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#2 親切な協力者?

 ――ピピピピッ……


 目覚まし時計の音で目を覚ますと、優太は随分と可愛らしいクマのキャラクターがあしらわれたカバーの羽毛布団を被って寝ていた。淡い色の水玉カーテンや、その下の本棚、小物入れ……全ての色合いが、淡くファンシーだ。


 ――ここは何処だ……?


 全く趣味で無い柄の家具、小物に覚えのない間取り。取り敢えず学用品っぽい物が入っている棚から教科書を取り出し名前を確認した。


 ――中倉桜子……苗字一緒なんだ……ってそれどころじゃない。


 自分が、自分で無い事に気が付いた優太は、慌てて体を確かめる。ふと、胸元を抑えるといつもとは違う弾力に気が付く。


 ――でっか……


 リアルな乳なんて初めてだ……なんか、もっと、こう……ふわふわしてると思っていたが、意外とパンッって感じなんだ……。


 部屋をぼーっと眺めていると、学習机に教科書類が積んであるのが目に入る。


 ――この体の人は、学生なのかなぁ……?


 ――あんまり胸、揉んでたらセクハラだったりして!


 寝ぼけ眼で部屋を観察していると、下の階から女性の声が聞こえた。


「いつまで寝てんの! もう、学校の時間よ!」


 どうやら、体の持ち主は学生で声の主は母親のようだ。急いで、クローゼットに掛かっていた制服に着替えて、階段を下りる。


「はーい」


 リビングに入ると上品な服を着た、ふくよかで朗らかな顔立ちの母親と……パリッとしたスーツの似合う長身のイケオジの父、ウェーブがかった長髪を片手でクルクルとしている妹がカリカリのトーストを頬張っている。


「コーンスープとクラムチャウダーどっちにする?」


 母が、電子レンジの上の棚から粉末のストックを漁って尋ねてくる。父は、流れるニュースをちらりと見ながら、トーストをコンポタージュに浸けて頬張っている向かいの妹にぶつくさと小言を言っている。


「あんまり遅く帰ってくると、このニュースみたいになる事もあるんだ。門限は守るように。……この間破っただろ。駄目なんだからな」


「こないだのはー、電車が遅延したんだって言ったじゃん。基本的には守ってるでしょ? 一回のことでねちねち言って……マジウザいんですけどー!」


「なっ! 遅延だろうが、暗くなれば、悪いやつが来るんだ! 心配しているから言ってるんだぞ! 第一、舞香は……」


 小言が止まらない父親に対して、舞香はわざとらしく耳を手でパタパタとさせながら『いってきまーす』と缶バッチとでがいぬいぐるみのやたら付いたカバンを持って出て行ってしまった。


そんな様子をぼんやりと眺めながら、パンにクラムチャウダーを浸す。


「桜子も早く食べちゃいなさい。遅刻するわよ」


 そう母に言われて、急いで残りを口に放り込み、『ごちそうさまでした!』と勢いよく家を出た。



 優太は、学校がどこにあるのかも分からず、近所の公園で自分と同じ制服が通るのを待ちながら、ブランコで意味もなく足をぶらつかせていた。


 SNSでも見れば桜子の通っている学校、性格や学校でのポジション等の情報が分かるだろうと、桜子の部屋にあった、スマートフォンの電源を入れる。


 ――スマホ、パスワードあるか……まぁ、そりゃそうだよな……スマホで制服を検索すれば一発で場所なんて分かるというのに……パスワード開いたりしねぇかなぁ……


 無駄な足掻きで、適当な四桁を何回か押して、長時間のロックになった所で諦めた。はぁ……とため息をついて、ふと外を見ると同じ制服の、同じ赤色のタイを身に着けている女子生徒がこちらへ向かって来た。


「中倉さん……?」


 低めの身長に、健康的な肌色、小さく主張の少ない鼻の彼女は小動物のような可愛いらしい容姿だ。家を出る前に姿見で確認した桜子の姿より幼く見えて、優太は、桜子は一体何歳なんだと混乱する。この生徒との関係値もイマイチ分からず、どういう雰囲気で返答をしていいか迷った。


 一瞬の気まずい空気が流れ、座っていたブランコが軋む音が聞こえる。


「あっ……おはよう」


「何してるの? 遅刻しちゃうよ?」


「まぁ、そういうのもありかな? って……」


「なにそれー。中倉さんってそんなキャラだった?」


 右胸についた小さなプラバンがキラリと光った。優太は、胸のそれを確認すると、名前が彫られていた。


 ――この人の名前分かるかも……?


