07 分水嶺
*ジャンルを恋愛に定めた影響で、ここまでのエピソードの主にロードの感情部分を大幅に編集しました。
話の大筋は変わっていません。執着度が跳ね上がったぐらいです。
「ロード」
ダンジョンの入口へと急いで帰還し、待つこと3時間ほど。
迷いのある表情で現れたカルルは、それでも俺のことを見て小さな笑みを浮かべた。
そしておそるおそる、聞いてくる。
「……ロード、カルルのこと、怖くないの?」
「怖くないな」
「ロードが知られたくないこと、カルル、知っちゃうかもしれないのに……?」
「俺は別に構わないが」
はく、と言葉にならない音を出して、カルルはぎゅっと自分の手を握りしめた。瞳を震えさせながら、俺のことをじっと見つめる。
「……カルル、忌み子だよ…」
「それがどうした」
「……行く時に、忌み子には、関わらないようにって言ってたの、ロードだよ……?」
「『捨てられた土地』の忌み子について話してたんだ。カルルについてじゃない。…俺は、お前との関わりを断ちたくない」
疑いで目が揺れる。本心かどうかを必死に探ろうとしてくる。紛れもなく本心だが、それを信じてもらうのは難しいだろう。
「……カルル……人殺し、だよ?」
「お前は情報を伝えただけだろう。行くと決めたのはそいつらの責任だ」
「そ…それは、ちがくない……?そもそも、カルルが何も言わなければ、知らなかったはずで……」
「あのクソみたいな環境で、危機感が足りないならそいつらのせいだろう」
泣きそうな顔になった。──泣かせたい訳では無いのは、本当だった。
──きっと、ここが分水嶺だろう。
ロード・オルテルなら本心でない言葉も使い、言いくるめて、自分の目的のためだけを考えて利用するだろう。あるいは対話を諦めるか。
俺は紛れもなくロードだ。
そのはずなのに。返事が無い中で4日待ち続けた俺の体は不安で満たされている。
目的のために利用する、それだけだったはずなのに。
──完全に執着が宿ってしまった。もう諦めるしか無いのだろうか。今婚約を解消したところで──いや、そもそも、もう俺からそんなことは言い出せはしないんだろう。
「ずっと、返事が無い間考えていたんだ。カルルの恐怖も…分かろうとはしたつもりだ」
カルルに向かって頭を下げた。驚いたように後ずさる音がする。
「対話を諦めてしまって悪かった。……それでも」
「ロード……?」
「婚約は、続けたいと思っている。……俺が、今から言うのは、お前を利用するために言う言葉じゃなくて、本心だ。……聞いてくれないか?」
躊躇うような顔をしたあと、カルルは頷いた。
「怖かったんだ。俺は、未来で思いを寄せた人間に拒絶されたことで国に滅びをもたらす。…それを回避するためでもあった婚約なのに……カルルに拒絶されたら、そうなるんじゃないかと思った。拒絶される前に拒絶しようとしてしまった」
「えぇと……?」
「…貴族になれば、加護で聞けることの危険度が跳ね上がることが、怖いんだろう?…その痛みを聞こうともせずに、対話を断ち切ってしまって、悪かった。あんな思いをさせるようなスキルを使わせてしまって悪かった」
カルルは黙って、少さく頷いた。
「……カルルのためを本当に願うなら、婚約を解消するべきなんだろうが……悪い。婚約を解消したくないんだ。カルルにはそばにいてほしい。…カルルが嫌だと思うことへの対策を、考えるから……だから、俺と婚約を続けてはくれないか?」
──我ながら酷い言葉だ。
カルルにとっては意味が分からないだろう。
「えぇと……ロードに、嫌だって思うこと言ったら、そのための対策を考えてくれる……の?」
「ああ」
「……婚約は、解消しないの?」
「したくない」
目をぱちぱちと瞬いて、カルルは俺の顔をじっと見つめてきた。いつになく殊勝な態度に、意味が分からないと思っているような様子だ。
「…カルル、貴族には、なりたくないよ…?」
「特待生ならいいか?」
「特待生…?」
「オルテル家に推薦してもらえば、平民のままでも特待生としての試験が受けられ、学園に来ることが出来る。教育は最高水準のものだ。……知識を、知ることは出来るし貴族にもならない」
首を傾げて、「…そもそも、ロードは、どうしてカルルに学園に来て欲しいの?」と聞かれた。
「…そこでの破滅の運命を避けたいんだ。そのためには、婚約者が必要で」
「平民としてでも、そこに行ったら、知っちゃいけないことを知る可能性が……ある、よね……?」
「……知ってしまっても、俺にだけ話せばいい。俺なら何を知ろうと死なないからな」
「ロードは……どうしても、その学園に行かなきゃいけないの?貴族になる必要もある、の?」
「………ああ、行かなきゃいけないんだ。行かなければ破滅に巻き込まれはしないし、カルルとの婚約も続けられ、カルルは恐怖のような感情を抱くことも無いが、でも、俺は行かないと…」
──行かないと、何だ?
