ライヴハウス
この国の半分よりも北側まで歩いてきた。カックローの二人は今までたくさんのライヴをしてきた。終演後に話しかけてくれるお客さんや、一緒に写真を撮ったりしてくれた人もいた。様々な出会いを作る音楽の力は凄まじい。二人はそんな音楽の力を感じながら、今日も歌っていた。
「いや~、今回はみんなのってくれてよかったなぁ。やりやすかった」
シャルがギターを降ろして伸びをしながら言うと、スピッキーも伸びをしてそれに賛同した。
「本当。お金も少しは足しになったかな」
「まぁまぁだな。でも、そろそろ稼がないとやばいぞ」
「どうやって稼ぐの?船の甲板掃除とか?」
「それ旅の種類違うだろ。ライヴハウスさ」
シャルの話によると、ライヴハウスに突撃し、音響や機材の準備をして働くと、少しばかり稼げるらしい。旅をしていると訳を話せば、気のいい主人ならオーケーしてくれるそうだ。後はレストランやカフェでライヴをして金銭を得るか。シャルは今までそうして足りない分を賄ってきたらしい。
「時々、働いたライヴハウスでそのまま演奏させてくれることもある。とりあえず街の中心に行こう。ライヴハウス探しだ」
二人は片づけをして、昼過ぎの街を歩いた。きれいでおしゃれなオープンカフェが連なり、スコーンと紅茶の香りが鼻孔をくすぐった。午後の陽光は眩しく、暑い。流れる汗を手の甲で拭いながら、街の中心へ向かった。
その途中、地元のストリートミュージシャンの演奏を聴きに立ち止まる。なかなか人気なようで、結構人数を集めていた。ロックミュージックを演奏していて、ドラムは録音だが、ギターとベースはかき鳴らしているその音をアンプから伝えていた。ギターとボーカルを兼ねているのはハイ・スクールくらいの年の少年で、ベースは同じ年の頃の少女だった。
「ありがとうございました、またよろしくお願いします」
ギターボーカルの少年が叫ぶと、周りから拍手が送られた。
演奏終了後の彼らに、スピッキーたちは近づいた。機材を片付けている途中だが、お邪魔する。
「こんにちは」
スピッキーが人懐っこい笑顔で二人に近づく。二人が顔を上げてスピッキーたちを見る。
「こんにちは。聴いてくれてありがとうございました。オレはクラック、こっちは従妹のメロ」
クラックに差し出された手を、スピッキーはしっかりと握り返した。
「僕はスピッキー。ギターはシャル。僕たちもストリートやってるんだ」
「どんなところでやってるの?」
「色んな所で。僕たちは旅をして国中を歩いてるんだ。だから、どこでもやる。ここには来たばかりだから、まだ一回しかやってないけど」
「それはすごい!旅をしながら音楽をやるなんて本当にすごいよ。オレたちは主にここら辺でやってる。今は学校が休みだから、毎日のようにやってるよ」
「じゃあ、この辺のライヴハウスとか詳しい?」
「ああ。時々行ってるからね」
「情報教えてくれないかな?僕たち、ちょっとお金が入用で……」
クラックに事情を説明すると、そうかと頷いて快く場所を教えてくれた。
「何ならオレたちも一緒に行こうか?ハウスのオーナーには少し顔が利くから、仕事も回りやすいかもしれない」
「本当?そうしてくれると嬉しいな」
「じゃあ、行こうか」
機材を片付け終わったクラック、メロと共にスピッキーたちはライヴハウスに向かった。クラックによると、この辺りには三つのライヴハウスがあって、今から行くところはこの街でも一番の大きさらしい。収容人数は二百人ほどで、人気のバンドになるといっぱいになるという。
「ここだよ」
クラックが指差したのは小さなビルで、一階は楽器店になっていた。三階に「LIVE HOUSE CRAZY」と書かれた看板がかかっている。
「一階は楽器屋さんで、二階がミュージシャンの控室。三階がステージ。オーナーは楽器店の店長も兼ねてるんだ」
クラックと一緒にスピッキーたちも店内に入る。中にはギターとベースを主とした数多くの楽器が並べられていた。値段はお手頃なものから目が飛び出すようなものまで様々で、シャルは珍しくスピッキーよりも目を輝かせてはしゃいでいる。
