【第2章・第4シーン】 「戦場の奇跡」
北方戦線。
雪が降っていた。
灰色の空から舞い落ちる細かな結晶が、焦げた大地をゆっくりと覆っていく。
戦は、終わるはずのない殺し合いだった。
王国軍と北方連邦軍――。
互いの憎しみが積もり、白い雪よりも深く血を染めてきた。
だがその朝。
戦場のどこかで、誰かが声を上げた。
> 「撃つな! ……この絵を見ろ!」
その声は、風に乗って広がる。
黒鉄の鎧をまとった一人の将――敵国の将軍が、
片手に握った一冊の絵物語を掲げていた。
『黒鉄の騎士と白い子犬』。
それはルシエナの描いた物語だった。
ページの中で、黒鉄の騎士が剣を捨て、
倒れた敵兵の傍らで小さな子犬を抱きしめている。
――「守りたい」と、ただそれだけを願う瞳。
対峙する王国兵の若者が、息を呑んだ。
彼の胸にも、同じ絵本があった。
雪に濡れた手で、震えながらそのページを開く。
二人の視線が、交わる。
剣を構えることも、叫ぶこともできなかった。
ただ――互いの胸の中に、同じ光が灯る。
> 「……この物語の騎士は、もう戦わないんだ。」
その言葉が、呪文のように戦場を伝わっていった。
剣が下ろされる。
弓が静かに伏せられる。
雪の上に散った血が、淡い光に変わって溶けていく。
光は雪面を伝い、波紋のように広がっていった。
やがて、戦場全体が柔らかな輝きに包まれる。
誰も声を出さず、誰も動けず、
ただ――その光を見つめていた。
ユリウスが震える声で呟く。
> 「……戦が……止まった……」
ライネルが空を見上げ、
静かに笑うように息を吐く。
> 「本当に、止まったんだな……紙切れ一枚で。」
遠くの丘で、ルシエナが雪の中に立っていた。
手にした炭筆が、かすかに光る。
> 「お願い。
この物語が、誰かを守れますように。」
その祈りは、風に乗って届く。
雪が止み、雲の切れ間から朝日が差し込んだ。
その日、人々は後にこう呼ぶ――。
“漫画が戦を止めた夜” と。




