第8話
真夜中のアルカノ=レギオス魔導学院。
月明かりすら届かない、学園の地下深く。
俺とユウトは、息を殺して隠し通路を進んでいた。
目的地は、生徒会の秘密資料庫。
そこに、俺が求める答えがあるはずだ。
「うわっ、マジでホコリっぽいな……カビ臭ぇし。本当にこんなとこに、お宝データとか眠ってんのかよ?」
ユウトが懐中電灯代わりに使っている小型魔導端末の光を頼りに、小声で文句を垂れる。
「黙ってろ。会長からのメモによれば、ここから先が本番らしいからな。警備レベルが段違いだってよ」
俺はリュシアからの警告を思い出し、気を引き締める。
昼間のヘラヘラしたユウトとは違い、今は真剣な表情で端末を操作している。
通路に張り巡らされた監視魔法や警報結界の反応を探り、次々とハッキングで無効化していく。
「よっしゃ、第一関門突破! さすが俺!」
「調子に乗るな。次行くぞ」
俺はその間に、物理的な罠――床に仕掛けられた落とし穴や、壁から飛び出す隠し針など――を超感覚で察知し、ユウトに合図を送って回避していく。
意外なことに、俺たちの連携はかなりスムーズだった。
こいつ、こういう時は頼りになるじゃねぇか。
資料庫に近づくにつれて、通路を満たす魔力の密度が明らかに濃くなっていく。
空気が重い。
壁には高位の魔法結界が幾重にも重ねて張られており、鈍い光を放っている。
そして、通路の奥からは、規則的な金属音が聞こえてくる。
「うおっ、来たぞ! 警備ゴーレムだ!」
角を曲がった瞬間、金属製の鎧に身を包んだ自律稼働ゴーレムが、赤い単眼を光らせて俺たちを発見した。
警告音を発する間もなく、その腕から魔力光弾が連射される!
「うわああ! イオリ、防御!」
ユウトが咄嗟に防御魔法を展開するが、ゴーレムの攻撃は強力で、数発受けただけで障壁にヒビが入る。
「ちっ、邪魔くせぇ!」
俺はユウトの前に飛び出し、突進してくるゴーレムの赤い単眼――おそらく魔力コアだろう――に向かって、意識を集中させる。
俺の“理不尽フィールド”がゴーレムの魔力回路に干渉し、その動きを強制的に鈍らせる。
ガクン、と動きが止まったゴーレムは、次の瞬間、内部からバチバチと火花を散らし、機能停止してその場に崩れ落ちた。
「……ふぅ、危なかったぜ」
「まだだ。見てみろ、あれ」
俺が指さす先、通路の突き当たりには、巨大な扉があり、その表面には見たこともないほど複雑で強力な封印結界がかけられていた。
紫色の禍々しい光が明滅している。
「げっ、マジかよ! こんなの、どうやって破るんだよ……!」
ユウトが絶望的な声を上げる。
だが、俺には分かった。
この結界、確かに強力だが、その魔力構造には、ほんの僅かな“歪み”がある。
おそらく、術者の癖か、あるいは設計上の限界か。
俺はその歪な一点を、まるで糸を手繰るように“視て”取る。
そして、ゆっくりと右手の指先を伸ばし、その一点に触れた。
パリンッ!
まるで薄いガラスが割れるような、乾いた音が響き渡る。
次の瞬間、あれほど強力に見えた封印結界は、あっけなく霧散し、重厚な扉が現れた。
「……開いた!? すげぇなイオリ! お前、マジで何者だよ!」
「うるさい。行くぞ」
俺たちは、ついに地下資料庫の内部へと足を踏み入れた。
◇
そこは、想像を絶する空間だった。
薄暗く、どこまでも続くかのように広がる巨大なホール。
天井まで届く高さの書架が迷宮のように立ち並び、そこには膨大な量の古びたファイルや、怪しげな光を放つデータクリスタルが、ぎっしりと詰め込まれている。
空気は重く、埃っぽく、そして……忘れられた秘密と、誰かの怨念のような匂いがした。
「すげぇ……マジで学園の裏の歴史が全部ここに詰まってんじゃねぇか……?」
ユウトは息をのむ。
「感心してる場合か。手分けして探すぞ。キーワードは、異能者関連、人体実験、行方不明者、それから……ミユって名前だ」
俺は目的の情報を求め、膨大な記録の海へと飛び込む。
ユウトも気を取り直し、魔導端末でデータベースへのハッキングアクセスを試みる。
資料庫の最奥、第七セクターと呼ばれる区画。
リュシアのメモにあった通り、そこは他の区画とは比較にならないほど厳重な封印と、最新鋭の警備魔法で守られていた。
扉には「関係者以外立入禁止。違反者は即時処分」という物騒な警告文まで表示されている。
「ここが本命か……」
俺は警戒しながらも、扉に仕掛けられた認証システムやトラップを、超能力で慎重に解除していく。
そして、ついに第七セクターの内部へと侵入した。
そこは、中央に巨大なコンソールが一つだけ置かれた、がらんとした部屋だった。
コンソールに近づき、電源を入れる。
画面に表示されたのは「Project ARK - Top Secret」という文字。
これだ。アクセスには最高レベルの生体認証とパスワードが必要なはずだった。
だが、俺がコンソールのスクリーンに触れた瞬間、なぜか全ての認証プロセスがバイパスされ、いとも簡単にファイルが開いた。
まるで、俺がアクセスするのを待っていたかのように。
ファイルの中身は、数年前に魔導師会主導で極秘裏に行われたとされる、“異能因子”に関する研究記録だった。
そして、複数の被験者のリスト。
そのリストの最後に、俺は震える指で、探し求めていた名前を見つけた。
『Subject Name: Miyu』
ミユ……! やっぱり、ここにいたのか!
ファイルを開いた瞬間、俺の脳裏に、固く封じられていたはずの記憶の断片が、洪水のように鮮やかに蘇ってきた。