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第5話

 重厚な彫刻が施された扉の先にあった生徒会室は、無駄に広く、豪華で、そしてひどく冷たい空気が漂っていた。

 部屋の中央にある、やたらと立派な執務机。

 

 そこに、学園の頂点に君臨する少女、リュシア=ファルゼンが、絶対的な威厳を纏って座っていた。

 漆黒のポニーテール、吸い込まれそうなほど深い紅い瞳。

 まるで彼女がこの学園の魔法至上主義の象徴のようだ。


「――よく来たな、如月イオリ」


 その声は静かだが、有無を言わせぬ圧力を秘めている。

 紅い瞳が、俺の存在そのものを見定めるように、射抜いてくる。


「貴様の持つ“力”について、いくつか問いただす必要がある。単刀直入に聞こう。その力は何だ?  もしその力が魔法でない場合、それは世界の調和を乱す異質なバグであり、我々生徒会としては、許容することはできない」


 冷徹な言葉。

 圧倒的なプレッシャー。

 これが、Sランク魔導師を束ね、学園の全てを支配する生徒会長の力か。

 面倒なことになった、と俺は肌で感じていた。


「貴様の持つとされる“分類不能な力”。その詳細を、ここで開示しろ」


 リュシアは一切の感情を排した声で続ける。


「それが学園にとって危険なものでないという証明、そして、貴様自身がその力を完全に制御可能であるという証拠を提示できなければ、我々生徒会は、学園の秩序と安全を守るため、貴様を危険因子と認定せざるを得ない。その場合、相応の措置……場合によっては、強制的な排除も検討することになる」


 丁寧な言葉遣いだが、内容は完全に脅迫だ。

 力ずくで俺をどうこうしようって魂胆が見え見えだ。


 俺は面倒くさそうに頭をガシガシと掻きながら、わざとらしく答える。


「で、それ、俺が説明する必要ある?」


 まるで他人事のような、ふてぶてしい態度。

 それがリュシアの完璧なポーカーフェイスを、わずかにピクリと揺らしたのを、俺は見逃さなかった。


 俺の態度に、リュシアの紅い瞳に、初めて明確な感情の色が滲む。

 それは、深い悲しみと、そして激しい憎しみ。


「貴様のような“異能”は……かつて、大きな悲劇を引き起こした。私の……たった一人の大切な兄を、奪ったのだ」


 その言葉には、個人的な、そして消えることのない痛みが込められていた。

 兄……?  悲劇……?

 その言葉が、俺の記憶の奥底にある、何か引っかかるものに触れた気がした。

 俺が探している“あの人”と、何か関係があるのだろうか。


 リュシアの瞳の奥で揺れる、憎しみだけではない複雑な感情。

 俺はそれを、ただ黙って見つめ返していた。


 ◇

 

 生徒会室の重苦しい、一触即発の空気をぶち破るように、ドアが軽快なノックと共に開けられた。


「やっほー、会長さん、ちょっといいかな?  うちのクラスの問題児が、なんかご迷惑おかけしてるみたいでさ?」


 ひょっこりと顔を出したのは、担任のニコル先生だった。

 相変わらずのチャラい笑顔で、飄々とした態度で部屋に入ってくる。

 そして、リュシアと俺の間に、割って入るように自然に立つ。


「ま、彼の処遇については、まずは担任のこの私を通してもらわないと困るんだよねぇ。生徒指導の基本的なルールだろ、会長?」


 その軽い口調には、しかし、リュシアに対する明確な牽制の意図が含まれていた。

 リュシアは一瞬、射るような視線をニコル先生に向けるが、すぐにそれを収める。

 

 どうやら、このチャラい担任に対しては、生徒会長といえども強く出られない、何か特別な事情があるらしい。

 二人の間に流れる微妙な空気に、俺は新たな謎を感じずにはいられなかった。


 ニコル先生の予想外の介入により、生徒会長直々の査問会は、ひとまず中断となった。

 俺は内心で(ナイス、ニコル先生!)とサムズアップしながら、さっさと生徒会室を後にした。


 ◇


 翌日の魔法理論の授業。

 黒板には、俺には解読不能な、ミミズが這ったような数式や幾何学模様がびっしりと書き連ねられている。

 多次元魔力流動方程式がどうとか、魔法幾何学構造がどうとか。

 周囲の生徒たちは必死にノートを取っているが、俺の頭の中は完全に思考停止、宇宙猫状態だ。

 キラキラした線がうにょうにょ動いてるのは見えるんだけど、それだけ。


「――では、如月。この術式構造の基礎理論について説明してみろ」


 運悪く、神経質そうな老教師に指名されてしまった。


「えっとですね……」

 

 俺は正直に、見たままを答えることにした。


「なんか、こう、キラキラした線が、うにょうにょ~って流れてて、たまにバチッて火花が出てるのは見えるんですけど……数式とか、その、理論とかは、全然、さっぱり……?」


