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その五

 

 それからのレドはますます鬼神のごとき苛烈さで、孤軍奮闘の大活躍だった。

 手伝おうにも、パーティーメンバーにさえ動く隙を与えないままに魔物を仕留めていく。昨晩相談した連係とは何だったのか……

 しかし、ここまで潜って来ると、出会う魔物の身の丈が二メールを越えることも珍しくなくなってきた。自分の身長よりも大きな生物に襲われれば、慣れないうちは怯むというもの。接近戦は全力でご遠慮したい。

 それなのに、これでも深層にいる巨大な魔物に比べれば小さい方だというから驚いてしまう。


 瞬きを一回するたびにバタバタと敵が倒れていく。早回しのようなレドの身のこなしは、魔力による身体能力の向上によるものらしく、私も真似をしようと思ったら、体力がないからと止められてしまった。事前に相当身体を鍛えておかないと、酷い筋肉痛になったりどこかしら痛めたりするそうだ。でも、いつかはやってみたい。


 そうして、私たちはついに最深階六十階へとやってきた。

 だけども、なんだか様子がおかしい。


「まだ何人残ってる!?」

「二組、十一人だ! 他はたぶん転送陣で脱出できたはず!」


 二十人弱の冒険者たちが緊迫した様子で動き回っていた。

 階段部屋とフロアを仕切る頑丈で重そうな観音扉はどの階でも開け放たれていたが、ここでは片方閉められていて、もう一方の扉にも三人の冒険者が張り付いて今にも閉じようとしている。部屋の隅には、怪我人とそれを治癒する女神官の冒険者の姿もあった。


「何があった!?」

「火蜥蜴が出たんだ。少なくても四匹はいる!」

「何だって!」


 問いかけたガッドも、他の地元組三人も、返ってきた答えに愕然としていた。


「火蜥蜴は本来、深層にいる魔物なんだ」


 話が見えない私にジョスが説明してくれた。


「ごくごく稀に、このエルムグレンの迷宮でも六十階にだけ現れる。深層の魔物とまともに戦えるヤツなんて、ここにはなかなかいないから、いつもフロアを閉鎖してギルドが討伐隊を編成するんだが……」


 ジョスはちらりとレドに視線を送った。


「お前ら、フィルに会わなかったか?」

「会ったが、『幽玄の階梯』でだ。今はさらに上まで行っちまってるはず――」


 ガッドと場を仕切るベテランの冒険者が話をしている間に、扉の方が騒がしくなった。


「早く! 走れ!」

「他はどうした!?」

「くそっ! エリオのパーティーがヤツらに回り込まれて奥に逃げた! 小部屋に籠れればいいんだが!」

「誰か! 治療師はいるか!? ドナルがやられた!」


 フロアから五、六人の冒険者が飛び込んできて、室内はさらに騒然となる。


 私はレドと一瞬だけ視線を合わせると、大男に担がれている怪我人へと歩み寄った。

 チートなレドさんは、治癒の神聖魔法だって人並み以上に使えるけれど、私に任せてくれたということは、バレない程度に存分にやっていいってことだと勝手に解釈する。


「見せて!」


 床に寝かせられたまだ十代にも見える少年の有様は酷いものだった。頭部から上半身にかけて右側が焼けただれており、右肩には大きな噛み傷まであった。金属製の鎧を貫通して牙が食い込んだと思われる箇所から、どす黒い血が流れている。


