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#4 定期テストは突然に?

「マジでヤバい……」


 試しにと解いた予想問題集は50点中20点だった。いつもクラストップだった中倉桜子の点数はいつも、45~50点。赤点は平均点の半分以下で大体いつも30点。まぁ、調子が悪かったとごまかせるボーダー点は42点位だろうか。絶望感に苛まれて机に突っ伏してると、一人のクラスメイトがアキと談笑していた。


 訝しげにこちらを見ながら。


 なんかあるなら直接言えよ。と言ってやる気力も失い、現実逃避に突っ伏した姿勢のまま優太は瞳を閉じようとした。


「ちょっと! 寝てる場合じゃないでしょ!?」


 アキに教科書で頭をはたかれて、渋々と姿勢を起こす。


 隣にいる、高長身、8等身のクール系美女がじっと優太を見つめる。最近の女子高生はもれなく発育がいいのか? と勘違いするほど、桜子の身体を含めて乳がデカい。胸の上でカーブを描いた長い髪が、ツヤツヤと輝いている。若いって素晴らしいな、と観察していると、あまりの距離の近さに彼女の髪が優太の頬を撫でた。優太は自分が美少女に変わった恩恵を直に感じながら、ムフフ……とにんまりしている。

アキは、こちらを一瞥するとさり気なく優太から彼女を遠ざけた。


 ――何もしないって……


 ムフフ……と笑っていたことは棚に上げて、アキに言い訳じみた視線を送る。


「中倉さんでも、そんな点数とるんだ……」


「いやぁ……授業を真面目に聞いてるタイプじゃないからね……直前に本気出すタイプ!」


 あたふたしながら、何とか取り繕うと彼女は腹を抱えて笑った。


「えー! 意外! うちらと一緒じゃん」


「うちらは結果が伴わないけどね」


「そんなこと言ってー! 蘭は点数いいじゃん」


「中倉さんほどじゃないけどね」


 そう謙遜すると、蘭は優太の回答用紙を手に取った。


「蘭ちゃんはスポーツもやってるんだよね? エースで勉強も出来てすごいよ」


 文武両道で容姿にも優れていて……まるで前の自分と間反対だ。


「まぁ、ね……ここ。円周はπr?じゃなくて、2πrだよ。うっかりミスみたいなもんじゃない? ここだって、公式が覚えてないってより、ごっちゃになってるって感じ……」


 ぶつぶつと言いながら色々と教えてくれた。


 優太は、地元で二番目の高校を卒業していたので、ブランクはあるものの、そこそこ点数は取れるであろうと考えていた。のに、この有様。


 ――だって、この学校進学校ではないみたいだし……


 全く歯の立たない自分に苛立ちと、過去、頑張った時間の虚しさを感じた。


 それでも才色兼備少女のおかげか、この数分の指導のおかげで、何とかなりそうな仕上がりにはなりそうだ。


「それで、ここの語呂合わせはー……さすってこすって+こすってさすってで……」


「コスモス咲いた派じゃないんだ。蘭ちゃんの口からそんな言葉が出るなんて……」


 流石、高校生が打ち解け合うのには数時間で充分のようで、テスト範囲の数学をみっちりと教えて貰い、日が落ちる頃にはすっかり仲良くなっていた。以前の達成感のまるでないタスクに比べて、学校の勉強というのは少しずつ解けるようになっていく実感があって良い。学生の頃は惰性でやっていた感じがあったが、もっと頑張れば良かったと少し後悔の念が沸いた。



「いやー……本当に助かりました」


 帰り道、優太が軽く頭を下げると、「折角仲良くなったのに、他人行儀なんだから」と蘭は口を尖らせた。


 アニメ、漫画、SNS等々の他愛ない話にジェネレーションギャップを感じながらも優太が、何とか食らいついて話を合わせていると駅前に着いた。


 駅前は割と栄えている様子で、その中からタピオカミルクティーを三人分購入して二人に渡す。


 ――蘭ちゃんの分は今日のお礼で……アキの分は、今後も助けて貰うための布石だな。


「えー悪いよ……」


「いやいや。今日のお礼ってことで」


「私は何もしてないけど、ご馳走様です!」


「アキはまぁ……ついでにってことで」


 “今後もよろしく”とアキに優太は念を送る。


「ありがとう」


 と嬉しそうに二人は飲み物を口に含んだ。駅のロータリーの中央にある噴水を囲むベンチでドラマや漫画の話になる。アキのおかげで何とか国民的アニメの話に終着して助かった。と優太は胸をなでおろした。


