【第2章・第2シーン】 「黒鉄の騎士」
街外れの宿屋は、夜の湿った空気に包まれていた。
暖炉の火は小さく、酒場のざわめきもどこか沈んでいる。
カウンターの隅、ひとりの男が酒瓶を傾けていた。
黒い外套の肩には、戦場の泥が乾いてこびりついている。
名を――ライネル・ヴァルガス。
傭兵。
生きるために戦い、戦うために生きてきた男。
> 「勝った奴が生きる。それだけの話だ。」
そう言って、彼はグラスの底に残った酒を飲み干した。
だが、その声の奥には――深い空洞のような静けさがあった。
そのときだった。
床に転がった小さな紙束が、彼の足元に滑ってきた。
兵士たちが置き忘れた荷物の中にあったものらしい。
彼は無造作に拾い上げる。
手の中の紙には、柔らかな線で描かれた“絵”が並んでいた。
――タイトル、『黒鉄の騎士と白い子犬』。
眉をひそめながらも、何となくページをめくる。
物語は、孤独な騎士と、小さな子犬の出会いから始まっていた。
戦場で傷ついた犬を抱き上げ、
「生きろ」と言葉をかける騎士。
読んでいるうちに、
いつしか彼の指が震えていた。
> 「……馬鹿みたいだな。」
声がかすれる。
> 「紙切れ一枚で、泣くなんて。」
頬を伝った一粒の涙が、原稿の端に落ちる。
その瞬間、ページがわずかに光を放った。
暖炉の火よりも柔らかく、けれど確かに温かい光だった。
翌朝、ライネルは馬にまたがり、村へと向かっていた。
迷いはなかった。
胸の奥で、なにかが静かに燃えていた。
――そして、ルシエナの屋敷。
扉を叩く音に、ミリアが顔を出す。
> 「どちら様で……?」
ライネルは無言で懐から一枚の紙を差し出した。
『黒鉄の騎士と白い子犬』。
そのページは、涙の跡で少し歪んでいた。
> 「……お前が描いたんだな。」
ルシエナが頷くと、男は静かに言葉を続けた。
> 「俺は、戦を止めるなんて信じちゃいない。
けど――護ることなら、信じられそうだ。」
その言葉に、ルシエナの胸が熱くなる。
彼は粗野で、不器用で、どこか傷ついた瞳をしていた。
だが、その瞳の奥には確かに“優しさ”があった。
ライネルは剣を抜き、地面に突き立てる。
> 「この命、しばらく預ける。
お前の描く“物語”が、どこまで行けるのか……見てみたい。」
沈黙ののち、ルシエナは微笑んだ。
> 「ようこそ、“物語の旅”へ。」
窓の外で、朝の光が差し込む。
炭筆が机の上で転がり、紙の端がふわりと揺れた。
――新たな登場人物が、物語に加わった瞬間だった。




