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弟--不知火猪海--

 彼と私が付き合い始めて二年たち、彼の世界は初めて病院外へ広がった。

 彼は彼の弟が住んでいるアパートへ行くらしい。私は彼のとても少ない荷物を見て、一人でも大丈夫ねと言って見送った。それが病院の前のことで、彼はタクシーに載ってそこを去っていった。


 「弟さんってどんな人なのかしら」


 「イカイ君のことね。たしかイカイ君は東教授のところに住んでいるはずだから住所わかるわよ」


 「キセト大丈夫かなー。優しくしてもらえるかしら」


 「東教授なら大丈夫でしょう。ほら、私たちも帰りましょう。せっかくお休み貰えたんだからね」


 「はーい」


 私が家に帰った頃、キセトはそれなりに緊張していたと後から話を聞いた。


 * * *


 「どうしようか」


 キセトが指定された住所にたどり着いてもまず入れなかった。アパートと一言でも言っても高級であることは一目でわかる。高層ビルの自動ドアをくぐることに固い決心が必要だった。


 「おかえりなさいませ」


 受付か何かに立つ女性がキセトに声をかける。ろくな確認もせずぞろぞろと男が出てきてキセトの荷物を持って奥へ消えていった。


 「あの、俺は」


 「お部屋は四十七階になります」


 「えっと……」


 「お進みください、東様がお待ちです」


 「は、はい」


 言われるがままに進むと荷物を運び終わった男たちがキセトの周りを固めた。守られているというより動きを制限されているようで心地よくは無い。キセトは後ろを振り返って僅かに見える空を見た。青い空は病室から見るそれにそっくりだった。

 部屋に入ると男たちは自分たちは空気だとも言いたげに壁に沿って定間隔に立った。そしてそんな男たちを空気として扱う東は優雅にお茶を飲んで過ごしている。


 「お世話になります。焔火希狭道です」


 「おう、疲れてないか? 右の廊下の突き当たりの左の部屋だ。荷物はもう運んである。最低限の家具も勝手に揃えさせてもらった。生活する上で必要なものがあれば近くにいる奴に言え」


 「あの、イカイはどこにいるのでしょうか」


 「同じく右の廊下突き当たり、右の部屋だ。一声かけてやれ、楽しみにしていたからな」


 「ありがとうございます」


 もう一度頭を下げて言われた通りに廊下を進む。とりあえず左の部屋に入った。やけに広い部屋にベッドと机があるだけだ。扉のすぐ近くの床に少ない荷物が置かれている。

 どうしよう、することが無い。

 そもそも病院の中で無趣味に生きてきたのだ。趣味は日々生きるためにクスリを楽に飲む研究をすることぐらいだった。飲む薬もない今、することが無い。

 中に入ってベッドに倒れこむ。病院のベッドより柔らかい。やけに冷たく感じる。

 ふと視線を上げると大きな窓から空が見えた。ベランダがある部屋らしい。立ち上がってふらふらとガラス戸に近づく。カラカラと音を立てて戸が開き、外の空気が部屋に流れ込む。


 「寒い…」


 「っ!? なにしてるんですか!」


 「おっと」


 突然後ろに引っ張られて何もない床に倒れこむ。何かを下敷きにした。


 「寒いんですから! あとベランダで気を失ったりして万が一落ちたりしたらどうするんですか!? 兄さんはベランダに出てはいけません!」


 キセトが下敷きにした何かはさっと立ち上がりガラス戸をさっさと閉めてしまった。また、空が遠くなる。


 「えぇっと、あぁ、イカイか。初めまして」


 「初めまして、兄さん。不知火猪海です」


 * * *


 彼と彼の弟はこうして出会ったらしい。

 そして、キセトがやけに空にこだわりだしたのもこの頃だった。



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