「じゃあ、また学校で!」


 と二人と別れた直後、アキが戻ってきて


「帰ったら、メール見てね」


 と言い残し去って行った。何か今日の行いに文句のありそうな目をして……


 ――上手くやったと思ったのに……


 中々女子高生というのは難しいようだ。家に帰ると、良くない言動と改善についてびっしりと書かれた、巻物ばりの長さのメッセージに思わずため息をついた。


 ――キビシッ



 真上に登った太陽に、そろそろ本格的な夏を感じる頃、ついに期末テストが二週間前に迫っていた。蘭のお陰で少しずつは予想問題集の正答率が伸びているが、桜子の成績を鑑みるとまだ少し点数が足りない。駅ビルのフードコートで間違えた回答を見ながらうーん……と唸り声を上げる。図書館とは違い周りがざわついているせいか、優太の奇声は誰に聞かれる事もなく消えていった。


「変な声を上げたって点数は伸びないぞー」


 ――くそっ。ポテトに夢中だった癖に聞こえてたか。


 ……アキと蘭の耳には入っていたようだ。


 二人はクスクスと笑いながら、ポテトをパクついている。反対の手に持った英単語帳は赤シートで伏せられたまま、かれこれ一時間以上経っている。余裕のあるやつは楽しそうでいいなと優太はテーブルの真ん中に置かれた無くなりかけのポテトを頬張った。


「前も言ったけど、桜子ってそんな感じだったんだー。 ひょっとしたら、私よりもテスト前に命かけてるかもね」


 ポテトをスムージーに浸しながらのんびりした声で蘭は言った。


「ひょっとし無くてもそうだよー」


 絶望的な表情の優太に蘭とアキはニヤニヤしながら自分のカバンを漁る。キャラクターの可愛いファイルをそれぞれ取り出し、机の上に勢いよく出した。


「見てください! 桜子さん! 桜子さんはこの秘伝の書は欲しいかな?」


「なんと! こちら、“ここテストに出るぞー”集です! 真面目に授業を聞いていた私、アキが教科書にマーカーを引いていましたので!」


「私蘭が、マーカーの箇所を穴埋め問題集にしました。欲しいでしょうか?」


 ゴクリと唾を飲み込む。正直、喉から手が出るほど欲しい代物だ。ただ、この世の中の基本は等価交換だ。自身の学生時代を思い出して考えると、学生の頃も社会と同じようだったと思う。優太は自分が学生だった時に欲しかったものを思い出す。