「せめて、命だけでも繋いでやってくれ!」


 同じパーティーの仲間たちが懇願する。こちらは二十代から三十代の男性たちで、この少年は彼らにとって弟分みたいな存在なのだろうと想像する。


「おい。あんた治癒魔法なんて使えるのかよ?」


 ジョスたちには神聖魔法が使えることを言ってなかったので訝しがられた。


 彼の問いに答える時間も惜しく、私はすぐに神聖魔法の上級呪文を唱え始める。聖女固有の魔法だとやたらとキラキラするのでもちろん使わない。


「おおおおーっ!」


 フロアに驚愕の声が満ちた。

 痛々しい牙の跡はあっという間に塞がって、焼けただれた顔の皮膚も跡形もなく再生していく。

 三分ほどで彼の見た目は壊れた防具以外元通りになった。


「ドナル!」

「奇跡だ!」

「ありがとうございます!」

「あなたは聖女か!」


 仲間たちが手を取り合って喜ぶ。熊のような巨体の剣士は黙って男泣きだ。

 傷跡を残さない上級の神聖魔法が使えるのは、神殿の奥にいる偉い人か、それこそ迷宮の深層に潜る冒険者と言われているから、さながら奇跡のように見えたらしかった。


「あんた……」

「この聖珠は伊達じゃないのよ」


 呆然とするジョスに私はウインクした。はい、ちょっと調子に乗りました。

 調子に乗ったついでに、私は部屋の隅で治療中の怪我人も見て回って、重症を負った者には魔法をかけた。


「この階の地図はあるか?」


 私がちょっとした感動の渦を巻き起こしていた横では、レドが閉じられた扉に手をついて、フロア全体の動きを探知していた。


 一瞬、誰だコイツ的な視線がレドに向けられるも、金髪碧眼の気品あふれる容貌から発せられる只ならぬオーラに圧倒されてか、年配の冒険者が隣りにいたガイド風の男性に視線で指示を出すと、レドの前に地図が広げられた。

 最深階の地図ともなれば、(うえ)で結構なお値段で売られているが、非常時にそんなことは気にしていられないといった感じだ。


 私はレドに駆け寄ると、脇から地図を覗き込んだ。


「火蜥蜴は全部で六体だ。現在位置はこことここ――」


 レドが淡々と地図上を指し示す。


「この通路には二体がうろついている。この小部屋に人の反応があるせいだな」

「エリオたちは無事なのか!?」

「今のところは」


 レドの言葉に安堵の溜息がそこここで漏れるが、すぐに重苦しい雰囲気へと変わる。今ここにいる現地のメンバーでは、火蜥蜴に太刀打ちできないからだと思う。


「美桜」

「私も行く」


 もしかして置いていかれるかもと思って、レドの言葉を待たずに宣言した。

 そんな私に向けてレドは満足そうに微笑むと、私の背後で絶世の美青年の微笑に魅了されて固まっていた室内の面々に視線を巡らした。


「火蜥蜴は私たちで始末しよう。あなたたちはここで扉を閉めて待機しているといい」


 表情を引き締めたレドは、神々しくも有無を言わせない圧力を含んだ声音でそう告げると、私は伴ってフロア内へと歩を進めた。


「ちょっと、レド! ミオさんは置いてきなさいよ!」


 背後でヴィヴィが叫んでいたが、ジョスやガッドに窘められたようだ。その間に、軋んだ音をたてて重い扉が閉まっていった。


「突き当たりを曲がったところに二体だ」


 私たちは初めに逃げ遅れたパーティーが籠っている小部屋を目指した。

 レドの言う通り、今歩いている廊下は十メートル先で左に折れていて、その二十メートル先に魔物の気配がある。

 

「距離があるから、私の魔法に任してくれない?」


 ここまで大人しくしていた分、腕が鳴る。


「ああ。二体ともいけるか?」

「もちろん」


 あっさりと任せてくれたレドに余裕の笑みを返して、私は攻撃魔法の呪文を構築する。


 角を曲がるとすぐにこちらに気がついた火蜥蜴に向けて、私は氷の魔法を即座に放った。

 高速で発射された大型の氷の槍が二本、それぞれの火蜥蜴の固い鱗を貫いて突き刺さる。と同時に火蜥蜴の全身が氷に包まれていく。

 十秒とかからずに、二体の火蜥蜴はこちらに進路を取ったその形で、氷漬けへと変貌していた。


「見事なものだな」


 レドのこれまでの鮮やかな戦いぶりを見ていたので、その彼から褒められるのは単純に嬉しかった。


 至近距離まで近づいて見上げた火蜥蜴は、上階で戦った魔物と比べて極端に巨大だった。

 額にある第三の目も比例して大きい。体高だけて三メートル、頭からその長い尻尾の先までは優に七メートルはあると思われた。こんなのがゴロゴロいるという深層は、やはり別世界なのだと思う。