黙り込んだ俺に、カルルはもしかして、とぽつりと言った。
腰に掛けていた短剣を取って、ぐさりと指に突き刺した。溢れ出す血に目を見開く。
「な、おい何してる!?」
「エドナさまが言ってたのと、あと、絵本に書いてあったの。異世界人を正気に戻すのに血が必要なのって………ロード、もしかして、異世界人って……見ちゃった予知の場所に、行かないといけなくなってるの?」
カルルが何の話をしているのかよく分からない。
とにかく出血を止めなければ、と万が一を考えて購入していた回復ポーションを取り出そうとした。
「ロード、カルルのこと気遣うわりには、全然学園に行くことはゆずらないし……貴族になって予知の通りになりたくない、って言うのに、どうして貴族になろうとするの?」
どうして貴族に?……それは、ロード・オルテルが辿らなければならない道筋で、辿らなければ……辿らなければ、なんだ?
とにかく破滅の運命を回避するためには、貴族になって学園に、婚約者としてカルルに着いてきてもらう必要が──。
「ロード、忌み子の血、摂取すれば元に戻るかもしれないから、だから……えぇと……」
血を、飲んで。と怪我した指を突き出してきた。
どうにも出来ずに戸惑っていると、口元に指が当てられる。柔らかい指が唇に当てられた衝撃に、思わず後ずさる。
「な、何してるんだ、正気か!?」
「後でちゃんと話すから!」
抵抗しようにも近づきすぎている。無理やり引き離そうと思えば出来るんだろうが、痛い思いをさせたくはないと行動が鈍くなる。
その隙に口の中に指が入ってきて、血の味がかすかにした。
──かちゃん、と何かが外れた音が、頭の中で響く。
「これで!……えっ、ロード、顔真っ赤っかだよ!?えぇっ、熱でも出てきちゃった……?」
「…………お前な……!」
顔が熱い。見るな、と顔を背けても大丈夫?と顔を覗き込んでこようとする。
「ロード、貴族にならなきゃって気持ちは、今はどんな感じ…?」
「それどころじゃないが…!?」
どうしてこんなことを。執着してしまったとはいえ、それが重くなりすぎないように、抑え込もうと思っていたのに。
こんなぐいぐいと近づいてこられたら、頭がおかしくなる。
「もしかして……足りなかった…!?もう1回…」
「やめろ!おい馬鹿!貴族にならなければという気持ちならもう消えた、だからやめろ!」
──思わず言ってしまってから、言ってはいけないことを言ったという違和感が、妙に喉元に残った。
別に貴族になる必要なんて無い。学園だって行かなくてもいい。この国から出てもいい。
主人公ならともかく、邪魔するだけのロード・オルテルがいなくなったところで──いや、いなければならない…?
「……俺は、学園に行かなくても、良いはずだ…?」
「ロード、まだ混乱してるの……?」
「おい、指を近づけようとするな!」
カルルの手を握って口元に近づけられるのを阻止し、その隙に回復ポーションを掛けた。
傷が修復されていくのを見つつ、頭の中を回転させる。
もしかして、と思い自分に『看破』を用いた。
──状態異常にあった『異世界人』が消えている。
「……たしかに俺は、状態異常だったらしい。助かった。…やり方はどうかと思うがな」
「よかったぁ…!あっ、じゃあ…ロードは学園に行かなくていいし、貴族にもならなくてもいいから、婚約はもういらない…?」
「は?」
え?とカルルは首を傾げた。気に入らないので頬をつまんだ。
「婚約は継続に決まっているだろう、お前、こんなことをして…ただで済むと思うなよ…!」
「えっ、カルル、助けたのに!?」
「助け方が大問題だ!絶対に他の異世界人に会っても同じようなことをするなよ…!」
自分で言っておきながら、想像しただけでも思わず苛ついてしまう。
「えぇ……婚約、破滅の運命避けられたらいらなくなるんじゃなかったの……?」
「学園に行かずとも巻き込まれる可能性はあるだろ。8年後までは必ず婚約を続けてもらうからな…!」
「仮の婚約者は続行、ってこと?」
「当たり前だ!」
「えぇ……?ロードなら、すぐ解消すると思ってた」
頬をつまんだままでいると、俺の顔を見てカルルは思わずと言ったふうに笑い始めた。失礼な奴だな…!
