04 忌み子とカルル
*作品タイトル変えました
暫定なので変わるかもしれないです
ギィィン、と脳の中で音が鳴る。
「なっ…!」
目の前の視界が歪み始める。何が起こっている?
カルルのスキルは聞くことに特化した物のはずだ。祝福にしては、強すぎる──忌み子に加護を与えられていた?
「カルルは言いたいこと全部飲み込んで、ロードについていけば、そうすれば沢山色んなこと知れるって、分かってるけど………でも、カルル、こわいの。ずっとこわい。せめて知っていて。突き放さないでよ……こんなこと思うのって、カルル、強欲なのかなぁ……あれ……だんだん、思い出してきちゃった……」
たらりとカルルは鼻血を垂らした状態で、ふらりと立ち上がって、両手で頬を包まれた。体に負担が掛かっているのではないかと、場違いな心配が心に浮かんだ。
灰色の瞳の中に、黒色の爆発が起こっている。ギラギラときらめいている。銀河が生まれる寸前のような暗い輝きから目を離せない。
「ロード相手にえんりょ、必要ないんだよね?カルルはどうすればいいのか分からなくて、耳を塞いで、聞いても知らないふりをして、黙っていたけど、ロードならどうすればいいか分かる?カルルはわかんなかった。決められない。ダメだって言って。このまま貴族になっちゃダメなの、ねえ、ちゃんと見て。カルルの言葉じゃ足りないんだよね?」
なにを言われているのか、よく、わからなくなってきた───。
「カルルも、忌み子だよ。ねえ、それでもロードはカルルを選ぶの?カルル、みんな殺すかもなのに」
ーーーーー
「はじめまして、カルルさん。珍しい加護を持っていますね」
腰まで伸ばされた銀髪に、澄み切った青色の瞳。恐ろしい程の美貌の青年だ。人とは思えないほどに整っていて、ああこの人は人から足を踏み外したところに存在するのかと納得した。
うっすらと笑みを浮かべて、背後の椅子に座ることを勧められる。
「え………ここ、どこ?カルル……さっきまで、ロードと……」
「ここは『捨てられた土地』の内側です。意識だけこちらに来てもらいました。次は招待できるか分からないので──聞きたいことがあれば、今のうちに。年貢の納め時、というやつがもうすぐ来てしまうんですよ。その前に君が来てくれたのは幸いでした」
おそるおそる椅子に座る。ここには果物しかなりませんから、何もお出しできなくて申し訳ないです、と困ったように微笑んだ。
ここは……。カルルの、記憶を見ている、のか?
「気付いていないようなので言いましょうか。カルルさん、君は『知恵の神の加護』を授かっています」
「え……!?」
「とはいっても、知恵の神は比較的良心的な神様で、放任主義ですから──あまり干渉を良しとしません。あなたにとっては幸いでしょう」
「カルル………カルルも、忌み子って、いうこと?」
「この国の定義上では。ですが、私ほど化け物にされたわけではありませんよ。やさしい神様ですからね」
驚愕と恐れを混ぜ合わせて、カルルは視線を下に落とした。
「カルルは……何千年も、一人で生きるの?関わった人に死んで欲しくないって思っちゃったら…」
「大丈夫ですよ、落ち着いて。知恵の神は知恵を得る喜びを最上としていますし、それを奪いはしません。万年生きたければ自分で探し出せ、連れ合いにずっと生きていて欲しければ自分で見つけ出せ、望みを自分で叶えようと足掻くことこそが最上の幸せだ。──そういう神様です」
「そう、なの……?」
「同様に…神罰や奇跡、破滅的な運命も、愛し子なら渡されて当然の物ですが──カルルさん自身に委ねられています。人よりはずっと手に入れやすくはあるでしょうけどね」
こんなもの、無い方がずっとずっと楽に生きられますけどと自嘲した。
「忌み子同士は出来るだけ情報交換をしよう、私たちはひとりぼっちなのだから。私はその言葉を守っているだけですから、何でもお気軽に聞いてくださいね。他の人達もほとんどがそうであるはずです。ああ、でも──」
女神の愛し子だけは例外ですよ、と少し眉に皺を寄せて言った。
「ありとあらゆる権能が与えられ、望むものは何でも叶えさせようとする神様ですから…残虐的になりがちで、全てを巻き込む破滅的な運命を定められています。他の神の愛し子と見れば、自分を唯一殺せる相手だからと死ぬ気で殺しに来ます」
「え、えぇ……!?」
「女神の愛し子だって孤独なのだから、出来ればこんなことは伝えたくないし、しあわせに生きて欲しいんですけどね……それに天敵は、私たちではないのに……」
カルルはため息をついている青年に、おそるおそる質問を投げかける。
