【第2章・第1シーン】 「戦の知らせ」
朝の空気が冷たい。
白い霧が村の屋根のあいだから立ちのぼり、
遠くで鐘の音が、ゆっくりと一日の始まりを告げていた。
けれど、その朝は――いつもと違っていた。
広場の掲示板の前に、人々が集まっている。
兵の鎧を着た役人が、無表情に巻物を読み上げていた。
> 「――王国北方、バルグレインとの国境において、戦闘が発生。
従軍令、発布す。」
ざわめきが走る。
誰かが息を呑み、誰かが膝をつく。
子どもを抱いた母親が泣き、若者たちはただ、
無言で地面を見つめていた。
ルシエナは、少し離れた場所でその光景を見ていた。
手には、昨日まで描いていた原稿の束。
彼女の“笑いの魔法”で笑顔を取り戻した村が、
再び恐怖に沈んでいくのを見て、胸が締めつけられた。
> 「……また、戦。」
隣で、ミリアが唇を震わせる。
> 「せっかく……せっかく笑えるようになったのに……また戦なんて。」
涙をこぼしながら、彼女はルシエナの袖を掴んだ。
ルシエナは、静かにその手を包み込む。
そして、少しだけ笑って言った。
> 「だからこそ描くの。
剣じゃなくて……心を繋ぐ物語を。」
ミリアが顔を上げる。
その瞳に映るのは、どこまでも真っ直ぐな決意。
ルシエナは屋敷へ戻ると、
机の上に羊皮紙を広げ、炭筆を握った。
指先が震えても、目は迷わない。
――描きたい。誰かが誰かを守る、その優しさを。
炭筆が走り、最初の線が紙に刻まれる。
そのタイトルは、まだ誰も知らない。
> 『黒鉄の騎士と白い子犬』。
ページの片隅に描かれた子犬が、
ふと笑ったように見えた。
外では、遠くで鳴る戦の太鼓。
けれど、ルシエナのアトリエには――
確かに、祈りのような静けさがあった。