「超欲しい。……けど、お返し出来るの無いよ……」


 唸り声をあげていると、蘭はもじもじと恥ずかしそうに優太を見つめる。鼻の下が伸びかける優太をアキが視線で窘めた。


「……そのイラスト……欲しい」


 優太の参考書に栞代わり挟まれたアニメキャラのイラストメモを蘭は指さした。


「これで良いの?」


「うん。それがいい。そのキャラ好きなんだよね。でも全然グッズ無いから」


 優太は、栞をまじまじと見つめた。勉強の息抜きにサッと書いたもので、お世辞にも高クオリティーとは言い難い。


「これ、適当に書いたラクガキだから、もっとちゃんとしたものを……テスト終わったら渡すね。栞で良い?」


「本当? ありがとう。楽しみ!」


 蘭は満足そうに微笑んだ。隣で、水で薄まったソフトドリンクをつまらなそうに飲んでいるアキが口を尖らせる。


「すっかり仲良しになってー……ずるーい!」


「アキには、最近お世話になりっぱなしだからな・・・・・・」


「お世話って?」


 蘭が不思議そうに、優太を見る。アキは変わらす足をバタバタとしながらも、優太の動向を気に掛けていた。


 優太は、残りのバーガーを口に運びながら小さく呟く。


「……最近、物忘れが激しくって」


 蘭は特にリアクションをせずに新しく運ばれたポテトを頬張って炭酸で流し込んだ。


「確かにこの間、移動教室に向かう途中迷子になってたね」


「そう。場所忘れたんだよね」


「ふーん。まぁ、勉強疲れだな。それは。最近寝てないでしょ? 隈酷いもん。……で、アキは何を所望するの?」


「・・・・・・レポート課題の代行」


「うわっ!! 激重じゃん。こんな、簡単に作った奴で、求めるなんて・・・・・・悪だね」


 蘭は笑いながら、流石に非道だって……と言っていた。レポートの代行の重みを久しぶりに実感する。


――会社勤め経験からするとさほど大変なものでもないんだよなぁ……


「まかせなさい」


 優太が、短くそう答えると蘭は引き気味でアキと優太を見た。アキはしてやったりの顔で 優太を見ながら、勝利のポテトを頬張った。 優太が蘭とアキから貰った問題集を丁寧にカバンに詰める所を二人は可笑しそうに笑っていた。



ついにテスト返却の日がやって来た。


 教室のドアを開けると、いつも以上に朝からザワザワとしており、「赤点じゃありませんように……」と神頼みをする生徒の声が聞こえて来る。要らないプリントでそれらしい短冊を作り鉛筆に貼り付けてスマホからシャンシャンと鈴の音を鳴らして……本格的に乞うている姿は、馬鹿らしく、懐かしく、微笑ましい。


 優太は平然を装って自席に着くと、隣の席の男に声をかけられる。


「やっぱり、中倉さんは余裕?」


「いやっ? 今回難しかったから……ドキドキしてる。今まで取ったこと無い点数とっちゃうかも……」


「中間テストやばかったんだよ、俺。だから期末が赤点だったら、成績赤点確定なんだ……まじで、補講、再試だけは勘弁……中倉さんに難しかったとか言われたら……もう終わりだよ……」


 男子生徒は項垂れてしょんぼりとしている。窓の外を見ると愉快に小鳥がさえずっていた。とりあえず「大丈夫だよきっと」と声をかけてしばらく小鳥を眺めていた。


 先生が教室に入ってくると、教室内のざわめきはぴたりと止まり、全員が注目した。先生は試験の結果が入った封筒を手に持っており、ゆっくりと教壇に立った。


「それでは、テストを返却します。名前を呼ばれたら前に来て受け取ってください。」


 一人一人名前が呼ばれ、テストが返却されていく。


 優太の名前が呼ばれると、心臓が高鳴り、足が少し震えた。


「学年一位! おめでとう!」


 そう先生が言うと、クラスメイトがパラパラと拍手を始めた。


 ――セーフ……まじで、蘭のおかげだな……


 人知れずほっと胸をなでおろした。


 席に着くと、隣の男子生徒が顔面蒼白で自分のテスト用紙を見ている。


「あ……終わった」


「最後に! 今回の平均点は30点でした。15点以下の人は放課後、職員室に来るように」


 と先生の声が響いていた。



 結局、返された全てのテストで何とか上位に食い込み、その点数に誰かが違和感を覚えることは無かった。無難に乗り切れた安堵感で、だらっと机に伏せる。


 帰りのホームルーム後、アキと蘭とテストの難しかった所の話や、そこから転じて噂話、ドラマの話等々に花を咲かせていた。他の生徒はそくささと帰って次のテストに向けた対策をしている所を見ると、アキも点数に余裕があるらしい。


 アキと話すようになった最初の頃は、ややおかしな言動があったようで、帰宅後にアキから巻物メッセージを貰うことや、会話中にこちらに睨みを利かせている様子などが見受けられたが、最近は言動をジャッジすることに集中している様子もなく会話に加わっている。


「ってか、桜子ってさぁー……喋るとそんな感じなんだね。もっと早く気付けば良かった。学校ででんじゃらすじーさんの話出来るなんて思わなかった」


「私も、蘭と趣味が合うって意外って思うかも」


「ねー」


「ってか、アキと前から仲良かったっけ?」


 ――おっと……この流れはまずいか?


