰えぬ闘志を秘めた眼でこちらを見据えている。何より強い輝きを湛えた瞳で。

 俺は今回追撃をしなかったが、彼らはこちらがいつ動き出しても対応できるように身構えているようだ。

 俺は掲げていた右手をゆっくりと降ろした。

 何をするでもなくただ動かない俺を彼らは訝しむように見つめる。

 油断なく構える勇者候補たち、遠くに転がる赤い魔剣の残骸、俺の左手の傷。

 俺は、久しぶりに覚えた感情──歓喜、そして興奮に打ち震えていた。

 

 

「──ふ、はははっ、まさかこれほどとは!」

 

『あ、スイッチ入った』

 

 やばい。これは楽しいぞ。

 胸にこみ上げる昂揚感。口調こそ保っているが、浮かんだ笑いは自然なものだ。

 全力とは言わないが、ここまでまともに戦っている感覚になれたのは久々だ。

 俺が傷を負わされたのも何時ぶりだろう。忘れてしまった。

 これは神器に込められた力による傷ではあるが、それも三人のコンビネーションあってのものだろう。彼らの力は期待以上で、本当に楽しい。

 手の甲の傷を舐めてみる。血の味がした。あえて回復はしないでおく。

 

「貴様らを少々侮っていたことを謝罪しよう。見事だ、人間の勇者達よ。その心意気に敬意を表し、こちらも少しは本気を出さねばなるまいな」

 

 まずは彼らを賞賛する。これも本心だ。

 そして、俺は笑みを深めて魔剣を再び創造する。驚く彼らを尻目に、さらにもう一本つくりだす。二刀流だ。

 特に流派などはない自己流だが、前の世界でも気分が乗ってくると時々やっていた。その辺に落ちていた鉄パイプや相手から奪った武器などで。

 

 さて、防戦は終わりだ。次はこちらから向かうとしよう。

 息を呑む勇者候補達に、俺は右手の剣を突きつけた。

 

「さあ、覚悟はいいか。耐えてみせよ、抗ってみせよ。──行くぞ」

 

 そう言葉に乗せると同時に、俺は駆け出した。

 まずは剣士を狙う。右の魔剣を振るうと、彼は自らの剣で慌てて防御した。一瞬がら空きとなった胴に左の魔剣で逆袈裟に斬り上げる。

 彼は体を捻ってかわそうとするも、避けきれずに血飛沫が舞った。

 

 舌打ちをして大きく後退する剣士。傷を負った脇腹を押さえている。

 俺は追撃をしようとしたが、右から魔力の波動を感じたため足を止める。トルテが雷を纏った剣を振りかぶっていた。

 神器の攻撃をまともに受けてはいけないことは学んだ。俺は体を右にずらし、剣閃の軌道から逸れる。左手の剣を振って雷の残滓を弾くと同時に右手の剣で刺突するが、神器の剣の腹で見事に止められた。

 

 そこで俺は魔剣伝いに魔力を解放する。俺の右手に持った赤い魔剣が瞬く間に炎で包まれ、その炎の渦が神器ごと彼をも飲み込もうとする。

 驚いたトルテはその場から飛び退くが、その際に熱を持った神器を取り落とす。

 チャンスだ。俺は左手の剣を投擲する。防御する術を失った彼は慌てて避けようとするが間に合わない。魔剣は彼の肩を大きく抉り、部屋の奥まで飛んでいった。

 血を流す肩を押さえて小さく呻くトルテに向け、俺はさらに魔法で石の矢を生成、発射した。しかし彼に命中する前に剣士が立ちはだかり、矢を剣で横から薙いで破壊する。

 そして彼はいつの間にか拾っていたらしい神器の剣をトルテへと投げ渡した。

 

 流石は勇者候補パーティ。早くも態勢をほぼ立て直されてしまった。あれでも決定的な勝機にはならなかったか。彼が取り落とした神器を先にどうにかしておくべきだったかもしれない。流石に壊すことはできそうにないが。

 そう俺が考えている間にも、剣士は俺に向かって剣を振る。怪我をしているトルテも雷の魔法や神器で彼の隙を潰すように援護をしてくるので、なかなかカウンターを狙うことができない。やはり見事なコンビネーションだ。

 さらによく見ると、どうやら剣士の脇腹の血は止まっているようだ。おそらくは回復魔法の効果。

 俺が見ていた限り、トルテは彼の治療をしていない。また剣士の彼自身はほとんど魔力を持っていない。であれば、その魔法は魔導師の少女によるものかもしれない。

 ならば、一番に落とすべきは、そいつか。

 

 

 俺はひとまず彼らへの足止めとして、冷気を操り彼らの足を床ごと凍結させた。これで彼らは少しの間移動ができない。

 その隙に俺は魔導師を探す。どうやら彼女はいつの間にか魔法により魔力の気配を絶っていたようで、一瞬で見つけだすには俺も魔力をそれなりに使わねばならなかった。

 そうして知った彼女の居場所は、俺の背後。剣の間合いのずっと外。

 

