第5章 第3シーン「創作者の影」
風の音しかしない、山岳地帯の廃村。
屋根は崩れ、窓は割れ、雪のような灰が舞っていた。
かつて人が住んでいた気配だけが、静かに残っている。
その一角――朽ちた教会の中で、ひとつの灯がまだ揺れていた。
ルシエナは机に向かっていた。
凍える手で、震える筆を握りしめながら。
紙の上に描く線は、かすれて滲んでいる。
彼女の指は傷だらけで、唇は乾いていた。
ルシエナ:「描いても、誰も……笑わない。」
その声は、雪に吸い込まれるように消えた。
ルシエナ:「私の描いた希望が、争いの種になったのに……
どうして……まだ描こうとしてるの……?」
机の上には、焼け残りの漫画――
『黒鉄の騎士と白い子犬』の一枚。
かつて戦を止めた物語。
けれど今は、それを燃やそうとする国ばかり。
震える手から、筆が滑り落ちた。
その音が、やけに大きく響く。
ルシエナ:「もう……誰も救えない。」
涙が落ちた。
だが、その雫は透明ではなかった。
黒く、濁った――“絶望のインク”になって、紙に染みた。
次の瞬間。
筆先から、闇が滲み出した。
まるで意志を持つように蠢く黒い線。
それは、描かれなかった想い――怒り、悲しみ、自己否定。
線が渦を巻き、紙を突き破る。
教会の窓から黒い風が吹き荒れ、空が軋む。
ユリウス(遠方で観測):「……感情波動、急上昇……!?
これは、“負の感情魔法”だ……!」
風は山を越え、谷を越え、王都へと流れ込んでいった。
黒い雲のような思念が街を覆い、人々の夢を歪める。
幻が現実を侵し、笑顔が恐怖に変わる。
世界が――ルシエナの絶望を“鏡”として映し始めた。
彼女は机に突っ伏し、泣きながら呟いた。
ルシエナ:「……ごめんなさい。
こんなものを描くつもりじゃ……なかったのに……」
外では、黒い風が咆哮した。
それは“創作の影”――
想いの強さゆえに、世界を傷つける暴風。
ルシエナの涙が床に落ち、黒い線をひと筋、洗い流す。
けれど、その嵐はまだ止まらない。
“創作”という名の光が、今――闇へと傾いていった。




