第3章 第4シーン「神官カルディナ」
王都の中心、大聖堂。
天を突くような白い尖塔の下で、深夜の祈りが響いていた。
聖堂内は静寂に包まれ、無数の蝋燭の炎がゆらめいている。
その中央で、神官カルディナは膝をつき、冷たい石床に祈りを捧げていた。
「神は裁きを与える者……。
涙など、弱さの証だ。」
低く響く声が、堂の壁に反響する。
彼の銀の髪が揺れ、白い法衣が闇に浮かぶ。
その瞳は鋭く、まるで感情というものを切り捨てた氷のようだった。
――だが、その手の中に、一冊の紙束があった。
燃やすために没収された“異端書物”。
名は、『光の下で眠る花』。
カルディナはため息をつき、ページを開く。
文字と絵が交互に並び、淡い線で描かれた少女の姿が現れる。
“罪を犯した花売りの娘”。
彼女は、処刑の前夜にこう呟くのだった。
『私の罪が、誰かの涙で洗われますように。
そしてどうか、明日の光の下で、花が咲きますように――』
カルディナの手が震えた。
心臓が、ゆっくりと痛みを思い出すように脈打つ。
脳裏に、過去の光景がよみがえる。
――幼い頃、彼が救えなかった孤児の少女。
彼女も、同じように“光”を信じて祈っていた。
「……なぜだ……どうして、涙が止まらない……」
声がかすれた。
次の瞬間、彼の頬を伝った一粒の涙が、石床に落ちる。
その瞬間――。
聖堂全体が、柔らかな光に包まれた。
床に刻まれた聖印が、ゆっくりと花の形に変わっていく。
硬い石の隙間から白い花が芽吹き、蝋燭の炎が金色に輝いた。
祈りの声が止まり、修道女たちが戸惑いの声を上げる。
「……奇跡、だ……?」
カルディナは立ち上がり、震える手で胸を押さえた。
涙がもう一粒、頬を伝う。
しかし、それはもはや“弱さ”ではなかった。
「赦し……。
そうか……神は、裁くためでなく――赦すために、在るのか。」
その声は祈りのように静かで、確かに温かかった。
彼の涙が、聖堂の封印を解き放つ。
天井のステンドグラスを通して朝の光が差し込み、
無数の花びらが光に舞った。
その瞬間、王都を覆っていた“恐れ”が溶けていく。
信仰が“赦し”へと変わり、街全体が穏やかに息を吹き返した。
カルディナは光の中で目を閉じ、微笑む。
「神よ……もしあなたが本当におられるなら、
あの娘の描く物語もまた、あなたの御業なのでしょう。」
――涙が、世界を救った夜だった。




