再会
その日の夜、ホテルの一室でシャルが作詞作曲をしていると、スピッキーが宿題のノートを閉じた。
「勉強にお手上げ?」
「そうじゃないよ。いや……そうなんだけど。でも、それとは違うことが頭によぎって」
「ニーナさんとポールさんのこと?」
「僕の心が読めるの!?」
「そんなんじゃない。俺もずっと考えてたことだから。……スピッキー、さっき俺、真ん中くらいまで戻るって言ったろ?」
シャルがにっと笑うと、スピッキーの顔がぱあっと太陽のように明るくなった。
「ニーナさんたちに会いに行こう。歌を唄おう。俺たちができることと言えば、それくらいだ」
「うんっ!」
次の日から、二人は移動のペースを速めた。早く二人に歌いたい。そんなはやる気持ちを抑えるのに必死だった。
所々でストリートなどのライヴをして金銭を稼ぎながら、二人はニーナと出会った街まで戻った。記憶を頼りに診療所に行くと、変わらぬ姿でそこにあった。もうすぐ昼になるから、休診になったところを見計らって訪ねる。
「こんにちは。お久しぶりです、ホルムさん」
「ああ、シャル君。久しぶり、スピッキー君も。どうしたんだい?」
突然の訪問にも嫌な顔一つせずに迎えてくれたホルム医師に理由を話して、ポールが転院したという病院を教えてもらう。
「それなら、ここから東に行ったところにある市の病院だよ。この診療所の前の道を行くとバスがあるから、それに乗っていくといい」
「ありがとうございます」
「またライヴをするのかい?」
「はい。俺たちは歌うことしかできないから」
「頑張って。君たちの歌はきっと、朝日のように二人を照らすだろう」
その言葉に二人は力強く返事をして、診療所を出た。ホルム医師に言われた通りバスに乗って、市営病院へと向かう。
病院の受付でポールの病室番号を聞いて、その部屋へと向かう。そこは六人が一緒になった大部屋で、ポールは左の一番奥にいた。そしてその横にはニーナも。
「ポールさん、ニーナさん、久しぶり!僕たちのこと、覚えてますか?」
スピッキーが病院にそぐわぬ大きな声で二人に手を振る。二人は手を振り返した。
「もちろん。ホルムさんのところでは楽しい歌をありがとう」
「ポールさん、ニーナさん。俺たちは、二人にまた歌を届けに来ました。受け取ってくれますか?」
「喜んで」
カックローの二人が小さくガッツポーズを作ると、病室に十歳くらいの子供たちが数人入ってきた。元気よく走っているが、パジャマを着ているということは患者なのだろう。
「ポール、ポール!また絵描いて!」
「今度は私の顔描いて!」
「おれのが先だよー」
一気に明るい声に包まれた病室で、カックローの二人は戸惑っていた。この子供たちは一体なんだろう。
「こらこら、病院では静かにしなくちゃいけないよ。部屋で走り回っちゃだめだよ」
ポールが諭すと、子供たちは「はーい」と返事をして大人しくなった。ポールは横にある机から紙とペンを取って、子供たちの似顔絵を描き始めた。
「ポールは絵を描くのが好きで、描いた絵を小児科の子供たちに配っているの。そうしたらこんなにファンができちゃった」
ニーナが子供たちの頭をなでながら言った。二人は成程と頷きながらポールの手元を覗き込んだ。紙の中でも子供たちの笑顔がはじけている。
「お兄ちゃん、これなあに?」
子供の内一人の女の子が、シャルのギターケースに興味を示した。つんつんとつついては物珍しそうに見ている。
「それはギターだよ。見てみるかい?」
シャルはケースからギターを取り出して子供たちに見せた。彼らはおお、と声を上げて興味深そうにギターを見ている。
「テレビで見たことある!」
「こないだ来た楽団の人も弾いてたよ」
「お兄ちゃん弾いて弾いて!」