 ジワリと汗が流れるのを感じた。急に口の中の水分が無くなったような気がして何とか無難な答えを探そうと優太は思考を巡らせた。


「めっちゃ意外だったんだけど、桜子がサボろうとしてる所見かけて、それで私もサボりたかったから一緒に遊んだ感じ」


 アキがさらりとそんなことを言い、蘭が「へー。桜子にもサボりたいとかあるんだ」と呟いた。


「まぁ、行っても……ねぇ? みたいなスケジュールだったしね」


「言えてる!」


 三人しかいない教室で思いっきり笑い声をあげる。


 ――アキ、ナイス!


「折角テスト終わって、一息かと思ったら、明日からまた部活三昧だよー」


 トホホ……と机に伏せた優太の背中にのしかかる。優太は、たわわな乳を背中で感じて少し頬が緩んだ。


 ――弾力……すげぇ……


「ゴホンッ」


 アキが優太をギロリと睨んだ。


 やんわりと蘭を?がすと、アキはわざとらしい笑顔を見せる。


 ――分かってるって……


「この後、カラオケ行かない?」


 アキの提案に蘭と僕が快諾し、帰り支度を始めていると、ガラッと勢いよく教室の扉が開いた。


「間に合ったー」


 肩を上下させ、勢い良く教室のドアを開けたのは、隣に座っていた成績がヤバめの生徒だった。後ろからもう一人の男子生徒がのんびりと歩いてくる。


「なに?」


 アキがやや怪訝そうな顔で見る。蘭はちらりと男子生徒二人をみるとまた支度を始めた。男子よりも、カラオケのことで頭がいっぱいの様子だ。いつも、部活で忙しいので、たまの交友が楽しみなのだろう。


 アキの情報によると、桜子は物静かで、誰かと特別仲が良かったという風では無かったという。ここは、当たらず触らずの態度が相応しいだろう。夕方の強い日差しが教室を照らして眩しく降り注ぐ中、冷めた気持ちで周りを見渡していた。


 ――あの時も、もっと俯瞰できてれば、苦しく無かったのかも知れないな。


 中倉優太としての身体は今、どうなっているのだろう。


 遠くへ行きかけた思考を教室へ戻す。 


 クラスメイトの名前は、先日に駅前のマックでみっちりと覚えさせられた。過去に一度覚えたことのある英単語を覚えるより、こちらの方が苦労した。


 ――もう完璧に覚えた。


 最初に教室のドアを開けた生徒が、藤沢健吾バカでその後優雅に入って来た生徒が高山春樹(秀才)だ。高山の方とは委員会が一緒なので、何度か会話をした事がありそうだ。


「知っての通り、健吾はバカだろ? さっき、呼び出しをくらって……次の再試験で35点以上取らないと、留年なんだってー」


 高山は茶化すような、面白がっているような口調だが、当人である藤沢は半べそをかきながら顔を青くしている。


「助けて下さい……」


 手をすり合わせ、僕に向かって懇願している。


 ――悪いな。僕もかなりギリギリの所で戦っていたんだ。人に教えるような能力は持ち合わせていない。……いや、待てよ? 蘭とアキからもらった問題集を渡す位なら出来るか……


「高山が教えたら?」


 差し出すべきか、考えあぐねていると蘭が、ややぶっきらぼうに言った。体は、完全にドアを向いていて、早くカラオケに行きたいことがありありと分かる。


「俺は、勉強しなくても出来る口だから。ってか、授業聞いてるのに点数取れないなんて……ねぇ?」


 ――声が聞えた全生徒のヘイトを買ったことに気がつかない高山は、藤沢にしたり顔で説教をかましている。


「テスト範囲をまとめた穴埋めのプリントを蘭とアキが作ってたから、それで良ければ……」


プリントを藤沢に手渡す。


「まじで、ありがとうございます……っておい! 取んなよ! お前もういらんだろ!」


 アキが、藤沢からプリントを取り上げ、ニヤニヤとしている。


「藤沢ってさー、SFとか好きだよね? 有り得ないことが起こったー!? みたいな感じの」


「好きだけど……それと、神の助けを奪われていることに何の関係が?」


「協力してくれるんなら、これ渡してもいいよ」


 五人で仲良くカラオケ店に入っていった。各々好きなドリンクを選び、ワイワイとやる姿はおじさんには眩しすぎる。


 ――若いっていいなぁ


 ?気にアイスコーヒーを啜っていると、アキが三人に向かって何やらノートを広げた。


「デンモク入れてる所悪いんだけど。ちょっと、聞いて欲しいことがあって……桜子のことなんだけど、みんなもさぁ、最近、なんかおかしいな? みたいなの、感じなかった?」


