06 強欲であれ
(カルル目線)
ぐったりと意識を失ったロードを寝袋近くまで運んだ。
「……ごめんね、ロード。カルル、本当にロードのためなら何でもしてあげたかったよ。うれしかったから。……でも、カルルが一緒にいたら、ダメなの。思い出しちゃった」
貰った銅貨の余りをロードの荷物に入れておく。…使ってしまった分はどうにかして返さなくちゃ。
──これからは、今までと同じように、ここ数日のことはわすれて、ひっそりと生きていこう。誰のことも殺さないために。
ロードから目を逸らして、来た道を戻り始めた。真っ暗になりつつある森の中で、どう来たかがはっきりと思い出せてしまうのが、やっぱり自分は化け物なんだと思わせてきて、悲しかった。
ーーーーー
「さあさあ、今朝採れたての山菜だよ!」「あの人ってば、やっぱり不倫していたのね…!」「あぁ、おなかがすいて、死ぬのか……優秀な騎士として、1年前までは、過ごしていたのにな……」「おばば、今日は元気そうだね!」「まだ寝てたいよぉ…」「わしは今日までの命なんだろう……かかさまに、会いたい……」「俺らのお姫様、隣国の王子と婚約が決まりそうだってよ……クソ!」「落ち着けよ」「絶対、絶対、ゆるさない」「身体中がいたいわぁ…」「おなかすいたよ」「良い朝だな、そう、立派なプロポーズ日和…!」「おてがみ届いてなぁい?」
───ひっ。
こんなに、こんなにうるさかったっけ。
「おはよう」「見ました?あの人ってば、今日もまた違う男と一緒に…」「工場前で待っている」「今日は晴れそうだな」「どうしよう、違う人と寝てしまった…今日はあの人と会う約束をしているのに…」「ひどいひどいひどいひどい」「おれ、売られるのか?」「ひぃ…怖すぎる怖すぎる、置いてかないでよ」「お父様、私黒髪ピンク目クールイケメンとしか婚約したくないって言ったわよね!」「あんた、落ち着きな。聞きたくないと思うほど聞こえてしまうものさ、愛し子ちゃんや」「おなかいたいおなかいたいおなかいたい。何のせい?やっぱキノコか?」「ひっひっひ、今日はどのような奴隷をお求めで」「あいつ最近見ないよな」
耳って、どうやって塞げばいいの?聞きたくない。聞かせないで。何も知りたくない。何も言いたくない。こわい。こわいよ。
「カルル、聞いているかは分からないが…対話を諦めて、契約を押し付けて、悪かった」
かるる?……あ、カルルの名前だ。
ロードの声が静かに、耳のどこか違うところに響いた。
ロードの声は、心の声が聞こえてこない。
ねえ、スキルって強くなれば制御出来るようになるの?本当に?…あ、でも、ロードに関わっちゃダメなんだったっけ。どうして?殺しちゃうから。だれを?ええっと、だれだっけ。みんなを?
「だが婚約を破棄する気は無いからな。…ここでまたスキルを掛けようとは思わないでくれよ?危ないのは分かるよな」
どうして。
こんなに苦しみながら、カルルはロードから離れたのに。あれ、ちがう、この苦しみはカルルのせいだっけ?どうしてこんなふうになっているんだっけ。分からない、分かんなくなってきた。
「せめてものお詫びだ。このダンジョンで強くなる方法を喋るから、聞きたいなら聞け。いつでもいい、姿を現してくれるなら俺がカルルを強くする。契約だからな」
ロードに、たすけてって言ったら、助けに来てくれるかなあ。カルル、助けてくれるなら、なんだってするのに。
婚約を望むなら8年後まで一緒にいて、婚約者のふりして、お姫さまとは会いたくないみたいだから、だから婚約者のふりをして…貴族になっても婚約者で、えぇと、カルルが、貴族になるんだっけ?どうやって?なれるわけない、あれ、でもロードならできるの?カルル、カルルが貴族になったら、今よりずっと聞いちゃいけないことを聞いて──ぁ、ロードのこと、死なせちゃったらどうしよう。
ぞわっと鳥肌が立つ感覚がした。
「あんた、落ち着きな」
目の前にいる真っ黒い服の人が、いつのまにかリンゴを差し出してきた。視界はとられてない。視界は移動しない。カルルが見てるのは、ちゃんと、カルルの世界。
「イッヒッヒ、毒入りだよ。耳がしばらく聞こえなくなる毒さ。自我を失われては困るからねぇ」
耳がきこえなく、なる?それなら何だってする。