再び騒がしさを取り戻した子供たちに気圧されて、シャルは気が付くと「わかったわかった」と返事をしてしまっていた。
「でもさすがにここでは演奏できないな。ポールさん、どこかいい場所はありませんか?」
「それなら小児科病棟のロビーがいい。あそこはピアノがあって、いつでも弾いていいような場所だから、きっとギターを弾いても大丈夫だろう」
「ポールも行こうよ!」
「そうだよ、みんなで行こう!」
促されるままに、ポールとニーナ、スピッキーとシャルは部屋を出て、二階下の小児病棟に向かった。
ロビーにはグランドピアノが一台置かれており、ソファやおもちゃが並べられていた。ロビーと言えども遊技場のような空間だ。
ポールの車いすをソファの横につけて、シャルがピアノの椅子に腰かける。ピアノのふたを開けてドの音を出すと、きれいな音が響いた。
「音もずれてないし、よく手入れされているピアノだ」
すると、シャルは両手を広げてピアノを弾き始めた。軽やかなジャズの調べがロビー中に鳴り響く。
「シャル、ピアノも弾けるんだ!」
「俺が入院してた病院にもこんな風にピアノが置いてあってね。暇な時に適当に弾いてたんだ。そしたらそのうち覚えた。それからはずっとピアノばかり弾いてた」
シャルがエルトン・ジョンのクロコダイル・ロックを弾き始めた。その軽快な音楽に、子供たちは体を揺すって踊っている。
「お兄ちゃん、ギターも弾いてよ!」
「そうだよ、弾いて」
シャルはピアノから手を離し、ギターをケースから出した。アコースティックギターを構えてスピッキーと軽い打ち合わせをする。子供たちは珍しく静かにソファに座って、ステージの開演を心待ちにしている。
カックローの二人が頷きあい、シャルがギターをジャカジャカと鳴らして開演を告げた。
「こんにちは、カックローです!いきなりだけど、ライヴをしたいと思います、よろしく!」
子供たちがきゃっきゃと手を叩いている様子を見て、スピッキーは満足そうに笑った。そしてカウントをする。
「ウォーカー
あ~あ 思い悩んだって
仕方ない 時間は過ぎてく
悩むことに時間を使うくらいなら
気楽に考えて過ぎ行く時を楽しもう
誰だってつまずくことあるよね?
つまずいたらそれはそれってことで
立ち上がって膝についた砂払おう
それでまた歩き出せばいい
あ~あ 思い悩んだって
仕方ない 時間は過ぎてく
悩むことに時間を使うくらいなら
気楽に考えて過ぎ行く時を楽しもう
誰だってケガしたことくらいある
そんなときは落ち込んでしまうけど
また前を見て歩き出せばいい
後押しは僕がしてあげる
あ~あ もうすべてが嫌だな
それでもまだ歩かなくてはな
嫌々歩くのはやめて考え方
変えてみよう もっと気楽に歩いてみようか
あ~あ 思い悩んだって
仕方ない 時間は過ぎてく
悩むことに時間を使うくらいなら
気楽に考えて過ぎ行く時を楽しもう
ありがとう。次は今日みたいな土曜日にピッタリな曲だよ。
休日
今日は休日 あなたに会える日
朝から胸がドキドキしてます
あなたもそうなのか考えてみたり
朝からワクワクが止まりません
あなたに会いたい
そう思えることが 今の僕にとって全て
あなたに会えたらそれは幸せ
あなたもそう思ってるかな?
あなたに会いたい 僕はそう思ってる
あなたもそうだと信じてます
今日はハッピーデイ あなたがいる
今もずっと胸がドキドキしてる
あなたはショッピングに夢中 僕は
そんなあなたから目が離れません
あなたに会いたい
そう思えることが 今の僕にとって全て
あなたに会えたらそれは幸せ
あなたもそう思ってるかな?
あなたに会いたい 僕はそう思ってる
あなたもそうだと信じてます
あなたに会いたい
でももう別れの時間がやってきてしまった
今日も最高な一日だった
あなたもそう思ってるかな?
