第4章『風を追う少年たちと、文化の嵐』第1シーン「風の商人」
王都の交易街――昼下がり。
香辛料の匂いと、活気のある声が風に混じっていた。
露店の間を、ルシエナはフードをかぶって歩く。
彼女の描いた漫画が、王都どころか隣国にまで流通しているという噂を確かめるためだ。
――そして確かに、その光景は目の前にあった。
屋台の少年が、粗末な紙を掲げて叫んでいる。
「新刊だよ! “黒鉄の騎士と白い子犬”の続き! 泣けるって評判なんだ!」
人々は笑い、子どもは絵を指さして喜んでいる。
その笑顔を見つめながら、ルシエナは胸の奥がじんわりと温かくなった。
「……物語が、歩き出してる。」
そんな呟きを、ふと後ろからの声がさらっていった。
「――風みたいだな。」
振り向くと、金髪を無造作に束ねた青年が立っていた。
陽光を受けて瞳が琥珀色に光る。
軽やかな仕草、だがその目の奥には確かな熱を宿していた。
「君が“ルシエナ・ベルンハルト”だね?
共和国から来た、ノエル・フェルマン。印刷商をやってる。」
「印刷商?」
「ああ。風を売ってる男だよ。」
そう言って、ノエルは懐から奇妙な装置を取り出した。
黒鉄と水晶を組み合わせたような、小型の印刷機。
彼が軽く魔力を流すと、内部の輪が静かに回転し――紙の上に光の線が浮かんだ。
それは、まさしくルシエナの漫画の一コマ。
キャラクターが笑い、吹き出しの中で“ありがとう”と輝いた。
ミリアが息を呑む。
「ま、まさか……魔法で、絵が複写されてる?」
ノエル:「“エーテルプレス”。
魔力の波を記録し、感情そのものを刷り込む新しい印刷術だ。」
ルシエナ:「感情を……刷る?」
ノエル:「そう。
君の物語は読むだけで心が動く。
なら、それを千人に届けたら――どれだけの風が吹くだろうな。」
彼は笑った。
その笑顔は、嵐の前の一陣の風のように爽やかで、危うい。
「あなたの“絵物語”を見て思ったんだ。
これは火薬より強い。――心を動かす、革命の風だ。」
ルシエナは言葉を失った。
けれど胸の奥で、何かが確かに鳴り響く。
――ペンの力が、世界を動かす。
「……見せてください、ノエルさん。
その“風”が、どこまで届くのかを。」
ノエルは満足げに頷いた。
「任せとけ。風は自由のものだ。」
その瞬間、エーテルプレスが再び光を放つ。
刷り上がった紙片が空に舞い、街を駆け抜ける風に乗った。
通りの人々がそれを掴み、笑顔で読み始める。
――風が吹いた。
それは、世界を変える“文化の風”の始まりだった。