「あの女狐の加護ならすぅぐに耐性ついちまうけどねぇ。それにしても驚いた。あんた、1歳の時にうちに迷い込んできた赤ちゃんだろう?困ってんなら、話ぐらいはアタシが聞いてあげようねぇ」
しゃり、と音を立ててりんごに歯を立てた。耳、耳がいたい。でも聞こえにくい。目の前の人の声しか聞こえなくなる。うれしい。…ロードの声、聞こえない。話しかけてくれてたのに。
「久しぶりだねぇ、ちゃんと体に帰れたようで良かったよ。アタシは深淵の魔女さ。名前ぐらいは聞いたことがあるだろう?」
「し、しんえん」
「あんなに泣いてた赤ちゃんがこんなに大きくなって。加護はまだ使いこなせてないのかい?」
「う、うん」
「あの女狐は優しい方だけど、それでも神は神だからねぇ。おお、よしよし、辛かったろう。愛し子の血をすこぉしくれるんなら、アタシが話聞いたげようねぇ」
「ち?」
「そうそう、血さ。なんぼあっても困らない、異世界人を正気に戻せるんだからねぇ。すこぉしも痛くないよ、ほんのちょっとで良いからねぇ」
「うん、いいよぉ、カルル、カルルどうすればいい…?」
「許してくれてありがとうねぇ。…ほら、痛くなかったろう」
小指程の小さな小さな、血で満たされた瓶を大事にしまいこむのが見えた。
「愛し子ちゃん、耳の加護が暴走したら、1人だけを聞くようにするんだよ。いくら聞いても辛くない人を探しな。その人の全部を知りたいと思えば、他の声は聞こえなくなるからねぇ」
「1人、1人だけを」
「それか、視覚に集中するとかかねぇ。本を読みに行くといいさ。知識欲も満たせる」
「本…」
「辛いことがあるなら、アタシに話すかい?」
「………カルル、カルルね……教えちゃいけないこと、教えて、ころしちゃったの……どう、どうすればいいの?カルル、ひっそり生きていかなきゃ」
長い爪の手で頭を撫でられている感覚がある。嗅いだことのない花の香りがした。
「好きに生きて、したいことをしな。誰がどうとか考えなくていい」
「で、でも……ロードのことも、殺しちゃったら、どうしよう……!」
「忌み子は強欲であれ。じゃないと、はた迷惑なことに神様は心配してくるからねぇ。罪を抱えたいのなら抱えて生きてきな。好きに生きるんだよ」
「うぅ、でも、でも……!」
「この世の全てが知りたいだろう?何も知らずに何十年なんて生きてはいけないだろう?そう生まれてきちまったもんは仕方がない、拒絶するんじゃなくて受け入れな。本当は、ロードという人間との関わりを無くすことなく、共に生きていく方法を知りたいんだろう?」
ロードと婚約を破棄せずに、一緒に…………──知りたい。
「まずは魔力を増やしな。制御が出来るようになるよ」
「魔力を、増やす…」
「そのためにも本を読みに行きな。あそこに見えるだろう?あの図書館は誰でも受け入れてくれる。知りたいと思うのは悪いことでは無いし、たくさん聞いちまうのもあんたの責任じゃない。強欲でいるんだね、全部良いとこ取りのハッピーエンドを目指しな」
「……いいの?カルル、そんなこと、願って…」
「いいんだよ。幸せにおなり、かわいい赤ちゃん」
手を引いて立ち上がらせてくれる。図書館への道を、手を繋いで案内してくれた。
「そろそろ耐性がついてしまうねぇ。大丈夫さ、あんたなら大丈夫。どうにもならなくなった時は、アタシの所に来な。話ならいくらでも聞いてあげるからね」
「うん……あの、深淵の魔女さま、名前は…」
「そんなことが知りたいのかい、可愛い子だねぇ。エドナだよ、アタシは。さあ本を読みに行きな。正しい物を選べば魔力が増える。…幸せになるんだよ、いいね?」
「うん、エドナさま!」
長い爪の手で頭を撫でられるのは、嬉しかった。
図書館はカルルでも入れてくれた。ロードのおかげで買えた、新しくてきれいな服を着ていたからかな。
分からない文字があったら聞いてくださいね、と司書さんは微笑んでくれた。どこかで聞いたことがある声だったけど気にしない。カルルが今知りたいのは、本についてだから。
「──魔力の回復を待つ必要は無い。ダンジョンには安全地帯が存在し、その場所に書かれている文字に触れれば魔力が回復する」
他の人の声が聞こえてきたら、ロードの声だけ聞くようにした。心の声は全く聞こえてこないから、聞きやすかった。
ねえ、ロード。
忌み子で、いつか皆を殺してしまうかもしれないカルルのことを、選んでくれるの?
