03 強欲
──森林の中を歩き続けて半日。土を巡る魔力がこの地域は多いようで、木はどれも異常な大きさになっている。
根の一部が少し地上にあるだけでも行く手を阻まれる大きさだ。遺跡への道を知らなければ来ようとは絶対に思わないほどに、自然は牙を剥いてくる。
「魔力を放出するぞ。体調は大丈夫か?」
「うん、平気!慣れてきた」
──遺跡への道というのは、魔力を放出することで反応し根が光る植物を辿ることだ。
ヒカゲヘゴ…だったか?そんな名前のシダ植物と似ているな。授業を聞かずに生物便覧を見ていた学生時代の記憶が僅かに蘇ってきた。
葉だけで俺の身長の約2倍、何がヒカゲだと思いたくなるくらいのびのびと天高くまで伸びている。
「道は間違えていないな。後少しのはずだ」
「うん!」
待ちきれない、という様子で光る根を辿ってカルルは先に進んでいく。
かと思えば落ちている石を拾ってきらきらした瞳でそれを眺めている。
年相応の行動だ。単純に楽しんでいるだけに咎めづらい。
自らを抑圧して生きてきたと知りながら、その行動を咎めるほど俺は狭量ではない──が、俺を置いていくのはいただけない。
「『捨てられた土地』がそろそろ近いからあまり魔物はいないはずだが…あまり俺から離れるなよ」
「カルル、ちゃんと聞いてるから大丈夫だよ」
上の空な返事だ。今は石が気になっているらしい。白色の平べったい石を拾っている。
俺は契約石などの魔石しか興味は無いからよく分からないが。何の変哲もない石の方が、俺の話よりも興味があるとでも?
「返事がおかしくないか?」
「……うーん、ロードには言っておいてもいいかな……カルル、魔力を持つものなら声が聞こえてくるから、魔物がいたらわかるよ」
あっけらかんと言われたその言葉に、思わず絶句してしまった。
「………どう考えても、スキルの効果以外の何者でもない作用だな。自分で規格外だとは思わなかったのか?」
「カルル、何にも期待したくなかったから……たまたま耳と記憶力が良いだけで、でもそんなの何にもならなくて、何も出来ずに死んでくと思ってた」
誤魔化すように笑ってから、そんなことより、ロードの声は全然聞こえないんだよねと、話をするりと変えた。それに眉をひそめても、カルルはただ笑っているだけだ。
「多分…魔力の差が大きすぎるから、なのかな…?………ロードが怖いとか、ロードは強すぎるとか、嫌いとかって言葉は、他の人からよく聞こえてくるけど…」
「……」
「本当は、話しかけるのも関わるのも怖かったけど……カルル、聞くだけで知った気になってた。ごめんね、ロード。……カルル、これからはちゃんと自分で見てから判断したいなぁ」
「………ふん」
その言葉は嘘をついているようには見えない。
本気で、何の目的もなく俺に話しかけてきたのか。それも、俺への酷評をきちんと他の人から聞いておきながら?──理解できないな。
それから数分後。ようやく、目的の場所へと到着した。
「あ………もしかして、これが……」
「『捨てられた土地』だな」
もう何のために使われていたかも分からず、柱だったのであろう黒い石がいくつか残されているだけの遺跡。一部が木に飲み込まれている。その中央にぽっかりと空いたダンジョンの入口。
──それよりも、ずっと目を引くのが、遺跡の後ろに位置する『捨てられた土地』だ。
『捨てられた土地』の手前には、草原がぐるりと囲うようにして広がっている。森林が続いていたのに、そこだけぽっかりと木が生えていない。
目線を草原からさらに奥へとやると、宙に浮いて青白く光る巨大な鎖が、何本も、黒い森で出来ている『捨てられた土地』を守るように立ちはだかるのが見える。
黒色の森、としか形容出来ないが、ずっと眺めていると体の芯から冷えていく気がする。
魔力で汚染されている。1日だって過ごしたくはないな。ぼうっと見ているカルルに話しかける。
「草原にもあまり近寄らないようにしておけ。ここから先は聖域だ」
「せいいき…?」
「神の領域だ。1つ言っておくが、神殿は例外中の例外だから同じと見なすなよ。あれは女神が友好的で献身的であるが故に成り立っている──他の聖域は、神がいくら人を弄んでも許される場所だ」
忌み子ぐらいしかあそこでは過ごせないだろうよ、と言って『捨てられた土地』から目をそらす。
「ずっと見てると、なんか、怖いかも……」
「見てるだけなら何も起きないがな」
ダンジョンへ向かおうとするが、カルルは立ち尽くして動かない。
ちらりと顔を見ると、片方の目が真っ黒に染まっている。──スキルを、使っている?