「ロードと一緒の方がカルルは楽しいから、婚約そのままでもいいけど…ふふっ、おかしな顔!」
「言質は取ったからな…!」
「あぁ、ふふっ、おもしろ……!」
ひとしきり笑ったあと、カルルは俺の隣に座った。──近くないか…!?
少し触れただけでも飛び跳ねそうになる俺を見て、カルルはまたおかしそうに肩を揺らした。
「いっぱい話そう、ロード。今ならちゃんと聞いてくれるよね」
軽く睨みつけながらも頷くと、カルルは笑みを濃くした。
──それから、町に戻ってから会った『深淵の魔女』エドナさま、のことや、そのエドナさまの言っていたことなどをカルルは話してきた。
「ロードと一緒にいたいなって思ったの。だからたくさん、本を読んできたよ!」
くそ。何で、これで、婚約は仮のままでなんて言ってくるんだ?
「他の人の声が聞こえたらロードのことを聞くようにして…本当は、何回も話しかけたかったんだけど、そしたら一緒にいたいって言っちゃいそうで…」
言えば良かっただろう!?逆に何で言わないんだ…!
俺一人だけ悶々としていると、カルルは話し終わったのか満足した様子で微笑んできた。
「ねえロード、貴族にならずに学園にも行かないなら、ロードはどうするの?」
「……そうだな、ダンジョンでも行くか」
「カルルも、ついていってもいい?」
「当たり前だ」
やった!とカルルは楽しげに笑う。それから体重をわずかに預けてきて、目を閉じて言った。
「カルル、カルルの夢はね…いつか、皆に会いに行くの。ありがとうって言いたいから。……ねえロード、カルルね、波を越えた向こうにも助けてくれた人がいるの」
「波?」
「えぇと…『揺るがぬ波の壁』ってやつ。いつかその向こうまで行きたいの」
は?と言葉が漏れた。子供でも知っている。その波は、別名──
「『帰らぬ波』の向こうに?」
「うん。今はまだ、波の前までも行けそうにないけど…大人になって、すっごく強くなったら絶対行きたいの!ロードは、渡る方法知らない?」
「……知ってても言うものか。おい、一人で行こうとするなよ。行くなら俺も連れていけ」
「すっごく遠い所だよ?帰ってくるの、ずっとあとかも」
「知るか、置いていくな」
ふは、と笑ってカルルは身を離した。本気だと思っていないな?
「カルルね、全然そんなつもりなかったけど…全部の国にね、行ってたみたいなの。助けてくれた人が色んなところにいる。ねえロード、婚約を解消するその日まで、どうか、カルルを強くしてくれない?世界を回れるぐらいに!」
眩しいな。眩しい笑顔で、俺の方に笑いかけてくる。
「強くするのは構わないが、世界を回るなら一人で行くな。俺も着いていく」
「えぇー、ロードももう自分の好きなように生きていいんだよ?貴族にも学園にも関わらずに、ロード、好きなように生きたら…」
「じゃあ尚更カルルに着いていくが?」
「ふふ、ロード、他にやってみたいこととかないの?釣りとか、料理とか──探してみれば見つかるかもよぉ」
それなら一緒に探してくれ、と言うと、驚いた顔をしたあと楽しそう!と言って笑った。
──理解してしまった。
俺はカルルが、楽しいという感情を満開にして、笑っている姿を隣で見ていたい。
もはや一生離すつもりは無い。何が何でも隣に居続けてやる。他の国に行くなら、それにどこまでも着いていこう。今決めた。これが俺の生涯の目的だ。
「ここまで来たことだし、ダンジョンに潜らないか?今から俺の解説もつけてやる」
「もちろん!…カルルね、実はダンジョン潜りたいなって思って、着替え持ってきてるの…木の後ろに隠してて」
「準備が良いな?」
「えへへ…仲直り出来たら、その後ダンジョン行けないかなぁ…って思ってたの」
はにかむように笑って、本当に木の後ろに隠していた荷物を引っ張り出してきた。
「行こ、ロード!」
これは、悪役令息として転生してしまった俺が。
──今はまだ仮の婚約者であるカルルに愛され、世界を回りきるまでの話だ。