「マーティンのOOO-28だ!俺これいつかほしいんだよなぁ~」
ギターの良さを力説されても、楽器をよく知らないスピッキーには曖昧に返事をすることしかできない。だがシャルはそんなスピッキーは完全に無視して、ギターに見入っている。
「スピッキー、シャル」
奥でオーナーと話していたクラックが二人を呼ぶ。サングラスをかけたヒゲ面のおじさんが、にっこりと笑って二人を迎えた。だが強面なので若干怖い。
「話はクラックから聞いたよ。明日ここでライヴがある。その音響係をやってくれないか?こんな突発的に雇うのは初めてだけど、二人の話を聞いたら、ねぇ?音楽をがんばってる若者の願いを無下にするのはおじさんのポリシーに反する」
相変わらずの強面だが、その奥には温かい厚意が感じられて、二人は頭を下げた。
次の日、二人は昼からライヴハウス「CRAZY」に赴いた。何組かのバンドの音響をチェックする。時々つけられる注文に沿った音を作り出していく。
スピッキーは初めてのことだったので、シャルやオーナーに教えてもらいながらたどたどしくやっていたが、シャルは慣れたもので、器用に機械を操ってミュージシャンの希望通りの音を作る。ハウリングやラインの不調にも迅速に対応し、問題を解決する。まるでプロのスタッフみたいだ。
「シャルすごいね!」
少しもらった休憩をステージの上で過ごしながら、スピッキーは機材のツマミを回す真似をしながら言った。
「初めてギターをアンプにつないだとき、興奮が半端なかった。俺の出す音がこんなに大きくなるんだーって。それから、ツマミの回し加減で音が無限に変化するってことに驚いた。楽しくなって、ずっと音で遊んでたんだ。だから自然と覚えた」
「ねぇ、僕にももっと教えてよ!僕、音楽のこともっともっと知りたいんだ」
スピッキーのキラキラとした目を真正面から見て、シャルはクスリと笑った。それを見てスピッキーは頬を膨らませた。
「何がおかしいんだよ」
「ゴメンゴメン。いや、スピッキーは俺と初めて会ったとき、音楽のことなんて何も知らなかった。でも今はこんなに音楽を好きになってくれてる。その音楽にのめりこむ姿勢が、以前の俺と重なっておかしかった。でも、本当は嬉しいんだ」
心底嬉しそうな顔をして、シャルは笑った。頬を膨らませていたスピッキーも、いつしかつられて笑っていた。
「僕はシャルに感謝してる。シャルと出会わなかったら、きっと僕はこんな素晴らしい世界を知らずにいた。出会えずにいた。ありがとう」
「よせ、恥ずかしい」
照れ笑いを隠すように顔を背けるシャルがどことなく幼く見えて、スピッキーはおかしくなった。スピッキーには、年上で何でも知っていて何でもできるように映っているシャルにも子供っぽいところがあると思うと、どことなく嬉しかった。
ライヴハウスが俄かに騒ぎ始めたのは、開演から一時間ほど前のことだった。控室から怒鳴り声とガタンガタンという音が聞こえ、出演者の一人である青年がオーナーのもとに走り寄ってきた。
「オーナー、大変だ、喧嘩が始まった!」
「何っ?」
スピッキーたちも駆けつけると、二、三人に取り押さえられた青年がいた。それとは別に、蹲って呻き声を上げている少年もいた。
「何があった?」
オーナーが状況を問いただすと、何人かいる内の一人が口を開いた。
「うちのギターが、他のバンドの曲を貶したんだ。そっから喧嘩が始まって……」
シャルが倒れて唸っている少年に近づく。彼は右腕を抱え込むようにしていた。
「大丈夫ですか?」
「腕が、突き飛ばされたときに右腕を机にぶつけて、そこがすっげぇ痛くて」
見ると、右腕の肘下辺りが赤く腫れている。時間が経つにつれて段々と腫れが増していくところを見ると、かなりの重傷らしい。
「これ……相当ひどいじゃないですか。これだと、ヒビか骨折もあり得ますよ」
すると、オーナーがこちらに来て彼を覗き込んだ。
「こりゃヤバイな。おい、誰か病院に」
「あ、じゃあ俺行きます!」
同じバンドの仲間が、彼を起こして病院に連れて行った。しんとなった控室で、オーナーとスピッキーたちは倒れたり動いたりした椅子や机を戻していた。
