第7話
リュシアは、ぽつりぽつりと語り始めた。
彼女の兄、アルト=ファルゼンは、次期生徒会長と誰もが認めるほど優秀で、人望も厚い魔導師だったこと。
しかし、彼は同時に、魔法とは全く異なる異能――あらゆる物質を透過する能力――を持っていたこと。
その力を周囲に隠し、魔法至上主義の学園の中で、異端であることに深く悩み、苦しんでいたこと。
それでも彼は、「この力で、誰かを守れるなら」と、その力の使い方を模索していたこと。
だが、数年前。
学園内で発生したとされる大規模な魔力暴走“事故”に巻き込まれ、彼は多くの生徒を守るために力を使い果たし、命を落としたこと。
「兄の異能は……貴様の力と、どこか似ている気がするのだ。予測不可能で、そして……世界の理から外れた力」
リュシアは顔を上げ、真っ直ぐに俺を見つめて言った。
その紅い瞳には、憎しみではなく、何か別の、問いかけるような色が浮かんでいた。
リュシアの話を聞き終え、俺はしばらく黙っていた。
アルト=ファルゼン。
物質透過能力。
魔力暴走事故。
その全てが、俺の失われた記憶や、研究施設での出来事と、奇妙にリンクする気がした。
やがて、俺は静かに口を開く。
「そうか。アンタの兄貴も、俺と同じだったわけだ。この魔法だらけのクソみたいな世界じゃ、ただの“バグ”扱いだったってことか」
その言葉には、自然と、同情と、そして同じ異能を持つ者としての共感が込められていた。
俺は普段、他人に共感なんてしない。
だが、彼女の兄の話は、他人事とは思えなかった。
「なぁ、会長。一つ聞きたい。その“事故”ってやつ、本当にただの事故だったのか? 何かおかしいと思う点はなかったか? 知ってることを、全部教えてくれ」
俺の瞳には、珍しく強い怒りと、真実を絶対に突き止めてやるという、燃えるような意志の光が宿っていた。
俺が探している少女――ミユの運命と、このアルトという男の死が、無関係ではない。
そんな確信に近い予感が、俺の中で渦巻いていた。
俺とリュシアが、そんなシリアスな雰囲気で向かい合っていると。
「会長! 如月イオリに何の御用ですか! まさか二人きりで密会とは!」
「イオリくん、大丈夫ですか!? 会長にいじめられてませんか!?」
どこから嗅ぎつけたのか、エミリアとクレアが、それぞれすごい剣幕で駆けつけてきた。
二人は明らかに、俺とリュシアの距離の近さに警戒心を剥き出しにしている。
おいおい、今はそんな場合じゃないだろ……。
「あなた、会長にまで色目を使うとは、いい度胸ですわね!」
「イオリくんは私の……じゃなくて! みんなのイオリくんなんですからね!」
一触即発。
エミリアの周囲に冷気が渦巻き始め、クレアの周りには聖なる光の粒子が集まり始める。
なんでこうなるんだよ!
「やれやれ……お前ら、少しは状況を読めよな……」
俺は深いため息をつくと、面倒くさそうにエミリアとクレアの間に割って入る。
そして、軽く指を鳴らした。
パチン。
小さな音と共に、二人の間にあった空間が、まるで陽炎のようにぐにゃりと歪む。
放たれかけていた氷の魔力と聖なる光のエネルギーが、その歪みに吸い込まれるようにして、跡形もなく霧散した。
「はい、そこまで。俺は色目なんか使ってねぇし、いじめられてもねぇ」
俺が呆れたように、しかし有無を言わせぬ口調で言うと、ヒロイン二人は一瞬、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になり、それから同時に顔を真っ赤にして、プイッとそっぽを向いた。
リュシアはその一連のやり取りを、少しだけ面白そうに、そして何かを考えるような目で見つめていた。
◇
「おいイオリ! ヤバい噂、聞いたぞ!」
その日の放課後、ユウトが血相を変えて俺の元へ駆け込んできた。
「なんでも、この学園の生徒会の地下には、厳重に封印された秘密の資料庫があるらしいんだ! そこにはな、過去に行われたヤバい魔導実験のデータとか、行方不明になった生徒――特に、お前みたいな異能持ちの記録が、全部隠されてるって噂だぜ!」
地下資料庫……禁断の実験……行方不明の異能者……。
俺は息をのむ。
魔法研究会で見つけた、あの古いファイル。
リュシアの兄、アルトの話。
そして、俺自身の失われた記憶。
その全てが、その地下資料庫という一点に繋がっている。
俺が探している答えは、そこにある。
俺は直感的にそう確信した。
「よし決めた。その地下資料庫、行くぞ」
俺の言葉に、ユウトは一瞬「マジかよ!?」と目を丸くしたが、すぐにニヤリと笑った。
「面白そうじゃん! 行こうぜ、イオリ!」
こいつ、こういう危ない話には目が無いらしい。
二人で話し合った結果、俺の能力と、ユウトが持つ意外な特技――魔導ネットワークへのハッキング技術――を組み合わせた、奇策を用いる方向で話がまとまった。
成功するかどうかは、五分五分ってところか。
◇
その夜。
俺が寮の自室で、ユウトと最終的な潜入計画の打ち合わせをしていると、ドアの下の隙間から、一枚の小さなメモ用紙がスッと滑り込んできた。
拾い上げて開いてみると、そこには丁寧だが、どこか切羽詰まったような文字で、こう書かれていた。
『地下資料庫・第七セクターへの侵入は特に危険。警備システムは表向きのものとは別に、副会長ゼファル直属の特殊なものが仕掛けられている。彼の真の目的は、貴方の“力”そのものかもしれない。くれぐれも用心しろ』
署名は無い。
だが、この特徴的な美しい筆跡は、間違いなくリュシア=ファルゼンのものだ。
(会長……わざわざ警告を?)
彼女の真意は分からない。
だが、この情報はありがたい。
どうやら副会長ゼファルが黒幕である可能性が高く、そして、俺の力を狙っている、と。
俺はメモを強く握りしめる。
危険は承知の上だ。
それでも、行かなければならない理由がある。
俺は窓の外の闇を見据え、改めて地下資料庫への潜入への決意を固める。
(ミユ……待ってろよ。必ず、お前に関する真実を、俺が見つけ出してやる)
そして、もし可能なら、アンタの兄貴、アルト=ファルゼンの無念も、俺が晴らしてやる。
俺は静かに、しかし燃えるような決意の炎を、心の奥底に灯していた。潜入決行は、明日の夜だ。