 私たちは魔石の回収も後回しに、小部屋へと走った。

 その入り口は、盾や槍を基礎にするようにして土魔法の岩石で塞がれていた。見るからに慌てていたのが窺える。


 私はその入り口の岩に手を当てると、土魔法で岩石を砂に変えてしまった。骨組みとなっていた盾と槍がどさっと砂の上に突き刺さる。


「無事ですかー?」


 小部屋の中を覗き込む。


「きゅ、救援か!?」


 八畳ほどの部屋の奥に、五人の冒険者たちが固まっていた。

 彼らは出入り口に立つ私とレドを見て、一様に狐につままれたような顔になった。まあ、こんなところで、いかにも王子様なレドを見ればそういう反応になってしまうよね。


「ギルドの討伐隊にしちゃ早くないか?」


 いち早く正気に戻ったのは、リーダーらしき精悍な剣士だった。


「ただの通りすがりだ」


 対応をレドに任せて、私は怪我人がいないか確認する。

 パーティーの構成は男性三人の前衛に、弓使いの男性一人、魔術師の女性が一人。全員が二十代に見えるパーティーだった。前衛の三人は見事に全身が煤けている。


 リーダーの剣士はエリオと名乗った。


「火蜥蜴は倒したのか? 俺たちが見ただけで三匹はいたはずだ」

「この部屋の前にいた二匹は倒した。でもまだ四匹残っている」

「あんたらだけでやったのか!?」

「ああ。あとの四匹もこれから片づける。それまでここに籠っててもらえるか?」

「それは、もちろん……」


 レドとエリオの会話を聞きつつ、私は一際辛そうに座っている斧使いの青年に歩み寄った。一人だけ防具を外して、肩や背中に薬草や湿布を貼りつけている。


「大丈夫ですか?」

「もろにブレスを浴びちまったんだ」

「診せてください」


 先ほどの少年と同様に酷い火傷を負っていたので、跡が残らないようにと上級魔法を使うことにした。

 ここでもやはりビックリされて、すごい勢いで感謝された。それが少しこそばゆくもあって居心地が悪かったけど、人命に関わる場合は手を抜きたくないので、慣れるしかないだろう。


「他の冒険者は逃げ切れたのか?」

「ああ。君たちで最後だ」


 治療が終わると、私たちは残りの火蜥蜴を倒すためにフロアの散策に戻ることにした。五人には再び部屋に籠ってもらって、土魔法で出入り口を塞ぐ。


 その後も、私たちは危なげなく火蜥蜴を倒した。


 まずは狭い通路で一体。レドが太刀風に彼が得意とする風魔法を乗せて放つ。振り下ろした剣を下から上にはね上げれば、火蜥蜴は簡単に三枚に下ろされてしまった。

 次に広めのフロアで遭遇した一体には、私が氷の槍をお見舞いした。


 残りの二体は、フロアの一番奥にある大部屋にまとまっていた。

 すると、何の作戦も立てずにレドは一瞬で火蜥蜴の喉元に飛び込み、いとも簡単に剣を滑らせて首を切り離してしまった。その間に背後に迫った別の火蜥蜴がブレスを吐く。が、レドはひらりと華麗にかわし、次の瞬間には火蜥蜴の背後に回っていて、こちらも一刀で首を落とした。


 結局私がしたことは、ブレスで若干上がった部屋の温度を魔法で冷やすことだけだった。

 やっぱり、あの高速移動はマスターしようと改めて決心した。


「終わったな」


 そう言ってレドが魔物の紫色の血がべっとりついた愛剣を一振りすれば、剣自体が赤紫色に発光して血が蒸発し、磨かれたような綺麗な刃が現れた。目の覚めるような切れ味といい、さすが魔剣といったところ。