明日も休日 あなたに会いたい
あなたもそうだと信じてます」
二曲目に差し掛かると、音を聞きつけた他の病室の子供たちが集まってきた。
ソファに座りきれなくなった子供たちは、その前に敷いてあるカーペットの上に行儀よく座っている。
「ちょっと大きめの子も集まってきたかな?みんな、楽しい?」
小さい手から出される大きな拍手が答えた。
「みんなが楽しんでくれれば僕らも楽しいよ。みんなも病気と闘って大変だとは思うけど、それに負けずに、病気なんて打ち負かしてほしいなって思います。君らにはパワーがある、エネルギーもある。みんなならきっと大丈夫。君たちには、友達も仲間も、いっぱいいる。そんな君たちに、この曲を送ります。
光
だって本当は不安 先の見えない道
ここに在るよ 僕は 居るよ
見てよ 気付いて そして 助けて
見えないところでもがいてるんだ
明日への扉は堅く閉じられて
僕の入る隙間などはない
諦めて戻ろうとしたとき
ふと聞こえた君の声 僕を立ち上がらせる
誰にも言えないけど 少し怖いんだ
姿見えない敵 いっそ
食らい尽くしてよ 僕のこと
抵抗するのも疲れてしまった
そんな僕に怒ったように 君は
僕の背中どんと突き飛ばし
無理やり前に進ませてくれた
気付いたんだ 君の声が僕には必要だ
僕と共に来てくれないかい?
明日への扉は堅く閉じられて
僕の入る隙間などはない
でも君が立ち上がらせてくれた
この扉押して 君と一緒に進むんだ
さぁ、みんなの体に障ってもいけないから、そろそろ終わろうか。でもね、僕たちはまた歌いに来るから。今度会うときは、お互いに元気な姿で会おうね。
プレゼント
今日は喜びに満ちている日
こうやって音楽を聴いて
もらえることができるから
いい思い出になりますように
願い歌います
まだまだヘタクソなこんな音楽を
聴いてくれる人がいること
心に刻んで
胸に抱いて歌います
全ての感謝よ あなたに届け
今日 今 この時を楽しんで
もらってることが幸せ
この時間がずっと続けば
そう思いながら少しずつ
音を届けます
伝わるものは少ないかもしれない
でも少しでも届くように
気持ちを込めて
できる限り歌います
どうか受け取ってやってください
まだまだヘタクソなこんな音楽を
聴いてくれる人がいること
心に刻んで
胸に抱いて歌います
全ての感謝よ あなたに届け
ありがとう、カックローでした!」
温かい拍手に包まれ、シャルはギターを降ろし、スピッキーはお客さんに拍手をしている。ポールとニーナにも喜んでもらえたようだ。
子供たちに囲まれて身動きの取れないスピッキーたちだが、看護師さんたちが手慣れた様子で子供たちを部屋まで連れて行く。ポールが自分の病室に来た子供たちに完成した絵を渡すと、彼らはきゃあきゃあと喜んで大人しく各々の部屋に戻った。
「ポールさん、ニーナさん、ちょっと散歩しませんか?」
スピッキーが誘うと、二人は快諾してくれた。病院の庭に出て、高くまで昇った太陽の元を歩く。車いすはスピッキーが押して、庭の花や外の空気を楽しみながら歩いた。
「実は僕たち、二人に送りたい曲があるんです。聴いてくれますか?」
「うん」
近くに会ったベンチにニーナが座って、隣にはポール。二人は手をつなぎ合ってカックローを見ていた。庭の噴水を背に、カックローは再び歌う準備をした。シャルがギターを鳴らす。
「Eternity Love
今日も朝がやってきて
いつも通りの一日が始まる
今日も君の笑顔で僕は笑う
僕にとって 君は全てなんだ
君に届け僕のこの気持ち
楽しいこともあって
悲しいこともあって
いろいろ大変だけど
君は僕の中にいて
今日も朝がやってきて
いつも通りの一日が始まる
あなたの笑顔が私を笑顔に
辛いこと 苦しいこともたくさん
けれど負けることのないように
涙があふれそうで
流れてしまいそうで
だけど独りではなくて
もう淋しくなんてない
これから先幸せを
邪魔するものがあったら
二人で壊して進め
明日に光はある
二人のEternity Love
壊れることなどない
これからもお幸せに」
「俺たちからの贈り物です。二人の愛がいつまでもそこにあるように。この曲は、ポールさんとニーナさんだけのものです。その証拠に、二人にこれを渡します」
シャルがギターのポケットから二枚の紙を取り出して二人に渡した。一枚にはEternity Loveの歌詞、二枚目はその楽譜だった。
「それは俺が自筆で書いたもので、この世に一枚きりしかありません。だから、二人の曲だという証明に、渡します」
「ありがとう」
ただ一言、ポールの言葉が二人の胸に沁みわたった。