#6 舞香の隠していた秘密の日記
遠征合宿の前日、優太は桜子の部屋で荷造りをしていた。リュックに必要なものを詰め込み、最後に天体望遠鏡を背負う。
準備万端、あとは明日を待つばかりだ。窓の外では、夕焼け空が茜色に染まり始めていた。部屋の中には、荷造りのために広げられたものが散らかり、少しばかり生活感が増していた。
桜子の部屋は、彼女の好きなキャラクターグッズや本で溢れており、優太は自分がここにいることの不思議さを改めて感じる。壁には、桜子が子供の頃に描いた絵や、家族との写真が飾られている。その一つ一つが、桜子の生きてきた証のようだった。
――なんだか、落ち着かないな……
優太は、明日からの遠征合宿のことを考えていた。天体部のメンバーと星空の下で過ごすのは、きっと楽しいだろう。しかし、それ以上に、桜子のことが気になっていた。桜子は、一体どこで何をしているのだろうか。
ふと、部屋に入ってきた舞香が深刻そうな顔をしていることに気がついた。いつもなら、「なんか漫画貸してー」なんて、ずかずかと部屋に押し入って勝手に漁るのに、今日は優太の様子を伺うように部屋の入口で止まった。
舞香は、何かを決意したように真っ直ぐ優太を見つめていた。その表情は、普段の無邪気な笑顔とはかけ離れた、真剣そのものだ。
「舞香、どうかしたの? そんなに難しい顔して」
「……お姉ちゃんに、話しておかなきゃいけないことがあるの」
舞香はそう言うと、少し躊躇いがちに鞄から一冊のノートを取り出した。それは使い込まれた、少し古びたノートだった。表紙には、部屋の壁にも貼ってあるキャラクターのシールが貼られている。舞香は、そのノートを両手でしっかりと握りしめていた。その指先は、少しだけ震えていた。
「これ……お姉ちゃんの日記なの。無いの気が付かなかった?」
「日記? なんで、舞香が持ってるの? 最近、学校忙しくなって忘れてたよ」
優太がそう言うと、舞香は一瞬、眉をひそめたがそのまま話を続けた。
「うん……。実は、私、この日記を隠し持ってたんだ」
舞香はそう言って、日記を優太に手渡した。その手は少し震えている。
「読んでみて」
優太は日記を受け取り、ページをめくった。そこには、桜子の文字で綴られた日記が書かれていた。丁寧に、けれどどこか切羽詰まったような文字が並んでいる。行間からは、桜子の心の揺れ動きが伝わってくるようだった。優太は、日記の一行一行を、まるで自分の過去を辿るかのように慎重に読み進めていった。
――俺が、桜子さんの父親……?
日記によれば、優太は桜子の実の父親であり、桜子が優太に乗り移ることで、優太と桜子の母が結婚せずに桜子を産むことになった原因を解決しようとしていた。優太は日記を握りしめ、言葉を失った。頭の中が真っ白になり、思考が停止したようだった。まるで、目の前の光景が現実ではないかのように感じられた。優太は、日記に書かれた事実を、まるで他人事のように感じていた。
――そんな……まさか……
優太は日記を読み終え、呆然と立ち尽くした。舞香は心配そうに優太を見つめている。部屋には、静寂が広がり、時計の秒針の音がやけに大きく聞こえる。部屋の中に長く落ちる茜色の影は、優太の心を洗うように照らしている。
――きっとこのままぼんやりと生きていたらダメなんだ。
「……お姉ちゃん。どうしても優太さんとお母さんに結婚して欲しいの? 私は嫌だよ。だって、私生まれ無くなっちゃうもん」
舞香は、ぽつりと呟いた。その声は、震えていた。舞香は、桜子の過去を変えようとする行動に、強い不安を感じていた。もし、過去が変わってしまえば、自分自身も変わってしまうかもしれない。もしかしたら、存在しなくなってしまうかもしれない。そんな恐怖が、舞香の心を支配していた。
「舞香……」
優太は、舞香の言葉に何も答えることができなかった。優太自身も、桜子の行動に戸惑いを隠せなかった。桜子は、一体何を考えているのだろうか。過去を変えることで、何を得ようとしているのだろうか。
桜子の真意を知りたいと強く願った。優太はどうすることで、桜子の願いを叶えられるのか、桜子の願いを叶えることは舞香や優太にとって良いことなのか。きっと答えは、優太がどんなに考えても出てこない。