「あの、オーナー。騒ぎを起こしてすみませんでした。さっきのバンドにも謝りに行きたいし、今日は出演を取り消します」
騒ぎを起こした張本人であるギタリストの彼が、大分反省した様子でオーナーに話しかけた。彼はため息をついて、青年の肩に手を置いた。
「もう二度とするなよ。早く病院に行って来い」
「ありがとうございます」
彼はばっと頭を下げて、すぐに控室を飛び出した。その後でオーナーがやれやれと長い溜息を吐き出した。
「今日は二組も欠場か……参ったなぁ」
悩むオーナーの視界に、椅子を片付けていたスピッキーがちらりと映った。
「そうだ!」
かくして、カックローは抜けた穴を埋めるために急遽ライヴを行うことになった。時間がなく、本番一発勝負。そして更に言うならば……トップバッター。
「シャ、シャル、どうしよう、僕緊張してきた」
開演間近の舞台裏で、スピッキーは体を震わせていた。彼にしてみれば珍しく緊張している。こんなに大きなところでやるのは初めてだ。
「俺だって緊張してるさ。でも、お客さんにはオーナーが言ってくれてあるみたいだし、大丈夫さ。スピッキー、俺たちのやることは変わらない。一人でも多くの人に音楽を届ける。それだけだ」
「……うん!」
手や肩から震えが止まり、スピッキーは拳を握り固めた。
「行くぞ!」
「うん!」
オーナーからのゴーサインを合図に、二人はステージに出た。客席の半分ほどを埋めた客は様々な表情を浮かべている。後に出演するバンドも客に混じっていて、どんな曲を演奏するのか楽しそうにこちらを見ている。
「こんばんは、カックローです!今日は急遽代役としてこのステージに立ちます。代役と言っても、精一杯、自分たちの持てるものを出していきたいと思ってるんで、よろしくお願いします。まずはこの曲から……。
イーズ
もう何マイル歩いてきたかな?
転んで怪我もしたりしたけど
転んで恥もかいてきたけど
この旅は僕に何を与えてくれただろう?
ああ もういいや
難しく考えるのはもうやめだ
歩いてる途中に色々考えるから
だから転んでしまうんだね
じゃあもっと気楽に行こう
何も考えずに心を空に委ねて
もう何マイルも歩いてきたから
色々な経験もしてきた
楽しいことも 悲しいことも
この旅は僕にいいものを与えてくれた
難しい言葉
そんなもの使うのはもうやめにしよう
特別なこと語るのに難しい言葉
必要かなぁ?物事は
いつだって単純にできて
いるもんさ じゃあもっともっと気楽に行こう
悲しいことなんて思い出してしまうから
だから涙が出てくるんだね
じゃあもっと気楽に行こう
何も考えずに心を空に委ねて
ありがとうございました」
客からは拍手や指笛が送られた。この後に出るバンドのメンバーが率先して場を盛り上げて周りを煽ってくれるので、ありがたい。
「改めまして、カックローです。僕がボーカルのスピッキー・ダール。ギターはシャル・ブルックです。えっと、僕らは色んなところを旅して回っています。南の方から段々北上してきて、今ここにいます。きっと、ここでみんなとこういう形で会えたっていうのは、いくつもの奇跡が重なり合って生まれたシチュエーションだと思います。次に聴いてもらうラヴソングも、そんないくつもの奇跡が重なっている、そんな歌です。
宝物
君は僕のただ一つの宝物
例えこの目が見えなくなったって
例えこの耳が聞こえなくなったって
君は僕の宝物に変わりないんだ
君は僕の宝物 光り輝いていて
その輝きは消えることなんてなくて
まるで太陽のように僕を照らす
そんな君が僕は好きなんだ
君は僕のただ一つの宝物
例えこの目が見えなくなったって
例えこの耳が聞こえなくなったって
君は僕の宝物に変わりないんだ
君は僕のこと一生懸命愛してくれる
その愛しさは消えることなんてなくて
まるで木漏れ日のように僕を照らす
そんな君が僕は好きなんだ
君という名の宝物を僕は
大事に大事に抱えて生きていく
それは苦しみなんかじゃなく喜びなんだ
僕は喜びを抱えて生きていく
僕はこの上ない幸せを手に入れた
君はどう?僕と同じ気持ちかな?
