【第6章/終章】第3シーン:「最後の漫画」
静寂――。
音も風も消えた、世界の果て。
そこに、ただ一人、ルシエナが座っていた。
足元の大地は、破れかけた紙のようにひび割れ、ゆっくりと端から剥がれていく。
空には黒い亀裂が走り、世界の断面から白い光が滲んでいた。
それでも彼女は、静かに微笑んでいた。
――手には一本のペン。
幾千の物語を紡ぎ、幾度も涙を描いたその道具が、いま再び彼女の手に握られている。
「誰かが描いてくれたこの世界を、
今度は私が、笑顔で描き直す。」
ルシエナはそう呟き、ゆっくりとペンを動かした。
細く、柔らかな光の線が、空へと走る。
その一筆がひとつの裂け目を縫い合わせ、崩れた街並みを再び結びつけていく。
彼女がページをめくるたびに、景色が甦った。
燃えたはずの家が立ち上がり、倒れた橋が再び空を渡る。
そして、失われた人々の笑顔が――光の粒となって帰ってくる。
それは、“描くこと”そのものが、修復の魔法となった瞬間だった。
ルシエナの描く線が増えるたび、風が吹き、色が戻る。
黒いインクが光に変わり、溶けるように世界へ染み込んでいく。
まるで、かつて彼女が描いてきた“優しさ”や“涙”が、世界の骨格に帰っていくように。
遠くの空――。
ノエルが、浮遊する大地の上からその光景を見上げていた。
「……彼女の線が、世界を繋いでる……!」
風が鳴る。
彼の背後で、インクルが涙を拭いながら微笑んでいた。
「これが、ルシエナの“最後の漫画”だね……」
やがて、空に巨大な線の円が描かれた。
始まりも終わりもない、完全な輪。
それはまるで――この世界そのものの“輪郭”のようだった。
白と光と風が溶け合い、全てがひとつの物語へと戻っていく。