 私は横たわる火蜥蜴の死体を避けながら、部屋の奥にある魔物よけの結界へと足を進めた。そこは一段高くなっていて、地上への転送陣と水晶球の台座があった。

 水晶球にギルドカードをかざせば、カードの表示が『挑戦回数:1 滞在日数:1 最深到達階:60』へと上書きされる。


「深層でもやってけそう」


 私はカードの表示に満足してにんまりとした。その横で、レドもカードの情報を更新している。


「レド。ありがとう」

「どうしたんだい? 改まって」

「一緒に来てくれて、本当に感謝している」


 迷宮探索でも旅路でも、なんだかんだ言いつつ、彼の存在は非常に大きい。私がこの異世界での旅で精神的に余裕を持てて、あまつさえ楽しめているのはレドのおかげだった。


「美桜がそんな風に笑顔でいてくれることが、私の望みだよ」


 そう言ったレドが、騙されそうなほどに誠実な笑顔だったから、私は動揺してくるりと回れ右をした。


「そっか……じゃ、これからも、よろしく」


 超そっけない声音になってしまったけれど、照れ顔を晒すよりはいいと足早で歩き始める。


 それから私たち二人は来た道を戻ってエリオのパーティーをピックアップすると、ヴィヴィたちの待つ階段部屋へと引き返した。エリオたちは、途中私が作った氷漬けの火蜥蜴を見て呆然としていた。


 階段部屋で火蜥蜴を全滅させたことを報告すると、驚かれて感動されて感謝された。

 全員でフロア内に入って死体を確認しつつ、奥の転送陣で地上へと戻った。


 地上では、先に転送陣で逃げた冒険者がギルドに連絡していたため、急ごしらえの討伐隊が編成されている最中だった。

 そこへ私たちが火蜥蜴の首を一つ持って、転送陣を使って帰ってきたものだから、上を下への大騒ぎになった。

 火蜥蜴の死体からは良質な素材がとれるのだけど、ひとまずは討伐の証にレドが切り落とした首だけを持ってきて、残りは後日解体して渡してくれるらしい。レドが迷宮内で倒した魔物と火蜥蜴の魔石はジョス達が拾ってくれていた。


 四年ぶりでしかもいつもより数が多かったという火蜥蜴の出現に緊迫していたエルムグレンの街は、それが一人の犠牲者もなく偶然居合わせたパーティーに倒されたことで、一転してお祭りのような騒ぎになってしまった。

 その中心はもちろんレドと私。

 討伐隊は解散になり、街中の酒場という酒場で、酒盛りが始まってしまったようだ。

 私たちも、六十階に居合わせた冒険者やギルドの偉い人たちと、街一番の酒場で打ち上げみたいな宴会になった。


 そのテンションの高さに戸惑い気味だった私も、多くの人から惜しみのない感謝の言葉をもらえば、単純に嬉しくなって胸が熱くなる。乾杯の音頭を取ったギルド長からは、報奨金まで頂いてしまった。


 実際に火蜥蜴の死体を検分したメンバーが、その倒し方がいかに鮮やかだったかをその場にいなかった人間に興奮した様子で語り、エリオやドナルのパーティーは、私の治癒魔法を奇跡だと改めて感動していた。


「ミオさん。あなたの実力を疑ってしまってごめんなさいね」


 ヴィヴィは大分酔いが回っているようだったけれど、潤んだ目で真摯に謝ってくれた。ジョスやガッド、パーシーも、エルムグレンの冒険者に犠牲がなかったことを喜んでいて、聖女として崇められるよりも、直接人助けをして笑顔が見られるのもいいものだと単純に思った。


「よう。お二人さん。大活躍だったんだってな」


 フィルも迷宮から帰ってきていたようで、エールの入った陶器製のジョッキを掲げてやってきた。


「そんな、警戒しなさんなって。まあ、飲め飲め」


 気安い感じで、レドのジョッキに酒を注ぐ。

 フィルは特に私たちを勧誘することもなく、エルムグレンの街の話や奥さんの話を面白おかしくしてくれたので、私も迷宮やメイズゲートのことを質問して楽しく過ごした。


 その後も入れ替わり立ち替わり誰かがやってきて、私はしこたまエールを飲まされた。そう、お酒はあまり強くないというのに……

 おまけに地下六十階の迷宮の踏破は、ただ歩いただけでも日頃から鍛えていない女子には結構な運動で、思い出したようにどっと疲労感が押し寄せてくる。

 中級以上の治癒魔法を全身に使って自分の治癒能力を高めれば、疲労をとることは可能だけれども、そうすると今度は元気になりすぎて眠れないという弊害があるので、私は達成感からくる心地よさもある疲れに素直に身を任せた。


 だからその日の私の記憶は、プツリと途切れてしまっている。

 結果、どうして眠らずに朝まで飲み明かさなかったのかと、後で激しく後悔する羽目になるのだった。

 


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