どうかロードが決めて。カルルじゃ決められないから。ダメなら、ダメだって言って。
それでもカルルのことを選んでくれるなら──カルルも、覚悟を決めるから。
『姫エーウェリカ』という絵本を手に取ってイスに座り、文字には目を落とさずに目を閉じる。
カルルは沢山の事が知りたい。知れば知るほど、もっともっとって思ってしまう。
今でも、ここから飛び出して孤児院のすみっこにいるのが正解なんじゃないか、って、思う。
でも──ロードが、カルルが忌み子だって知っても選んでくれるなら。
カルルでも好きに生きていいのかな。それなら…。
「みんなに、会いに行きたいなあ…」
エドナさまの名前を聞いた時、思い出した。エドナさまはカルルがカルルじゃなかった時に、いちばん最後に体までみちびいてくれた人だ、って。
嫌なことも、思い出したくもないことをたくさん見てしまった。でも、カルルに気づいて声をかけてくれた人たちがいた。
カルルに優しく声をかけてくれた。だから、カルルは、今ここで生きていられてる。
魔力が強くなって、この加護をきちんと使えるようになって、みんなのことを思い出せたら。そしたら会いに行きたい。ちゃんと戻れたよ、ありがとう、って伝えたい。
ああやっぱりカルルは強欲だ。
あれだけ殺しておきながら、まだ夢を見てしまう。
ねえ、ロード。ロードに決めてほしいの。ロードなら間違えなさそうだから。
カルルはこの罪を一生抱えて何も知らずに生きていくか、それとも、知りたいって思っていいの?
手元にある絵本に目を落とす。──文字って、きれいだ。文字を読むたびに、新しい言葉がカルルに意味を伝えてくれる。
エドナさまは、本を読めば魔力が増えるって教えてくれた。ロードはしらないのかな。伝えたら、びっくりするかな。
それとも、なんだそんなことか、当たり前だろう?って言うかな。
(姫エーウェリカは美しい少女でした。20年すぎても、30年すぎても、おさない姿で美しいお方でした。わたしだけがしっています。あなたをなんきんしていたわたしだけがしっています)
きらきらした瞳の女の子の絵がかわいい。どうやって描いているんだろう。絵の具?絵の具って何でできているんだろう。
(姫エーウェリカは波をわたりました。帰ってきてから言いました。ほかの世界に行きたいのよと。わたしは許せませんでした。この世界こそが、正解だから)
ロードが何度もカルルのことを呼んでくれる。…ごめんね、ロード。
今ロードに話したら、カルルきっと、すがっちゃうから。やっぱりカルルは沢山のことが知りたいよ、婚約解消しないで、って。
(姫エーウェリカは生涯だれのものでもありませんでした。困った子ね、とわらって、死んでいって、そしてやっと私は後悔したんです。この世界がほろぶとしたら、姫エーウェリカという天才を、かくしてしまった私のせいだから)
それにしても、この絵本は、なんだか読んでいると楽しい気分になってくる。
本って、買おうと思ったらやっぱり高いのかな。カルル、この絵本、自分で持っていたいなぁ。
(波の向こうで、姫エーウェリカは見ました。あの人、たった一人で頑張っているのよ、と悲しそうでした。だから、誰か姫エーウェリカのあとをついでください。波を渡る方法は──)
……あれ、この後紙がちぎれちゃってる。
ーーーーー
ちぎれちゃっていたんです、って司書さんに言ったあとも、たくさん絵本を読んだ。
本を読むと落ち着く気持ちになる。絵本なら、誰かを傷つけちゃうような情報はないし、読んでいて楽しかった。
孤児院に戻ってきて、いつもみたいに隅でぼうっとした。
ずっと夢を見ているみたいだった。目が覚めたら、今日のことが無かったことになるかも、とも思った。
「カルル、ダンジョンに潜りたいなら、ここまで戻ってきてくれたなら、『強欲』で伝えてくれ。いつでも迎えに行く。…危ないから、一人で潜ろうとはするなよ」
ロードの声が聞こえる。
ずっと返事をしなかったら、怒っちゃうかな。もう他の人を見つけるから、って婚約を解消されるかな。
……カルルは人殺しだ、って思い出しちゃった時は、あんなにロードと一緒にいるのが怖かったのに。
今ではもう──カルルを選んで、と思ってしまっている。
