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野良怪談百物語

植物に魂はあるのか

作者: 木下秋

 高校の昼休み、僕が自分の席で文庫本を読んでいると、「ねぇ、何を読んでいるの」と後ろから声をかけられた。


 女の子の声だった。


 振り返る間も無くその子は僕の横を通り、右斜め前に姿を表した。見上げる形でそちらを見る。


 真っ黒な髪を肩甲骨の辺りまで真っ直ぐに落とし、冷ややかな目でこちらを見下ろす。といっても、見ているのは本の方。見たことのない――少なくともこのクラスの生徒ではないことは確かだった。昼休みには生徒が各教室入り乱れるので、見知らぬ生徒に自分の教室で会うのはよくあることだったが、それでも名前も知らない人から突然声をかけられることなんてそれまで無かったので、僕は動揺を隠せなかった。


「京極夏彦」


 それだけ振り絞るように言うと、「だよね」と言った。おそらく本の分厚さや、後ろからページを覗いたりして、当たりを付けていたのだろう。


「そうゆうの、好き?」


 少女がいった。僕が「うん」と言って頷くと、彼女は空席だった僕の前の席に座り、「霊感ある?」と聞いてきた。


 しっかりと僕の目を見据えながら、澄んだ声で問うてくる。僕は読みかけの本の事も忘れ、周りの雑音もだんだんと遠のいてゆくのを感じた。


 かぶりを振って、「ないよ」と言うと、「ふーん」とだけ返した。


 僕は会話が終わってしまうのが惜しくて、「君は?」と言った。すると彼女はにやり、といった風に不適に笑う。


「ねぇ、植物ってさ。ちゃんと、痛みとか感じるのって、知ってる?」


 彼女は僕の質問にはちゃんと答えずに(“笑み”そのものが答えだったのだろうか……)、次の質問を浴びせかけてきた。


 その話に関しては、漫画か何かで見たことがあった。確か、植物を何かの機材に繋げて実験した結果、植物もちゃんと感情を持っていて、痛みを感じることもできるということがわかった、というものだ。しかし――確かあれはインチキだったのではないだろうか?


 僕は何も言わずに、彼女の目を見つめたまま、頷く。すると彼女は「じゃあさ、植物にも、魂はあると思う?」と聞いてくる。


 植物に魂? と、僕は困惑した。確かに、植物だって生きている。ただ、“魂”というものの、そもそもの定義が、いまいちわからなかったのだ。


 「……あるんじゃないかな」と僕は言った。正直、僕の中で結論は出ていなかったのだが、その答えを彼女は望んでいるのだろう、と思ったのだ。


 その直感は当たったみたいだった。彼女は少し微笑み、「じゃあ、植物の幽霊って、いると思う?」と、再び問うてくる。


 うぅん……と、僕は悩んだ。もしも先ほど言っていたように、植物に魂があれば、幽霊だっていてもおかしくはないだろう。しかし、植物の幽霊だなんて聞いたことがない。それに、そもそも幽霊なんて本当にいるのだろうか。


 僕はその時幽霊を信じているかと聞かれれば、四対六で“信じていない”の方が勝っていた。だって、見たことがないのだ。小説や映画でホラーが好きなのとは、また別問題だ。


 すると彼女は、僕に顔を近づけて、耳うちをするような大きさの声で言った。


「私ね、見たことあるの。植物の幽霊」


 その時の僕は、多分口をポカンと開けて、間抜けな顔をしていたんだと思う。


 でも、聞き間違いではなかった。確かに、彼女はそう言ったのだ。


 彼女が話したのは、こんな話だった。



     *



 小学二年生の夏休み、彼女は学校から持ち帰った朝顔をベランダに置いて育てていたらしいのだが、何日間か水をやるのを忘れて、枯らしてしまったそうなのだ。特に、暑い夏だったという。


 楽しみにしていた朝顔の花を見ることができず、さらにその朝顔を自分の不注意で枯らしてしまった――当時彼女は、“殺してしまった”と感じていたらしい――その罪悪感に、彼女は泣いた。住んでいた団地の近くの公園に、朝顔の亡骸を埋めて墓まで作り、毎日その墓前で謝り続けたらしい。なんとも純粋な子どもだと、その話を聞いて僕は思った。


 夏休みが終わりに差し掛かった頃、夜、寝室で眠っていると、ふと部屋を満たす気配に気づき、彼女は目を覚ました。そして、不思議な光景を目にした。


 それは、部屋一面に蔦を伸ばした、朝顔だった。葉は青々と生い茂り、あちこちで鮮やかな花を咲かせている。そのどれもが彼女の方を向いており、窓から入ってくる優しい風に、静かに揺れていた。葉や花に付着した水滴が窓から差し込む月明かりに反射して、クリスタルのように輝いていた。宇宙的な神秘さを感じ、子どもながらにその美しさに感動し、気づけば涙を流していた、と彼女は話した。


 その後、どのようにして彼女が眠りについたのかは、覚えていないという。ただ、それは夢なのではなく、実際にこの目で見たものだったのだと、彼女は強調した。なぜなら、今でもその光景は写真のように目に焼きつき、いつでも思い出すことができるからなのだ、と彼女は言った。


「私はその当時、子どもながらに必死に、純粋に朝顔のことを想ったから。だから許してくれたんだわ。植物にも、魂があるのよ」


 彼女は俯きながら、思い出すように、確認するように言った。


 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、彼女は立ち上がると、こちらを向いて優しく微笑みながら手を振った。


 その時辺りに漂った、百合の花のような香りを、僕は一生忘れない。


 植物を何か、育てよう。そう思った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 端的に言うと、 『僕』はやめた方がいいのではないでしょうか……。と言わざるを得ないくらい、彼の口調も文調も、『僕』になりきれてなかったと思います。分かりやすい例を挙げると、少なくとも、あの…
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