第5章 第2シーン「地下読書会」
王都の下を流れる古い水路。
湿った空気の中に、ひとつだけ小さな灯が揺れていた。
それは、壁のひび割れを通して漏れ出るような、かすかな明かり。
その下に――人々が集まっていた。
子ども、老人、職人、元兵士。
みな布を被り、声を潜めながら、ひとつの紙束を見つめている。
黄ばんだページに描かれた線。焼け残った漫画の断片。
ミリアが灯をかざしながら、そっとページをめくった。
少女:「この本を読むと……怖いのが、少しだけ消えるの。」
幼い声が響く。
それは、誰かに許しを乞うような震えた声だった。
老人:「絵の子犬が笑ってる……まるで昔の孫みたいだな。」
老いた男の頬を、しわの間をすべるように涙が伝う。
その涙を見て、隣の人も笑う。
笑いながら、また泣いた。
――それが、この地下で生きる人々の“祈り”だった。
ノエルは印刷紙の束を抱えながら、そっと呟いた。
「……燃やされたって、想いまでは消せない。
この風は、地下でも吹いてるんだ。」
壁に刻まれた落書きには、ルシエナの描いた小さな花の印。
それが灯りを受けて微かに輝く。
少し離れた影の中で、ユリウスが記録具を構えながら分析する。
淡い光が彼の瞳に反射した。
「……面白い。禁止すればするほど、“想い”は地下で強くなる。
共感の波動が……増幅している。」
ページをめくるたびに、淡い光の粒が空中に舞う。
読者の感情が共鳴し、空気そのものを震わせる。
それは――“共感”の魔法。
炎が消せなかった光が、ここにあった。
笑うことも泣くことも奪われた世界で、人々はまだ“物語”を信じている。
ミリアは胸に手を当てて、そっと呟いた。
「ルシエナ……あなたの物語、まだ生きてるよ。」
その声は水音に溶けて、静かな夜の奥へと消えていった。
だがその瞬間、誰も気づかぬほど微かに――
地下水路の壁に刻まれた花の印が、柔らかく光った。
“共感”という名の魔力が、再び世界に芽吹いていた。