君は僕のただ一つの宝物
例え僕が喋れなくなったって
もし悪魔が君を連れ去ろうとしたなら
僕が盾になってあげるから大丈夫
You’re my treasure」
「俺たちは今までいろんな出会いをしてきて、その分別れもあって。その全てが今の俺たちを作っているんだと思うと、すごいなって思います。今日こうやってみんなと出会って、みんなの前で歌ったってことは、また俺たちの自信にもなるし、俺たちを前へ進ませてくれる力にもなる。そのお礼として、この曲を届けたいと思います」
「ココロオト
心の音が聴こえますか?
心から届けようとしているこの音が
もし伝わっていたらそれは喜び
僕の全てを君の心へと注ぐよ
ココロオトは僕の中から
君へと向かって真っ直ぐ行くよ
もしも僕のココロオトが君の
心の中に入って揺らしたなら
Ah 嬉しくてジャンプするだろう
ハートとは心のことだよ
ひとつの単語が優しく聞こえるでしょう?
普段は恥ずかしくて言えないけれど
こんな僕を受け止めてくれてありがとう
ココロオトはきっと僕に
『出してくれ』と言ってるはずだから
僕の持ってる全てを君へ
安い言葉かもしれないけど本気だ
Ah 僕の全てよ君に届け
ココロオト それは君への
僕からのひとつのプレゼント
コロッセオからエッフェル塔まで
どこまでもココロオトを届けるよ
Ah この音は途切れさせないよ
ありがとう。さぁ、この辺りでちょっと飛ばすよ!みんなもどんどんのっちゃってね。クラップ&ジャンプ大歓迎。ラック!
ラック
Hey!Hey!Hey!Hey!
さぁLet’s Go!自分の信じる乗り物乗って
エンジンフカして爆音鳴らして
いざGo!Go!Go! Join us!
ギブソンのギターとはいかないけど
最高の音を届けるから
だからどうか笑顔になって
その笑顔がずっと続きますように
Clap!Clap!Clap!Clap!
Blue Blue Skyの奥にある『てっぺん』目指して
ハンドル握ってアクセル絞って
Way to Go!Go!Go! Join us!
マーティンのギターとはいかないけど
極上のサウンドプレゼント
そしてみんな笑顔になって
その手を振りかざすんだ ずっとずっと
OK! Let’s go!
Jump!Jump!Jump!Jump!
Are you ready?
Jump!Jump!Jump!Jump!
ギブソンのギターとはいかないけど
最高の音を届けるから
だからどうか笑顔になって
その笑顔がずっと届きますように
ありがとう!もう少しテンション上げてほしいんだけど、いい?」
客席からは歓声が聞こえる。どうやらオーケーのようだ。
「じゃあ、最高に盛り上がっちゃうこの曲行くよ!
HEY
HEY!GIRL 俺と一緒についてこないか?
どうせタイクツに屈してる毎日を送ってるんだろ?
だったら後ろに乗りな スリリングで体感したことない
スゲェ風景・景色を見せてやるからさ
どこに行きたい?イギリスの海を渡って
ポルトガルなんてシャレた街に行くかい?
それともオックスフォードの大学にこの
バイクで乗り込んで一騒ぎ起こそうか?
HEY!GIRL 君が決めていいんだぜ
HEY!GIRL 俺と一緒についてこないか?
