【第4シーン】「廃屋敷でペンを取る」
風が、鳴いていた。
灰色の雲に覆われた空。
木立の中に、ひっそりと建つ屋敷――いや、もはや屋敷だったもの。
屋根は欠け、壁は苔に覆われ、廊下には冷たい風が吹き抜けていく。
追放された“悪役令嬢”ルシエナ・ヴァルステッドは、その屋敷にひとり残った。
使用人たちは誰もいない。
食糧庫は空で、寝台は埃をかぶっている。
それでも、彼女は小さな部屋の隅に腰を下ろした。
机代わりの木箱、蝋燭一本。
そして、膝の上には一枚の羊皮紙。
> 「……ペンも、インクもない。でも……描ける。」
拾った木の枝を削り、黒く焦げた炭を芯にする。
炭を羊皮紙にあて、ゆっくりと線を引いた。
キィ……と乾いた音。
けれど、その瞬間、線の先がかすかに光を帯びた。
> 「……あれ?」
淡い、金色の光。
まるで心の奥の温かさが、線に宿ったようだった。
(なんだろう、これ……でも、綺麗。)
ルシエナは小さく笑うと、再び炭を握った。
『パンとランプと子猫』――それが、彼女の物語。
パンを求めて旅をする小さな子猫。
道中で出会う人々に、小さな灯りをともしていくお話。
空腹でも、寒くても。
彼女の手は止まらない。
炭が指を黒く染め、羊皮紙は何度も擦れて破れかける。
それでも描く。
> 「……うん。これだ。これが、私の“生きる”だ。」
小さな光が、線の一つひとつに宿る。
それはまるで、彼女の心が形になっていくようだった。
屋敷の窓から吹き込む風が、描きかけのページをめくる。
ページの上で、子猫が笑っていた。
その笑顔に、ルシエナは少しだけ涙をこぼした。
> 「ありがとう。私を……また、描かせてくれて。」
やがて夜が更け、蝋燭の炎が小さく揺れる。
外の風は冷たいのに、部屋の中にはほんのりとした暖かさがあった。
――描くたびに、光が生まれる。
誰も知らない辺境の屋敷で、奇跡の物語が静かに始まっていた。




