第5章 第1シーン「禁じられた線」
朝靄に包まれた王都の広場。
鐘の音が冷たく響き渡り、群衆が息を潜めていた。
石畳の中央に立つ演説台では、黒衣の大臣が巻物を広げる。
声は機械のように無機質で、けれど広場の隅々まで届くほどよく通った。
「王国告示第七百十一号――“絵物語”および想像記述魔法を禁ず。
民の心を惑わせ、感情を扇動するものは、すなわち国家への反逆と見なす。」
その瞬間、空気が凍った。
誰もが息を飲み、そして静かにうつむく。
焚火のような音が聞こえた。
広場の端で、兵士たちが次々と紙束を火に投げ込んでいる。
インクの焦げる匂いが風に乗って漂った。
「笑うことも泣くことも、陛下の許可なくしてはならぬ!」
鋼の声が響くたび、子どもたちが母親の袖を掴んで震えた。
笑いが罪になり、涙が罪になる――そんな時代が、本当に始まってしまったのだ。
燃え上がる火の中で、一冊の本が宙を舞った。
『風の精と少女』――ルシエナの名を冠した絵物語。
それは空中で一瞬、光を反射して、灰となった。
人々の目が自然と一枚の布に向かう。
掲示板に張り出された指名手配書。
そこには、笑みを浮かべた若い女性の肖像画――“異端魔導士 ルシエナ・アステル”と書かれていた。
屋根裏部屋の小窓から、その光景を見下ろす少女がいた。
彼女の頬を、静かに風が撫でる。
(……物語が、また罪になるのね。)
ルシエナは小さく呟いた。
かつて絵筆で夢を描いた手が、いまは震えていた。
それでも、その瞳の奥にはまだ――消えきらぬ光が宿っていた。
(ならば、私はまた描こう。
禁じられても、燃やされても……笑顔の線だけは、消させない。)
遠くで、王城の旗が風を裂く。
その音はまるで、時代が軋む悲鳴のようだった。
――王国は、文化統制の時代へと突入する。