「……天敵って、誰のこと?」
「異世界人です。──君が共にいる、黒髪の彼のような。君を招待出来なくなるかもしれない理由も、異世界人ですね」
「異世界人…………どうして?」
「殺し合い、もしくは近くで死にかけられた場合も有効なんですが──異世界人が生き残るまで、永遠と同じ時を繰り返されます。私の元にももうすぐ異世界人が訪れるんですよ」
前提条件の話をしましょうか、と言った。
「世界には層を生み出す力があります。もしあの時リンゴを食べていたら、食べていなかったら。その選択肢の前に立った時、層が2つできます。リンゴを食べた場合、食べなかった方の層は消えます。もう少し簡単に説明した方がいいでしょうか?」
「分かる……と思う。それで……?」
「殺し合いとなると、無数の層が出来るでしょう。選択肢は山ほどありますからね。──このうちから、正しいものを選ぶまで、世界は繰り返されます。それでも足りなければ……今まで捨てられていた層まで蘇り始める」
例えば、2歳の頃に大怪我をしていたら?失明していたら?そのような、それこそ人生を大きく変えてしまうような層まで現れてしまいます、と言った。
「正解を選んだ頃には、私は全く違う人間になっているかもしれません。他の忌み子を助けず生きてきたとか、誰にも関わらなかったとか、逆に沢山の人と関わって生きてきた、そういう私になっているでしょう」
「それって……今の、自分が、消えるってこと……?怖くないの……?」
「とてつもなく。それが嫌で、魔王くんにも交渉して、わざわざこんな世界の片隅に引きこもっているというのに……まあでも、好き勝手しすぎましたからね。これもまた運命なのではないかと思っています」
だから、聞きたいことがあるなら今のうちに、と言って笑った。次の私は友好的では無いかもしれないのです、と。
「カルルは、この加護で……何ができるの?」
「知恵の神の加護はとても特殊ですね。記憶力の超強化、視力や聴力の超強化、幸運、並列思考、健康体、多少の魔力増加もあったはずです。成長段階では振り回されることもあるので気をつけてください。加護や祝福は回数が少ないので注意して使ってくださいね。あとは……『強欲』、知識や能力の共有です」
凶悪な能力が無かったおかげか、カルルはほっとしたように肩をなでおろした。
「黒髪の彼が信頼できる人間なら、この会話を見せても良いと思いますよ。私は何だって伝えましょう、それをどうするかは君が決めていい」
「どう、しようかな……」
「あとは……記憶力がまだ追いついていませんね。5年もすれば1度見たものは忘れなくなりますが、今は記憶の混濁が起こりやすいかもしれませんね。ここでの会話を思い出せるのも、ずっとあとかもしれません」
少し嬉しいんですよ、と微笑んだ。
知恵の神の愛し子なら、私が私で無くなったあとも、私のことを覚えてくれる。来てくれたのがあなたで嬉しかった。
「永く生きすぎたもので、喋ることが多すぎるのも困りものですね。とはいえ、次は無さそうですし……。そうだ、この国の貴族には忌み子だと明かさない方がいいです。スレイレシア神王国の最悪の事件の影響を受けていませんし、軽んじて利用しようとする奴らのなんと多いこと……100年ほど前に、血を飲むために愛し子を殺した貴族がいまして、いやはや…その時は柄にもなくブチ切れてしまいまして……」
「………もしかして、忌み子が恐れられてるのって……」
「おや。『捨てられた土地』に毒を撒き散らすようなオルテル家のような者としか接していなかったので、知りませんでした。ちゃんと恐れられていたんですね。それはそれは、良かったです」
ふん、とちょっと悪い笑みを浮かべている。ロードにちょっとだけ似ている。
「他に聞きたいことはありますか?」
「えぇと……他の忌み子を見分けられる方法は?」
「こればかりは経験としか言えないですね……隠す人や、そもそも気づいていない人も多いですし。そうですね………名前が全く覚えられない、顔が思い出せない、どんな関わり方をしたか思い出せない、なんとなく話が噛み合わない、次会った時にお互いとも忘れている──こういう人がいたら、神の溺愛者です。こういう人は何も知らなくても幸せなので、無理に関わらない方が良いです」
「神の溺愛者…?」
「この世の悲劇の大半は神に関わることだとか。溺愛者は、他の神からの関与を完全に遮断され、守られています。だから、他の神の愛し子と会うと両方とも覚えていられないんですね。私たちは違うようです」
ぱちぱちと瞬きをして、何かに気づいたような顔をして、それから少し悲しそうに青年は笑った。