 振り返ると、彼女はちょうど強大な魔法の詠唱を終えたところだった。

 杖をこちらに向けた彼女の眼前に渦巻くのは、巨大な炎で形成された龍。

 圧倒的な威圧感を放つ龍が、彼女の合図と共に大きな顎を開いてこちらに迫る。

 俺は舌打ちをした。先ほどから気配を消してまで少女が戦闘に参加していなかったのは、この大技の詠唱をするためだったということだろう。他の二人は時間稼ぎ。俺はまんまと罠にひっかかったわけだ。やってくれる。

 

 どうにか不意打ちは回避できたが、迫りくる龍の対処に迷う。風で散らすには巨大すぎるし、回避するにも遅すぎた。結界でそのまま弾けば周りが大惨事だ。

 一瞬の判断。魔力を込めた赤い魔剣を投げつけた。それは炎の龍を切り裂きながら飛んでいく。

 そうして開いた風穴に、俺は躊躇せず風を纏って飛び込んだ。

 熱い。熱いが、多少の熱風などは我慢だ。直撃するよりはずっといい。

 俺が通過した後の炎は渦巻く風により拡散し、天井や床を一瞬で焦がした。

 炎の龍を貫通した先に見えたのは、これでもかというほど目を見開いた魔導師の少女。それでも飛んできた赤い剣には反応し、彼女は小さな障壁を張ってぎりぎりで弾いた。

 

 だが俺はニヤリと笑う。彼女に迫っていたのは剣だけではないのだ。

 弾かれた剣を俺は空中で再度掴み、跳躍の勢いのまま彼女を袈裟懸けに斬りつけた。

 手ごたえあり。少女は多量の血飛沫を上げて倒れ伏す。咄嗟に前に構えていた杖は効果をなさずに両断され、カランと小気味良い音を立てて転がった。

 

「っ、シルフィ!」

 

 トルテが叫ぶ。

 俺は軽快に着地し、魔剣を軽く振って血糊をはらった。

 俺の体のどこかが焦げたり燃えたりしている気配はない。

 顔にかかった返り血は腕で乱暴に拭う。

 第一目標は撃墜した。俺は嗤う。さあ、次の目標はどちらにしようか。

 

「──この野郎!」

 

 赤髪の剣士の少年が悪態をついて駆け出した。足元の氷は融けている。

 焦りによってか精彩に欠いているが、凄まじい勢いの斬撃。

 俺は魔剣を使って受け流し、彼が再び剣を振ろうとする瞬間に合わせ、力を込めて魔剣を横なぎに振るう。横から力を加えられた彼の剣は勢い余って手から滑り落ち、騒がしい音を立てて落下した。

 まずい、という表情をした彼の腹に、俺は容赦なく刃を突き入れる。

 避ける暇など与えない。鎧など意味を成さない。手に肉を断つ感触が伝わった。

 そして俺は呻く彼の肩を押さえて、貫通した魔剣を引き抜き、もう一度──

 

 

『──斗、蓮斗! 待って蓮斗! やりすぎないで! 暴走ダメー!!』

 

「!」

 

 ──と、危ない危ない。

 あまりの興奮につい我を忘れてしまっていた。

 どうやら遼也の叫びも聞こえていなかったようだ。

 やばい。冷や汗が流れる。これは本気で危なかった。

 彼らに止めをさす必要などないのだ。むしろ止めをさしてはいけないのだった。

 流石にここで勇者候補達がいなくなってしまうのはまずい。

 

 倒れた魔導師をちらりと見る。傷は大きいが、胸はかすかに上下している。

 大丈夫か。大丈夫だ。一線を踏み越えてはいない。ぎりぎりセーフだ。よし。

 

『帰ってきた? 聞こえてる? よかったああ、バーサクかかったかと思った!』

 

 遼也が安堵したように喚く。少しうるさい。

 心配させたのは申し訳ないが、別にいわゆる状態異常などではない。つもりだ。

 

 

 俺が急に動きを止めたのを隙と見たか、まだ意識を保っていた赤髪の少年は手で俺の目を突こうとしてきた。流石にそれは御免蒙る。

 彼の心臓を貫こうとしていた剣を引き、蹴り飛ばすに留める。地面に落下した衝撃で彼は動かなくなった。死んではいないはず。大丈夫だ。

 

「ファルス! ……くそっ!」

 

 トルテが悲痛な声で叫ぶ。

 これが赤髪の剣士の少年の名前か。

 そういえば茶髪の魔導師の少女はシルフィと呼ばれていたっけ。シルフィ、ミルフィーユ、シルフィーユ……。少し違うか。

 ファルス。何にも掠らない。この場においてのみ言えばある意味一番残念な名前だ。

 というか俺と遼也すら含め、名前にルの文字が多すぎないか。なんだこのル祭。

 まあそれはどうでもいいことだな。強いて言えばこの思考が一番残念だ。

 

 俺はトルテに気付かれないように小さくため息をつく。

 興奮は随分と冷めた。仕方ないとはいえ、何だか水を差されてしまったな。

 まあいい。どちらにせよ俺は作戦を遂行するのみ。

 残りは彼一人だ。

 

 

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