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破裂

作者: 泉田清
掲載日:2026/10/02

「オレ今日で40になりました」助手席で後輩が言った。我々はドライブに出かけていた。

 海沿いのリゾート地にでも行こうと思い、前の晩地図を見ていたら、佐世保バーガーの店をみつけた。県内で唯一の出店だという。ドライブにもちょうどいい距離。そこで後輩を誘ったのだった。


 「明日、佐世保バーガー食べに行かないか」、「いいですね行きましょう」。すぐにもメールの返事がくることは分かっていた、後輩は無職だ。会社を辞めてから二年が経つ。

 「ハッハッハ」後輩が体を揺らしさも愉快そうに笑う。一緒にマイカーも揺れる。会社を辞めてからみるみる体が大きくなり、今では優に100キロを超えている。120キロはあるかもしれない。ちょうどを風船を膨らませたようなものだ。二年前は長身のスラリとした体形だったのに。


 「今日は雨降らないよな」、「少し降るみたいですね」スマホを見ながら後輩は言った。秋雨前線がどうの、エルニーニョがこうのと天候の話が止まらない。四六時中スマホを見ているので次々情報が増えていく。天気の話なぞ挨拶みたいなものではないか。中々これから行くリゾート地の話題にたどり着けない。こういう感じでいつも我々のドライブは進んでいく。


 高速道路を降り、10分ほど海沿いを走るとリゾートホテルが見えてきた。周辺には公園、海鮮市場、サーフショップ、レストラン、カフェが点在し、なかなかのリゾート地になっている。その中に佐世保バーガーの店がある。開店時間にはまだ早い。とりあえず海を見に、公園の駐車場に車を停めた。外はやはり少し雨が降っていて、後輩が折り畳み傘を広げた。私はキャップを被っていたが、私を中に入れようとすり寄って来る。そしてボヨン。太鼓腹が肘に当たった。 

 我々が歩きながら会話するとしよう、すると後輩は不必要なほど近づいてくる。昔からの癖だ。それはちょうど今の後輩の腹が私の肘に触れるくらいの距離なのだ。腹がどこかに接触するのはもう慣れてしまったのか、お互いそれについて言及しないし、茶化すこともない。まったく何という事だ、善意がこんなにも痛々しいなんて。


 防波堤に上って、海を見て、車に戻ろうとしたら「え、ええ!?」後輩が叫んだ。持っていた傘の骨が一本反り返り一部めくれてしまっている。「2年は使ってるから限界でしたかね」、「まあしょうがないな」。形あるものは壊れる、仕方のない事だ。「なんだ、なんだ!」マイカーに辿り着くや否やまた叫んだ。足元にコロコロと傘の持ち手が転がっている。サッと拾い上げ、キョロキョロと焦点が定まってない彼に渡してやった。必死に笑いをこらえながら。「あっ」今度は何だ?後輩が取れてしまった助手席のドアノブを差し出す。まったく何という事だ!その後しばらく助手席は内側からしか開かなくなったものの、整備工に行ったらすぐ直してくれたし、破損自体はどうということはない。必死に謝る姿を気の毒に思ったくらいだ。

 それよりも私と後輩、我々の間に予感めいたものを感じた。何か決定的な事が起きようとしている。


 佐世保バーガーの店が開店した。店に入って一番人気のものを注文し、南国リゾート風の店内を眺める。しばらくして注文したバーガーがやってきた。溢れんばかりの具材が詰まっていて、包み紙には「淡路島バーガー」とある。そこでようやく気付いた、ここは「淡路島バーガー」の店なのだと。「いや、美味いですね」後輩はさっそくかぶりついている。地図で佐世保バーガーと誤認してから全ては始まっていた。店の看板を見て、「淡路島バーガー」を注文して、「お待たせしました淡路島バーガーです」と言われても気づかなかったなんて・・・

 食べ終わって店を出た。「ここ淡路島バーガーの店だったな」、「美味かったからいいんじゃないですかね」。ここまでは良かった。「昨夜から今まで勘違いしてたのはすごいなあ」皮肉を言いながら胸を反らせ、見下してくる。その拍子にボヨンと太鼓腹が私つついた。


 思わずカッとなった。後輩がドライブで車を出すことは無い、話はつまらない、そして無職である。「仕事もしてないのにここでハンバーガー食ってる場合か?」それまで無職についての話題は避けるようにしていた。それが今、カッとなってつい言ってしまったのだ。

 パチン!風船が割れた。それで我々の中はおしまいというわけだ。帰りはほとんど口を利かなかった。後輩がマイカーを降りると、助手席には取れてしまったドアノブだけが残されていた。


 ある夜。どこかドライブに行こうと、地図を眺めていると、ダム湖の近くにある、良さそうなラーメン店をみつけた。いいドライブになりそうだ。後輩にメールすると「いいですね」の返事がすぐ返ってきた。「淡路島バーガー」の一件から数か月経っていた。我々の関係値はリセットされていたのだ。

 そうでないと困るという側面もある。私にはドライブに誘える人間が後輩しかいないのだから。


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