「そろそろ時間切れみたいです。最後に聞いておきたいことは?」
「……あなたのことを、知りたい、覚えていたい」
「…お優しい子ですね。私の名前はルーン。名字や他の名前も色々ありましたが、忘れてしまいました。フェルテサルの方に同じ名前の忌み子がいますが、面白いことに全く関係の無いお方です。好きな食べ物はリンゴ。今まで500人近くの忌み子と話してその死を看取ってきました。忘れたくなかったのに、もう今では記憶が曖昧です。貴族に関わりたくないからと、スレイレシア神王国の王子に関わらないでいたら……あんな事件を起こさせてしまった。それからはずっと忌み子たちには会うようにしてきました。魔王くんとは腐れ縁で…私が私で無くなったら、悲しませてしまうでしょうね。山ほどの人を救い、山ほどの人を殺しました。天国か地獄か、どちらに行くかはもう分かりません。……そもそも死ねるのかも分かりません」
空がパリパリと割れていく。いつの間にか椅子は消えていて、後ろに吸い込まれそうになる。
「どうか、どうか、カルルさん…幸せな人生を送ってください。それだけが私の願いなんです」
ーーーーー
きぞく、は、怖い。
まもの、は、怖い。
し、は、怖い。
ひとさらい、は、怖い。
にんげん、は、怖い。
こわい、は、怖い。
やまい、は、怖い。
いみこ、は、怖い。
ひんこん、は、怖い。
かるる、は、怖い。
かるるはかるるの名前をすぐに忘れてしまうから、話す度に何度も自分の名前を思い出そうとした。たくさんの人に、わたしの名前は何でしたかと聞いた。
カルルはしゃがみこんで、動かないで、何も喋らない子で、知恵遅れだと親には言われていた。
耳って、どうすれば塞げるんだろうと、ずっと考えていた。今も考えている。耳だけは全然塞げない。
「貴族に無礼を働いてしまった、ああ、一家皆殺しだ」
「誰か助けてくれ!誰でもいい、殺されそうなんだ、助けてくれ!」
「死にたくない……!死にたくないよぉぉぉ!!!」
カルルはきっと、3歳までカルルじゃなかった。
目も鼻も皮膚も耳もおかしかったから、カルルのいる場所から遠く離されていた。血も、嫌なことも、酷いことも、たくさん見て嗅いで触って聞いてしまった。
あれはきっと地獄だった。──それなのに知りたいと思ってしまった。
(くるしめられている、これは、何だろう。こわい?こわいって、なに?)
中途半端に脳が壊れるほどの情報を流し込まれ、知っているものや知らないものがごちゃごちゃと頭に蓄積した。
「誰かに見られているね」
「あなた、誰?」
「あらあ可愛い子。自分の体に戻らないと、世界になってしまうわよ」
「こんな遠い所までよく来れたね。波を越えてきたの?すごいなあ、ここは東の果てなのに」
「すごいすごい!初めて見た!ねえ、一緒にいてよ!」
たまに、カルルに気づく人もいた。
かえれないの、と言うと、色々と話してくれたと思う。カルルがようやく耳だけになって、元の場所に戻ってこれたとき、忘れてしまったけど。
「あのねぇ、街の三番通りのうらのところの左から3番目の部屋に、おたからがあるんだってぇ」
何も話さず、微動だにせず、気味悪がられて孤児院に捨てられ、ようやく動いたかと思えば初めての言葉がこれだった。体に戻る直前に聞いた言葉だった。
「こいつはきっと、神様の元にいたんだろうな…!行ってみようぜ!カルル、この話は他の人にはするなよ?」
言わなければよかった。
言葉を話すというのも、目の前の人に伝えるというのも、よく分からなかった時とはいえ、言わなければよかった。
自分はカルルなんだと、それしか思わなかった。
少年たちは帰ってこなかった。
カルルの言葉のせいだ。おたからなんて無くて、あるのはダメな植物だけだった。それも、孤児の100人くらい、簡単に殺せるような貴族の持ち物で。
カルルが殺した。でもカルルは何も分かっていなかった。
「だいじょうぶ?さっき、ドブにはまってたよねぇ。いたくないの?」
「アキと付き合ってるんだよねぇ、でも、アキはランちゃんが好きなんだって」
「森のふかくに、スキルをくれる虫が出たよ」
「あのねぇ、あの帽子をかぶったひと、金貨持ってるんだってえ」
「ねえ、きんぴかの石ひろったの?ギルドに探してる人、いたよお」
「2番通りのおかしやさん、地下があるよお」
教えてはいけないことを、踏み込んではいけないことを、カルルは言った。
嫌われて疎まれたのは、縁を切られたのは、前のふたつを言った人だけだった。他の人はみんな死んでしまった。
カルルが殺した。