カルル、と呼びかけると、黒色の瞳が俺の方を向いた。
──慈愛のこもったその顔に、瞬間的に、全身が警戒アラートを鳴らす。
微笑み方がカルルのそれじゃない。全く別の誰かが、カルルの姿をしているみたいな、そんな違和感がある。
「『捨てられた土地』には、あまり、近づかないでくださいね。ダンジョンは範囲外なので大丈夫ですよ。小さい子供二人でよくここまで来れましたね、お気をつけて」
ちりんとどこかで鈴の音が鳴った気がした。
ぞわりと鳥肌が立った。………まずいな。
右目だけ黒色に染まった状態で、カルルは優しく微笑んだ。
──カルルのスキルに干渉されている。
常人に可能な行動ではない。干渉とは、下手すれば廃人になる類の物だ。
そんなことが出来るのは1人だけしかいない。──『忌み子』だ。忌み子が、こちらを認識して、話しかけてきている。
魔力もスキルも、何一つ敵わない相手が目の前で笑っている。絶望的な状況だ。
「黒髪の君。オルテル家との交渉の際には、私の名前を使っても構いませんよ。フルネームで言ってやりなさい、泡吹いて倒れますよ、きっと」
許可されずに忌み子の名前を呼ぶと、天罰を受けるというのは周知の事実だ。
…罠、だろうか。あるいはオルテル家への恨みから、乗っ取りを案に入れている俺を応援してくれているのか。
忌み子の考えなど分からない。──もはや人ではない場所にいるのが、忌み子という存在だ。
「………カルルは、話していて大丈夫なんだろうな」
「もちろんですよ。影響は何もありません。──ああ、そうだ。私は向こう500年はここから動けないので……最後に一つだけ、お願いしてもいいですか?」
淡く微笑んで、忌み子は言った。
「魔王くんに会ったら伝えてください。『南西三国だけでも歪みが増しています。四の五の言わずに魔王を増やしなさい。』と。──では、黒髪の君、良い人生を」
カルルが紐の切れた操り人形のように、かくん、と膝から崩れ落ちた。目の色が灰色に戻り、地面に倒れ込む瞬間びっくりしたように目を見開く。
「うわ!?えっ、何…!?あれ……えぇと…カルル、何か、変なこと喋ってなかった……?」
灰色の瞳に、困惑の表情。干渉が切れたのだろう、カルルに戻ったようだが──まだ不安は残っている。
膝をついているカルルの傍に駆け寄った。
「頭痛や吐き気は?成長痛は無いか?手足が痺れる感覚は?全身がちゃんと動かせるか?額は熱くなっていないか?」
「えぇ?えぇと、だめな感じは全然しないよ……体がちょっと軽くて、疲れが吹き飛んでるかも……?ねぇ、カルルに何があったの?」
「ちょっと軽いっていうのは、疲労が無くなったことによる体の軽さか?それとも身長が縮んでいるか?」
「えっ、疲労が無いから……かな?身長って何……?ねえ、ロード、さっきカルルに何があったの…?なんか、変な記憶が…」
「身体面の問題は無さそうだな。カルル、ステータスを見るためにスキルを使うが構わないな?」
おずおずと頷いたのを見て、頬に手を添える。
「『看破』」
この世界には、手に入るための方法があるスキルと、生まれつきでしか手に入れようがないスキルが存在する。これは後者だ。
カルル、歳7、魔力10(×5)──これ以上見ようとすると阻まれた。
忌み子の祝福だろうか。…加護でなければいいんだが。呪いの類では無さそうだ。
不安そうな顔をしているカルルの頬から手を離さずに、思わず眉を顰めてしまう。
「魔力が影響を受けているな……カルル、さっきまで忌み子がお前を通して喋ってたんだ」
「え………!?えっ、じゃあ、カルル、どろどろの死体になっちゃうの……?」
「…いや、それは無いだろう。思っていたよりも友好的なようだったし、影響は無いと言っていたからな」
……魔力に干渉されている時点で話が違うんだがな。
忌み子とは、寿命がとても膨大な存在であり、神の力の一部を利用できる。他の国だと神の愛し子だとか天災と呼ばれていたはずだ。
忌み子に愛されてしまえば寿命を延ばされ、嫌われれば呪われる。20歳ほどまで急成長をし、そのまま1000年生き続けるだとか、逆に5歳くらいに戻されるだとかな。
関われば関わるほど人から外されていく。
「『看破』が阻まれるのは予想外だな…魔力が増えただけならいいんだが……すまない、俺のミスだ。忌み子の力を甘く見すぎていた」
「えぇと……ちょっと怖いけど……魔力が増えたのは、嬉しいかも……?」
「……ふん。大事をとってダンジョン攻略は明日からにしておこう」
座って待つように促し、一人でテントを立て、結界石を四方に土に埋め込む。ブォン、と音を立てて結界が張られた。
「急な出費が続いてテントは1つしか用意出来なかったんだ。嫌だろうが我慢しろよ」
「カルルはそんな気にしないけど…」
「寝袋はこれだ。水は俺が魔法で出すから、喉が渇いたら言え。近くの川では水は飲むなよ。このあたりの川は『捨てられた土地』に水源があるからな」
「うん、わかった」
「食事も貧相なものだが我慢しろよ。1週間毎日3食分を優先させたからな、味は悪い」
「3食食べられるだけでいつもより全然良いけど……」
携帯食を渡して、カルルの近くに座り込んで2人でもそもそと食べ始めた。
干渉された影響がいつ発現してもおかしくはない。ちらとカルルの方を見ると、カルルもまた俺の方を見ていた。意を決したようにカルルが話しかけてくる。
「……ねぇロード」
「なんだ?どこか痛むのか?」
「あ、ううん、大丈夫だよ。…えぇと……さっき、水の魔法って、言ってたよね…?カルル、全然何も知らなくてごめんなんだけど、魔法と魔術って違うの……?」
……忌み子に干渉されて最初に聞く言葉が本気でそれか?