アメリカの西海岸が俺らのことを待ってる
早く行ってやんないと西海岸もこのバイクも機嫌損ねるからさ
スゲェ風景・景色を見せてやるよ
どこに行きたい?イギリスの海を渡って
アメリカに行ってカジノでもやってみる?
大人への階段をまた一つ上った
ことになるぜ ギャンブルな人生もいいだろ?
HEY!GIRL スリリングに生きてくれ
俺たちだって事故ることはあるけど
それに屈することなんてしてない
HEY!GIRL 君にはそれができるかい?
どこに行きたい?イギリスの海を渡って
アメリカでこのブラックバイク飛ばして
何もない荒野を旅してみないかい?
君と二人ならどこにだって行けるから
HEY!GIRL スリリングに生きようぜ」
曲が終わったところで、スピッキーが一旦場を手で制して静かにした。客はそれに呼応するように静まり返った。
「早いもので、次がラスト一曲になっちゃいました」
「ええ~」
客からは最後を惜しむ声が上がった。スピッキーとシャルは嬉しそうに笑った。
「ありがとね、そうやって言ってくれて。でも次でラスト一曲です。これから歌うのは、僕たちのテーマソングです。旅をしてここからどこかへ。そこからまたどこかへ。僕たちは旅人、ライゼンデだ。そんな僕たちの曲を、最後に聞いてもらいます。
ライゼンデ
今度はどこに行こうか?
ある一人の旅人がそう言った
その旅に終着点はないという
アメリカもスペインも遥かに続くらしい
その旅人は詩を残していった
親愛なるこの大地さようなら
旅人はまた旅を続けて
新たな大地を踏み蹴っていく
次なる扉を開けて入り閉める
自分の目に焼き付いた景色を刻み
その足を動かして前へ前へ進んでいく
もうすべての大地を
踏んでしまった 次はどこに行く?
終着点がない旅なのに 少しだけ
終着点が見えたのだろうか? そんなこと
なかったカナダも遥かに続いてる
親愛なるこの大地ありがとう
旅人はまた旅を続けて
知らない世界へと進んでいく
まだ誰も見たことのないその世界
汚いかきれいかはまだわからないが
道があるのなら前へ前へ進んでいこう
旅人はまた旅を続けて
新たな大地を踏み蹴っていく
次なる扉を開けて入り閉める
自分の目に焼き付いた景色を刻み
その足を動かして前へ前へ進んでいく
旅人はまた旅を続けて
知らない世界へと進んでいく
まだ誰も見たことのないその世界
汚いかきれいかはまだわからないが
道があるのなら前へ前へ進んでいこう
ありがとうございました、カックローでした!」
スピッキーが大手を振り上げると、大きな拍手がステージを包んだ。シャルも手を上げてそれに応える。
二人がステージを去っても、拍手は鳴りやまなかった。
この国も色々なところを見て回った。深緑のさざめき、太陽の照り付け、街の声や表情。人との出会いはいつも唐突で、忘れられない思い出を残した。そんな旅も、そろそろ一時停止をする頃だ。スピッキーの休みがもう少しで終わってしまうのだ。
「スピッキー、明日になったらまた南へ向かおう。真ん中くらいまで行ったら、スピッキーは列車で故郷まで帰るといい。俺はそのまま船で海を渡って隣の国へ行く」
「僕帰りたくないよ。このままシャルと旅をしたい」
駄々をこねるスピッキーに、シャルは優しく言い聞かせた。
「スピッキー、旅って、終わりがないんだ。数多くの詩人が謳っているように、旅には終わりがない。それは本当のことなんだ。だから、俺とスピッキーの旅は終わらない。これからは一時停止をするけど、それはあくまで『一時』だ。俺は、またスピッキーと旅を再開できることを楽しみに待っている」
スピッキーは下を向いたまま唇を尖らせていたが、しばらくすると顔を上げた。
「わかったよ。今回は、一度帰る。でも、またシャルと旅をする。それは絶対だ。僕も、シャルと旅を再開することを楽しみにしているよ」
シャルは笑顔で頷いて、ギターケースを背負い直した。どこまでも見渡せそうな青空が二人を見下ろしていた。