ショートショートII「登龍門」
「おい、聞いたか。あの山の瀧を登れば龍になれるらしい」
鯉たちの間ではそんなウワサが広まっていました。たくさんの魚たちが挑戦したものの、辿りつけないらしいのです。
「お前ならいけるんじゃないか?」
ある池で一匹の鯉が声を掛けられました。それを聞いて、仲間たちがワッと集まってきます。
「行くのか?」
せっかちな一匹にせっつかれ、彼は慌てました。
「い、いや、まだ決まったわけじゃないよ。それに僕なんかじゃとても無理だし」
「なに言ってるんだ。お前なら行けるって」
「そ、そうかなぁ……」
どうせお世辞だろう。彼はそう思っていましたが、だんだんと乗り気になってきました。こうして何匹もの鯉に見送られ、彼は川を登っていったのです。
その滝つぼへの道のりは遠くて、何日も何日も泳ぎ続けなければなりません。途中で景色をのんびり見ていたら、流れに飲み込まれてしまうのです。
たどりついた! 滝つぼが見えてきて、彼は思わず叫びました。しかし、ここからが本当のスタートです。
いざ登ろうと、彼は瀧を見上げました。滝つぼにはたくさんの魚の死骸が沈んでいます。それを見て、思わず身をすくめました。やっぱり引き返そうかな……。いや、ここでくじけたらいけない、と奮い立たせ、登っていったのです……。
「やった!」
彼は登り切ったことを確かめようと、期待してヒレや尾を見ました。しかし、ほんの申し訳ていどに変わっているだけだったのです。
首をかしげているところに、水の落ちる音が聞こえてきました。そこには彼をあざ笑うかのように瀧がまたそびえていたのです。
引き返そうと、怖々、登ってきた瀧を見下ろしました。目もくらむ高さで、ここから飛び降りるとなると死んでしまうかもしれません。
このままとどまろうか。そう考えましたが、絶え間なく身体に打ち付ける水しぶきでやがて力尽きるでしょう。溜息をついて、のろのろと瀧の方へと泳いでいったのでした……。
滝つぼにはたくさんの魚の死骸が沈んでいます。瀧の傍にはそれを悼むかのように翌檜の木が一本、立っていました。