 俺の回答に、教室は一瞬で静まり返る。

 老教師はこめかみをピクピクさせながら、深ーいため息をついた。


「もういい、座れ。時間の無駄だ」


 ですよねー。

 俺もそう思います。


 この一件で、俺の感覚や認識が、通常の魔法使いのそれとは根本的に、絶望的なまでに違うということが、クラス中に改めて証明されてしまった。

 まあ、今更だけど。


 ◇


 授業が終わり、さっさと教室を出て帰ろうとする俺の前に、またしてもアイゼルが立ちふさがった。

 こいつ、俺に何の用なんだよ、マジで。


「やはり貴様は異質だ。その存在自体が、この学園の調和を乱している」


 そう言うと、アイゼルは周囲の生徒たちに気づかれぬよう、掌から不可視のエネルギー波のようなものを放ってきた。

 物理的な衝撃じゃない。

 もっと直接的に、精神か、あるいは存在そのものに干渉してくるような、異質な力だ。


 俺はそれを本能的に察知し、無意識のうちに自身の“理不尽フィールド”で受け止め、相殺する。

 バチッ!と小さな火花が、俺たちの間で弾けた。


「やはりな。貴様も、ただの魔力ゼロではないらしい」


 アイゼルが確信したように呟く。

 

「お前こそ、普通の転校生じゃないだろ」


 俺も言い返す。

 互いに相手の異常性をはっきりと認識し、睨み合う。

 こいつとは、やはり戦う運命にあるらしい。


 ◇

 

 午後の授業は家庭科実習。

 メニューは班ごとにお菓子作り、らしい。

 そして、俺は運悪く、というか、もはや必然というか、クレアと同じ班になっていた。


  エプロン姿のクレアは、「頑張りましょうね、イオリくん!」とやけに張り切っている。

 が、開始早々、小麦粉をぶちまけ、卵を床に落とし、牛乳を盛大にこぼす、というドジっ子コンボを炸裂させていた。


「あわわ!  ご、ごめんなさい!  私、何をやってもダメダメで……」


 半泣きになるクレアを見て、俺は深いため息をつく。


「もういい、俺がやる。お前はそこに座ってろ」


 結局、俺が一人で手際よく(なぜか料理は得意なのだ)クッキー生地を作り、オーブンで焼く羽目に。

 クレアは隣で、「すごーい!  イオリくん、お料理もできるんですね!  完璧です!」と、目をキラキラさせて応援(?)している。


 焼きあがったクッキーを試食する。

 まあまあ美味い。

 クレアも「おいしいですぅ~!」と満面の笑みで頬張っている。

 その屈託のない笑顔を見ていると、まあ、たまにはこういうのも悪くないか、なんて、ほんの一瞬だけ思ってしまった。

 その、一瞬だけ。


「あ、あなたたち!  実習中に何をイチャついているんですの!」


 突如、背後から怒声が響いた。

 振り返ると、別の班だったはずのエミリアが、鬼のような形相で立っている。


「そ、そのクッキーは風紀を乱します!  没収です!」


 明らかに嫉妬丸出しの、意味不明な言いがかりだ。

 だが、本人は大真面目な顔をしている(耳まで真っ赤だけど)。

 エミリアは俺の手からクッキーの皿をひったくると、「ふん!」と鼻を鳴らし、顔を真っ赤にしたまま、猛スピードで調理室を走り去ってしまった。


「なんなんだ、アイツは……」

「え、エミリアさん、どうしちゃったんでしょう……?」


 俺とクレアは、あっけにとられて顔を見合わせるしかなかった。

 ヒロインってのは、どいつもこいつも面倒くさい生き物らしい。


 ◇


 そんな日々が数日続いたある日のこと。

 学園内で再び、原因不明の魔法暴走事件が頻発し始めた。

 

 今度は、以前の魔導生物脱走のような大規模なものではない。

 特定の生徒を狙ったかのような、小規模だが悪質な事件が多い。

 実験室の魔法薬が突然爆発して生徒が怪我をしたり、訓練用の魔法人形が暴走して襲い掛かってきたり。


 俺は、学園内に潜む、新たな脅威の存在を漠然と感じ取り、眉をひそめる。

 どうやらこの学園は、俺が思っている以上に、厄介な秘密を抱え込んでいるらしい。


 ◇◇◇

 

 その頃、風紀委員会室ではエミリアがイオリの行動記録を眺めてはため息をつき、保健室ではクレアがイオリのために効果不明の回復魔法陣を描き続け、生徒会室ではリュシアがイオリのデータファイルを複雑な表情で見つめていた。


 それぞれの想いが、知らず知らずのうちに、如月イオリという異端な存在を中心に、交錯し始めていた。

 この魔法至上主義の学園で起こる波乱は、まだ始まったばかりだった。

 

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