第5章 第5シーン「笑う王と泣き虫の道化」
――ここは、夢と現実の狭間。
黒も白も、上も下も存在しない。
ただ、果てしない紙のような空間が広がっていた。
インクの線が流れ、星のように瞬いている。
その中心で、ルシエナは静かにペンを走らせていた。
髪は風に揺れ、瞳は穏やかな光を宿している。
ルシエナ(モノローグ):「これが……私の、最後の物語。」
白い紙の上に、ひとつの王国が描かれていく。
名もなき王が玉座に座り、民の感情を奪い尽くしていた。
笑うことも泣くことも禁じられた、沈黙の王国。
そこに、ひとりの道化が現れる。
涙で顔を濡らしながら、それでも人々を笑わせようとする。
道化:「王様、笑ってください。
人の心は、笑うことで――生き返るんです。」
王は冷たく答える。
王:「笑いは、秩序を乱す。
涙は、弱さの証。
我が国に、心はいらぬ。」
けれども道化は、何度も転び、何度も立ち上がる。
そして――ついに、王の前で泣き崩れた。
道化:「それでも、あなたに笑ってほしいんだ……!」
その涙が王の頬に落ちた瞬間、
玉座の周囲に描かれていた線が光に変わった。
王は初めて、自分の頬を伝う“温かいもの”に気づく。
それが涙だと知ったとき、彼は――静かに、微笑んだ。
王:「……これが、“生きる”ということか。」
次の瞬間、紙の世界が崩れ、光の風が溢れ出した。
ルシエナの描いた“感情”が、現実の空へと解き放たれていく。
世界各地で、人々がその風を感じた。
戦場で、牢獄で、病床で――誰かがふと笑い、誰かが涙した。
その感情が共鳴し、夜空に無数の光が生まれる。
それは“共感”という名の覚醒。
人々の悲しみが、優しい光に変わっていく。
カルディナは聖堂の跪座で祈りながら、
震える声でつぶやいた。
カルディナ:「彼女の物語が……人々を“目覚め”させている。」
風が静まる。
王都を包んでいた黒雲が消え、朝の色が戻っていく。
遠くで、子どもの笑い声が響いた。
ルシエナは、ゆっくりとペンを置いた。
机の上に残ったのは、笑う王と泣き虫の道化――
そして、その二人の間に描かれた“光の線”。
彼女は微笑んで、静かに呟く。
ルシエナ:「――描けた。
これが、私の祈り。」
インクルがそっと彼女の肩に寄り添う。
白い風が吹き抜け、紙片が空に舞い上がる。
それはもう、ただの絵ではなかった。
世界そのものが、一冊の物語となって息づいていた。