ロードと離れることなく、これ以上誰かを殺すことなく、知りたいことは全部知って。
そんな未来になったら、それはどれだけ素敵なことだろう、って夢見てしまう。
ああ、知りたいなあ。
ロードと一緒に幸せになるには、カルルはどうすればいいのかな。
ーーーーー
ロードがダンジョンにいる間、ずっと図書館で絵本を読んだ。
魔力が増える感じ、は良く分からなかったけど。この町に戻ってきたときみたいな、耳の暴走は起きなかった。
いつも声は聞こえている。でもそれで頭がいっぱいいっぱいになることも、カルルが自分の名前を忘れることも、なかった。
「カルル。ここでダンジョンは50層目だ。『インベントリ』『炎』『水』、どれも中になった。『インベントリ』は小の時と大きさは変わらないが、時間の進みが緩やかになっている。『炎』は手のひらくらいの炎を5つ同時に飛ばせるようになった。『水』は俺一人の体重と同じくらいの水が出せる」
ロードがカルルに話しかけ続けてくれるのが、嬉しかった。何度もそわそわして返事をしそうになりかけた。
「大体の感覚は理解した。50層からはダンジョンに設置されたテレポートが使えるし、カルルが魔力上げをするにはとても楽な状態だ。いつ来ても構わないが?」
話しながらダンジョンを進むのなんて疲れるはずなのに、ロードはずっと話すのをやめない。
──ちょっとだけなら、返事、してもいいかな?
今ならきっと、感情的になったり、不安になったりせずに話せると思う。
「……カルル、もう俺の話なんか聞きたくなくて、耳障りだと思っているなら言ってくれ。迷惑をかけたい訳ではない」
返事をしようかと迷ってる間に、少し落ち込んだような声がして、びっくりして絵本から目を上げた。
返事が聞きたいからこういう風に言ってるのかな。──きっとロードのことだしそうなんだろうけど。
でも、もし本当に落ち込んでたらと思うと、無視出来なかった。
『迷惑じゃないよ』
『強欲』を思わず使って、ロードに言葉を送っていた。
『すがっちゃいそうで、話しかけられなかった。ごめんね』
少し考えた後に、追加で言葉を送る。
ロードが何て言うかをどきどきしながら、面白かった『姫エーウェリカ』と、同じ作者の絵本を抱えて、図書館の椅子で座って待った。
「カルル…!やっと、返事をしてくれたな。元気そうで良かった。……それと、何度でも言うが、俺は婚約を撤回するつもりは無いからな。覚悟が決まらないとか、悩み続けているなら話せ。…この前は、悪かった。これからはちゃんと全部聞くから」
いつも通りに、つらつらと話し始めるロードの声を遮って、カルルは思わず聞いてしまった。
『返事しなかったの、怒ってないの…?カルルのこと、怖くないの…?』
「そうすぐに返事を貰えるとは思っていなかったしな、怒っているわけがないだろう。怖くもない。……あれから、カルルの気持ちを理解しようとしたんだが。……悪いな、俺はその加護は便利すぎて羨ましいとしか思えない」
ふん、といつもの調子で言ったロードに、少しだけほっとした。
「今どこにいる?会って話がしたい」
──そのままさらりと聞かれたその言葉に、すぐには返事ができなかった。
いざ、会うことを考えると、体が震え始めたから。
でも。
でも、もう聞かなかったふりをするのは、やめたい。
たくさんの人に救われたくせに、自分のせいでたくさんの人を殺して。──それで、うずくまって何もしなくなってしまったら、カルルはただの人殺しでしかなくなる。
カルルの耳は誰よりも早く悲鳴に気づける。…救われた分だけ、誰かを助けられるかな。
ただの罪滅ぼしなのかもしれないけど。
ルーンとエドナさまが素敵だったから。助けられたから。
ロードが自信たっぷりに笑って、知らないことをたくさん教えてくれたから。隣に、いたいと思ったから。
だから、カルルは、この力を人のために使えるようになりたい。
誰かを救える人間。そういう人に、カルルはなりたい。
『今は孤児院にいる。…明日、ロードのところに、行くよ』
直線距離200mを超えているのに、どうしてロードの声がカルルには聞こえるのか
▶︎聞きたいと思っているから