 何となく言葉を選びながらアキが口を開く。ワイワイとしていた雰囲気が、締まるのを感じた。

アキは、チラリと優太の方を見る。


優太は、アイスコーヒーを一気に飲み干した。


「……今からいうことってさ、本当に?みたいな話で、もしかしたら、“バカにされてる?”って感じるかもしれないし、冗談とも思えるかもしれないんだけどさ……」


  四人の視線を一気に浴びると、プレゼンさながらの緊張感だ。


「自分の記憶の中で順序立てると、僕の中にはっきりとある記憶は桜子さんのものではなくて、元々、中倉優太っていう、使えないサラリーマンで、ヤケ酒飲んで、目覚めたらここに桜子さんとして居たってっていうか……わけわかんない説明だと思うけど」


 しどろもどろに説明をすると、隣でジュースをゴクリと飲む音がした。隣のアキも僕と同じように緊張をしていると思うと何だか心強い。自分よりずっと年下の女の子に勇気をもらっているのは少し情けない気がするが、それでも嬉しい気持ちもあった。


「で、私もこの話を聞いた時、妄想とか、ちょっと精神的なものかなって思ったの。でも、教えてくれた中倉優太さんの勤め先にお兄ちゃんも働いていて、一応確認しようと思ったら……」


 アキが息を飲んで続けた。


「優太さん二十九歳って言ってたし、お兄ちゃんと年齢近いから分かるかな? って。それで本当に働いているか確認したら……」


 アキは優太以外の三人に印刷物を見せた。三人は えっ? と眉をひそめている。


「優太さんって、二十九歳の記憶が最後なんだよね?」


「うん。そうなんだよ。でもそれだと、空白の期間があるっていうか……僕もスマホを見た時にびっくりした。元号を調べて更に驚いたよ。まさか、令和が終わっているとは……令和すぐ終わるじゃん。って。もし、今生きていたら、五十歳なんだな。僕」


 一同の間に重い沈黙が流れた。説明を聞いていた三人の表情には驚愕と困惑が交じり合っていた。誰もが信じがたい話にどう反応すれば良いのか分からないようだった。


「お兄ちゃんに聞いたら、そんな名前の人が社内報に載ってたって……優太さんが言った通り、五十歳の人だって」


「えっ? 今、中倉優太として生きている人がいるってこと?」


――自分の身体はまだ生きていたんだ。


「藤沢に聞きたいことがあって。藤沢って、SF好きでしょ? 漫画でも、アニメでも小説でも、似た感じの話ない? それってどうやって解決してた? みんなも、何か糸口になりそうなことあったら教えて欲しい」


 アキがそう言うと、うーん……と三人が黙り込む。


「……もしかしてさ、中倉優太さんとして生きてる人、桜子ちゃんだったりしない?」


「だとしたら、困ってるかもしれないね」


 カラオケルームでアイドルの甲高い宣伝のPVが鳴り響く。みんなそれぞれ一生懸命に考えてくれている。


「……でもさぁ、ちょっと思ったんだけど」


 高山はデンモクを操作しながら、優太を見た。


「でも、優太さん中々馴染んでるように見えるし、前の生活より楽しんでるよな? 最初から知ってたアキは別として、蘭ちゃんは今日まで気が付かなかったってことだろ?」


「確かに、最近、忘れっぽいって話を聞いて、確かにって思ったけど。人が変わったなんて思いもしなかったね」


「だろ?」


 アキは、高山が何を言いたいのか分かったようだ。部屋から優太の世代にドンピシャな戦隊シリーズのオープニング曲が流れる。


「俺シリーズ追ってるから」


 それだけを高山は優太に告げると肩を組んで歌いだした。蘭はマラカスをもってリズムをとり、アキは知っている歌だったようで口ずさんでいる。藤沢は全然知らない曲のようだったが、適当に踊っていた。


 “今、困っていなければそれでいい”


 いかにも若者らしい考え方だ。


 今まで大人として頑張って来たのだから、神様がくれた休暇として楽しさを謳歌しよう。


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