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酔客に乾杯

作者: 西順

 休日の昼前、昼食時には少し早い時間に目が覚めた。少し気怠いが、二度寝するには目が覚め過ぎた。それに腹も空いたので、起きていつものルーティンをする事とした。


 顔を洗い歯を磨き、キッチンへ行って取りい出したるは、アジア系の食品店で手に入れたジンだ。鼻に抜ける幾つものスパイスが混ざって出来た独特の香りに、喉を焼き焦がすような強い酒精。


 日本語でもアルファベットでもない文字で表記された、名前も分からないジンだが、自分にとってはどうでも良い事だ。このジンがここにある事に意味がある。


 このジン、普通に呑んでも眉をひそめる美味さで、一口呑むだけで含まれているスパイスのせいか、身体が火照って頭がぼーっとするのが楽しい代物だ。だけれど、俺の呑み方はここに一工夫する。


 徐ろに窓辺へ向かうと、そこで育てている鉢植えのミントとシソを数枚千切り、更にそれらをバラバラに千切りながらテーブルに戻ると、この謎のジンにドーン。指でこれらを混ぜると、ゴクリと一口。


「くうううう! これがキマるんだよなあ!」


 もう俺の頭はぽやぽやで前後不覚。ああ、酔いが全身に廻るのが気持ちいいいい。どう言う仕組みか分からないが、元々度数の高いジンが、その内包されているスパイスと、ミント、シソが化学反応を起こして、酔いの巡りが早くなるのだ。あっという間に泥酔野郎の出来上がりである。


「酒は呑んでも呑まれるなだあ? 酒は呑まれてなんぼだろ?」


 グラスを掲げて天井を仰ぐ。シーリングライトが眩しくくらくらする。これよこれ。この酒に酔っぱらっているのが最高なのよ。


「相変わらず馬鹿やっているな」


 そんな俺の前に現れたのは、俺だ。この酒に混ぜちゃいけない成分でも入っているんだろう。いつも幻覚の俺が目の前に現れる。


「うるせえなあ。酒くらい好きに呑ませろよ」


「呑み過ぎたら明日に響くぞ?」


 酒のせいで現れた幻覚の癖に、俺に説教なんてすんじゃねえよ。


「それで何度後悔したと思っているんだ?」


「覚えてねえなあ」


「また上司に煩く言われるぞ」


「知った事かよ」


 俺の返答に、幻覚の俺は嘆息をこぼす。


「酔人の前でシケた面してんじゃねえよ。酒は楽しく呑むものだろ。ほれ、お前も呑めよ」


「いや、俺は……」


 なんて一回は断る俺の幻覚だが、そこは所詮はどこまで行っても俺。酒の誘惑に抗える訳もなく。


「そ、そう? それじゃあ一杯だけ」


 などと言い訳しながら俺が作ったジンカクテルを、一息に呑み干す。


「何だよ、やっぱりお前も呑みたかったんじゃねえか」


「うるせえよ。俺だって好きでお前に説教しているんじゃねえよ。お前を心配してだなあ……」


「へいへい、わーったわーった。ほらもう一杯」


「おっととと。全く、だからお前は出世出来ねえんだよ」


「お前じゃねえ。俺たち、だろ?」


「違いねえ」


 つまみも何もなく、休日の真っ昼間からヤバいジンカクテルを、幻覚と一緒になって呑み耽る。上司や同僚の愚痴をこぼしながら、時に笑い、時に泣き、日が傾いていくのを部屋の影に映しながら、自分と幻覚の、自分と世界との境界が曖昧に溶けていく。これが俺の最高の休日の過ごし方だ。夜の月が部屋を照らしてもまだ酒宴は続き、終わった頃合いなど覚えていない。


 ◯◯◯◯.✕✕.△△


(…………………………呑み過ぎた)


 寝坊して重役出勤した俺を待っていたのは、カンカンの上司で、この上司の声が甲高いものだから、いやあ、頭に響く響く。まだ二日酔いが抜けず、ぐわんぐわんする脳に上司の甲高い声が直撃し、それが頭痛となって叱られる度に頭を締め付ける。


「分かっているのか!!」


「…………………………へい」


 無気力な俺の返事に、酒でも呑んだかのように顔を真っ赤にする上司。その怒りが収まらないようで、更に何か言おうとしたところで、助け舟が出された。部長だ。


「まあ、それくらいにしておきなさいよ。貴重な勤務時間を、説教に割いていては、効率が悪い」


 部長のお陰で解放された俺は、自分の席に戻ってくると、そのままデスクに突っ伏す。


「先輩、またですか?」


 隣りのデスクの後輩が、呆れたようにひそひそと声を掛けてきた。


「煩えよ」


 突っ伏したまま、声を漏らす。


「課長の怒りがあれで済んでいるのって、部長が先輩を買っているからですよ。課長だってその価値分かっていますし。先輩のその湯水の如く湧いてくるアイディアに価値がなければ、今頃どうなっていた事か」


「だーかーらー、煩えって」


 視線だけ後輩へ向けると、肩を竦ませる後輩。


「皆口にしないだけで、羨ましがっているんですよ。アイディア一本でこの会社を渡り歩く先輩を。どうやったらそのアイディアが湧いてくるんですか?」


「酒に溺れよ」


「またそれですか」


 いつもの返答に、これ以上の会話は無意味と考えたのだろう。後輩はパソコンへと視線を戻す。しかしこれは本当の事だ。あのジンを呑んで、べろべろになり、幻覚の俺とディスカッションする。俺のアイディアは全てそこから生まれてくるものなのだ。だから俺はあのジンを呑んでいるのだ。…………嘘です。あのぽやぽやになる泥酔する感覚に浸かっていたいだけです。毎日呑みたいです。


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