第3章 第3シーン「涙の魔法」
夜明け前の王都は、まるで息を潜めているようだった。
石畳の道は煤と灰で黒く染まり、祈りの鐘の音もどこか鈍く響く。
その地下、ひっそりとした礼拝堂に、ユリウスたちは身を潜めていた。
壁の向こう――ルシエナのアトリエから、かすかな灯りが漏れている。
そこでは今まさに、新作『光の下で眠る花』が読み上げられていた。
ミリアの声が震え、紙をめくるたび、誰かの嗚咽が響く。
「……罪を犯した花売りの少女は、最後の夜に祈った。
“どうか、この世界に、もう一度花が咲きますように”――。」
沈黙。
次の瞬間、読み終えた人々の頬を、一筋の涙が伝う。
その雫が床に落ちた途端――淡い光が広がった。
光は丸く波紋を描きながら、礼拝堂の壁を照らしていく。
黒ずんでいた石の間から、小さな白い花が芽吹いた。
ユリウスは息を飲み、懐から魔力測定具を取り出した。
針がぶるぶると震え、目盛りが振り切れる。
「……反応がある。読者の涙に、魔力の波形が――。
これは……“浄化”の力だ。」
ルシエナは壁越しの光を見つめ、静かに呟く。
「涙が……世界を癒しているのね。」
ミリアが外に駆け出す。
夜風の中、通りに集まった人々が手を胸に当てていた。
彼らの目にも、同じ涙が光っている。
路地の汚れが洗われ、古びた噴水が水を取り戻す。
まるで街そのものが泣いて、そして赦されていくようだった。
花弁のような光が風に乗り、王都の空へ舞い上がる。
塔の尖端を越え、聖堂の屋根を包み、街全体が淡い白に染まる。
ユリウスは、光の中で小さく笑った。
「これが……“涙の魔法”。
感情が、人を癒す形で顕現している……。」
ライネルがぼそりと呟く。
「戦を止め、涙で世界を洗うか……。
あんたの物語は、どこまで本気なんだ。」
ルシエナは炭筆を握りしめ、窓の向こうの光景を見つめる。
その横顔には、悲しみも迷いも、そして確かな決意もあった。
「この力は、誰かを倒すためのものじゃない。
赦すための――私たちの祈りよ。」
夜が明ける。
光の花が街に降り注ぎ、涙の跡が新しい朝を描いていく。
その姿はまるで、世界そのものが“物語”に抱かれているようだった。