怖がりなんだか案外図太いんだか。
「……そうだな。魔法は魔力を持っていたら大抵の人間は訓練すれば使えるようになるものだ。魔術はスキルを利用して発動されたものだな。発動されてしまえば、特殊なスキル以外見分けるのは難しい」
「魔力の消費量は、ちがうの?」
「スキルによるな。魔力を使わなくても行使可能なスキルもある」
思わずという表情でカルルが身を乗り出してきた。
知らないことに興味があるのは本当らしい、が、本気で今聞くことかそれは?何も影響が無いなら良いんだが、それにしてもだろう。
他の奴らだったら、足りない頭で考えてから聞けとでも言うところだが──カルルは仮とはいえ婚約者だからと素直に質問に答える。
「さっきの、えぇと…おくるす?は何を見てたの?」
「ステータスだな。教会で聞いたことはあるよな?」
「うん。魔力測定器で才能があるって認められた人だけ、大きな教会に移動して、すいしょう?に手をかざして見れるもの……だよね……?」
「基本ステータスが見られる魔法具だな。手に入りにくくはあるが、ダンジョンならそう見つからない訳ではない。これをスキルとして手に入れるのは困難で、先天性がほとんどだ」
「えぇと……ロード、すごいね」
「まあな。見られるのは、名前、年齢、最大魔力量、スキル、称号、状態異常だ。だが、カルルに利用したら魔力までみて阻まれた」
「えぇと?つまり……?」
首を傾げてカルルは考え込みはじめた。分かんない…と諦めたのを見て、説明を再開させる。
「つまり、魔力以降の項目で何らかの干渉を受けた可能性がある。スキル、称号、状態異常のどれかは分からないがな。そして、その干渉した相手は俺よりも遥かに魔力量が膨大でないと阻めない。1番可能性が高いのは…忌み子の祝福だ」
「しゅくふく?神様の力…だっけ…?」
「忌み子に許可されている力の一つだ。魔力を5倍にする、くらいですんでいるなら幸運だが…加護だと厄介だ」
「しゅくふくとかご?は何が違うの?」
「祝福はステータスの一部に適応されるか、スキルのような形をとる。加護は…過分な力を与えられるが、同時に破滅の運命をも呼び寄せる。見に合わない力に驕った結果破滅に自ら向かうのか、あるいはそう運命付けられたかは分からないが」
ロードって、何でも知ってるんだね──と驚きと尊敬をこもらせてカルルは言った。
「他に聞きたいことは?」
「ロードは、これから先の未来で貴族になるの?」
思いがけない質問に面食らって、思わずカルルの瞳をじっと見つめてしまう。
そう聞いてきたカルルの顔は、ただ知りたいと思う感情だけだった。
「……ふん、何故そう思った?」
「えぇと…開戦とか、そういう悪い未来を見ちゃったんだよね…?それぐらい出来るのって、貴族ぐらいかなって……」
「つまりは当てずっぽうという訳か?」
「えぇと、うん、そう……」
「ふん。……まあ、当たりだがな」
ぼそぼそとした携帯食を食べ終わり、喉が渇いてきたので水を飲む。カルルにも渡した。
「そこだと婚約者がお姫さまだったの?」
「いや、違うな」
「じゃあ誰だった?」
「いなかった。───なんだ、妬いたのか?」
そう言っても、カルルはただ困ったように俺のことを見返すだけだった。その先に続く言葉が少し予想できてしまって、思わず何か言おうとするも思いつかなかった。
「いないの?…じゃあ、カルルはいつまで婚約者でいればいいの?」
「……8年後までは、なっていてほしいが」
「それは、その時から貴族になるから?」
「いや、貴族になるのは予知だと3年後だ」
「えぇと………カルルは、ロードが貴族になってからも、婚約者でいるの……?」
婚約者は仮のものだ。分かっているし、そう持ちかけたのも俺なのに、何故かもやもやとした。
今婚約を解消したところで、カルルには何ともないんだろう。…俺は、カルルにどう思っていて欲しいんだ?