貴族や魔物に関わらせてしまったせいで、カルルが殺した。
誰もカルルの名前を出さなかった。出す前に死んだ。だから誰にもバレていない。カルルは自分が殺したことすら今まで忘れていた。ただ漠然と、貴族はこわいんだって、そう思っていた。
死ぬっていうのが、産まれたばかりの頃に何回も見せられた、血を流して苦しんで動かなくなることだって分かってからは、口を噤んだ。それから忘れていった。
自分はどうしてだまっているのか。──余計なことを聞いて、言って、うとまれてしまったからだ。
そう思っていた。カルルはもっともっと、罪深いそんざいだったのに。
「たすけて!たすけて!」
「しにたくないよぉ……こわいよぉ……」
「ぁ、ぁ、ころさ、ころさないで」
「ちがう!ちがう!そんなつもりなかった!」
「ぅぁ」
「ぐぇ」
皆の悲鳴を、しぬその時まで、全部聞いていたのに。
貴族はこわい。そうだ、でも、本当にこわかったのは貴族じゃない。
カルル、は、怖い。思い出しちゃった。
たくさん殺したくせに、忘れて、悲鳴をたくさん聞いてるのに、今だって聞こえているのに、助けに行こうとしない。
こんなにも死を見たのに、死に導いたのに、だれもカルルに気づかない。口が堅い?まさか。軽すぎて軽すぎてみんなを殺した。
それなのに思ってしまう。
死ぬって、どうしてこんなに興味深いんだろう。
カルルはもっとしりたい。
たくさん生き物に関して知りたい。人間をもっと知りたい。苦しむって何?しあわせってなに?何でもいいから何かをしりたい!
声が聞こえない少年は、ロードはこわかったよ。
でももっと知りたいと思ったの。8年後だろうと、何十年後だろうと。ロードについていけば、たくさん楽しくて、たくさん知れるんだ。
でもついていけば、きっとカルルは、何か取り返しのつかないことをしてしまう。
怖さを知って欲しかったの。カルルはこういう人間だよ。突き放さないで、ちゃんと聞いていて。
──カルルは自分の知識をみたすことしか考えてない。
それでも貴族に関わりたくないのは、もう何も知っちゃいけないと思うのは。
カルルがカルルじゃなかったころに、やさしくしてくれた人達をまきこみたくないからだ。カルルに優しくしてくれた人を、殺人鬼にやさしくした人にしてしまうから。
帰る方向は向こうだよ、国はここ、海を越えなくちゃいけない、がんばって、大丈夫だよ、帰りたいと願うんだ、きっと待ってる人がいる、いつか実際に会いに来てね──他にも、なにか、たくさん言われて、教えてもらった。
孤児として、町の片隅にひっそり生きてひっそり死ねば、誰も殺さないでいられる。
貴族に関われば、カルルはかくされていることをどんどん知りたくなって、ダメなことも全部全部しりたくなって、皆をまきこんでしまう。
やっぱり自分は忌み子なのだ。道理で。
カルルに色々と思い出させてくれてありがとう。知りたいと思ってもいいんだって、思わせてくれてありがとう。本当はダメだったけど。
ルーンに会わせてくれてありがとう。カルルが何なのか知れてよかった。
このスキルを使おうとした時は、貴族は怖いからそれだけ知っていてって伝えたかった。
それだけだったの。本当に。
…でも思い出しちゃった。こんなこと、思い出すとは思ってもなかった。だから、もうダメなんだとおもうの。
これ以上は一緒にいちゃだめなんだよ。
分かってくれた?ちゃんと伝わった?伝わるまで何回だって伝えるから。だからダメだって言って。カルルと一緒にいるのはダメだって。
カルルが好奇心にのみこまれて、人として正しくいられなくなる、前に。
突き放して。お願い。
「ロードなら、きっと他の人を見つけられるよ。町では無理でも、ちょっと遠くまで行ったら、きっといるよ。ありがとう、ロード。契約破棄するって時は言って。そしたら会いに行くから」
ーーーーー
目が覚めた時、もうカルルはいなかった。
+α情報
(カルルやルーンは触れてくれなさそうなので)
・『強欲』は嘘まみれだったりカスの情報も流し込めます。この先にて、カルルの渡す情報はいつも真実というわけではなく、ある部分を伏せていることもあるでしょう。
・ルーンのその後を書いた小説を別サイトにアップロードしていますが、ちょっと尊厳破壊すぎるかな?になってしまったので伏せておきます。見つけたらのお楽しみ。
・ルーンは本来ここまで生きられるほどの加護ではありませんでしたが、助けてくれてありがとう、どうかあなたにも幸せな日々を、と山ほどの忌み子に願われ、加護や祝福を渡された結果、相乗効果に相乗効果を引き起こして今に至ります。