「嫌か?」
「嫌って言うか……カルル、怖い、よ…貴族に関わるのは……」
「俺が婚約者無しで貴族になれば、これ幸いと第3王女が関わりに来るだろう?それを回避したいが為の婚約と俺は最初に言ったよな?」
「貴族の引き取る人には、なんて言うの……?婚約無くせって、言われたり、こ、殺しに来たり……するの……?こ、怖いよ……」
カルルは──思っていたよりもずっと頭が回るな。どう誤魔化したものかと考える。
カルルの瞳はじっと俺のことを見つめている。何と言うかを待っている。
「……引き取られると同時に、貴族の身分を2つ貰うつもりだ。下の方の爵位をカルルに継承させる」
「……えっ、カルルが、貴族になるってこと……?」
「能力としては優秀だが、孤児の婚約者に拘る奇特者だと思わせたいんだ。そんな人間を跡継ぎにはしたくないが、能力は利用したい──そう思わせるつもりだ。オルテル家を離れようと交友は続けるとでも言っておけば──」
「……ロードとカルルが婚約なくしたら、貴族になってるカルルはどうするの……?カルルは孤児だし平民だし、そもそもしゃくい?はカルルもらえないんじゃないの……?」
「それは」
「ろ、ロードが、色々考えてるんだろうなってのは分かる!焦ってるのも、分かるけど、でも、カルル…一度貴族の世界に入ったら、ずっと覚えられる……!恨まれたり、殺されそうになるって、ことじゃないの……?ちがうの?カルル、怖がるの、そんなまちがってる?」
こうなるのは予想できたから、情報を伏せていたんだがな。自力で到達されるとは。どう答えるか逡巡した。
…言葉を尽くして、説明して、なだめて。それでも聞いてくれなかったら?拒絶されたら?そうなったら、その次はどうすればいいんだ?
──納得させる必要は無いのでは、という考えが強くなってくる。
そもそも、この俺が相手に合わせる必要など無いだろう?今までもそうだった。何故なだめすかす必要がある?
双方の合意が無ければ契約は解除できない。カルルがどれだけ拒絶しようとも。
「……それも含めての契約だ。諦めろ」
「カルル、聞いてないのに!」
「言ってない。契約した以上、婚約に関することは俺に従え」
拒絶の色が濃くなっていくのが感じ取れる。咎める視線を送ってくるから、もう引き返せなかった。
「カルルも貴族となって俺に着いてきてもらう。貴族の通う学園にも俺と入ってもらう。拒絶しようと8年後までは必ず婚約者でいてもらうからな」
「な、なんで……?貴族になってから、カルルと同じ契約を、他の貴族の人とするのじゃだめなの?どうしてカルルが、そこまで」
──なんの目的も無く笑顔を向けてくる人間なんて、今まで傍にいなかった。
心を開き始めるカルルの側にいて、嫌な予感がしていたが、それがようやく、何なのか理解した。
──このままでは、俺は乙女ゲームの主人公に向けた執着の相手をカルルにしてしまうのではないか?という、予感だ。
そうなる前に。婚約を仮の物だとしか思っておらず、俺個人に対しては何の思いもないカルルに近づきすぎる前に。
俺の方から拒絶した方が、良いのではないか?
──元々、俺とは皆に嫌われる人間だ。これが正常、これで構わない。
嫌われていた方がずっと楽だ。──嫌ってくれ。俺に笑顔を向けるな。
「俺はお前を利用する、お前はその報酬として何でも望める。そういう契約だろ?もうこれは決定事項なんだ、何を言われようともな」
「こわいって、こんなに言ってるのに!」
「言って何になるんだ?」
「………」
「ふん。お前の前にいるのはそういう人間だ。十分すぎるほど俺の悪評は聞いていたんだろ?それに、色々と知りたいんだろ?喜べよ。貴族なら最高級の教育を受けられる。怖いことなんて何も考えず、ただ楽しめばいい」
ギュッと拳を握ってカルルは怒っている。
ああ、やはりこうなるのか。
仕方がないことなんだろう。執着する訳にはいかない。期待をして、それで拒絶されたら──ロード・オルテルとなる俺は、その道を辿ればどうなるか良く理解しているだろう?
嫌われながら8年過ごすことになるだろうが……乙女ゲームと第3王女さえ回避出来れば──。
「『強欲』」
ぼそりと呟かれたそれが、スキルだと理解するのに、時間がかかった。
12/9 編集あり