「ちょっとーどこ見てんのさ!」


 女子生徒は、ぷくっと頬を膨らませ、睨みつける真似をした。サラリーマンや学生が忙しなく目的地に向かっている中、ここだけがゆったりとした世界の様に感じる。少女は、隣のブランコに腰を下ろし柔らかな笑みで微笑んだ。


「もー。名前? 須藤アキだよ。クラスメイトの名前位、覚えといてよね! ……まぁ、絡みなかったから無理ないけど」


「アキちゃん? えー? 流石に苗字は分かってたよ。須藤さんっていつも呼んでたから……でも、名前をど忘れしちゃって……」


 何となくで、曖昧に返事をしながら、彼女が学校へ向かい出したのを見て付いて行く。


「桜子さんって、勉強!って感じだと思ってたから、こんな時間に会うの新鮮」


 そんな言葉に軽く愛想笑いをして、優太は今後のプランについて無い知恵を絞る。


住宅街を縫うような道順は、しっかりと覚えようとしなければ覚えられない様な複雑さがあったが、この際、それはどうでもいい。まぁ、放課後の自分に頑張って貰うとしよう。


 今はとにかく、“中倉桜子”の情報を集める必要がある。もし、彼女として生活をするのならば、彼女が戻って来た時のために、周囲の人間に違和感を覚えさせないように生活をする必要がある。と優太は会ったことも無い桜子のことを考えていた。誰かに優しく出来るというのは、メリットでもデメリットでもある。これは優太自身も気がついていることだ。


 ――須藤アキか……。誰かに、自分の状況を知って貰った方が、今後のためだよね?


 たいして仲良くも無かった同級生のおかしな様子をみて声を掛けてくれた所を見るとお人好しな感じもあり、自然と名前を教えてくれたりと、気の使える一面もあった。彼女なら、「中身は桜子さんじゃなくて、おっさんなんだ」だとか、変なことを言っても面白がって聞いてくれるかもしれない。


 学校へ向かう須藤アキの足取りには軽やかさがあり、黙っていても気まずい空気感にならないように振る舞ってくれている。


何とかICカードの在処を確認し、改札をくぐる。


 ざわざわと声が聞こえる電車の中、優太は、世間話位はしない方が不自然なのかもしれないと話題を探して広告を見ていると、アキが喋りだした。


「中倉さんって何部?」


「――覚えていない……って言ったら? ヤバいやつって思う?」


 ――協力者になって貰うなら今だ。


 しばらく沈黙が続く。アキはぼんやりと景色を眺めている。


 ガタン、ゴトンと電車が目的地に向かって進んで行く。何も言い出せないまま改札をくぐって、二人は校舎へと歩みだす。


「私と一緒にサボる?」


「えっ?」


「なんか私に用がある感じ? 喋ろうとしては辞めてって感じで……ちょっと聞かないのはキモいかも? 的な。学校付近だと、制服でバレるから……ちょっと遠くいってもいい?」


「――もしかして、常習犯?」


 優太がそう問うと、アキはにんまりと笑って慣れた様子で校舎裏のバス停に停まっていた市営バスに乗車した。


バスの運転手が、「またぁー……」と苦笑いすると、へへへっと笑って一番後ろの席に着く。片手で隣の座席をポンポンと叩くアキに着席を促された優太は、誰もいないバスの中で、母親のフリをして欠席の連絡を入れた。


「初めてだよ……こんな……不良みたい」


 優太としての人生を振り返っても、真面目な生徒であったためサボりはしたことは無い。適度に休むというのも勇気がいることなんだと改めて実感した。バスの運転手は気を使ったのか行き先を告げることなく静かに走る。


 結局誰も乗車しないまま終点に着いた。


家を出て学校へ向かっている景色ではそこそこの都会のように思えたが、まさかこんな景色の良い開けた場所に着くとは。と優太は昨日まで自分の住んでいた東京の景色を思った。


さざ波の音と潮風に開襟シャツの裾が揺らめく。終点にあった寂れた自販機で買った炭酸飲料を彼女に手渡し、堤防に腰かけた。


「――で、どうしたの? やっぱり、なんかちょっと変っていうか……」


「元々、そんなに仲良くはなかったんでしょ? 様子がおかしいとかって分かるんだ」


「いや、まぁ、そうだけど……一応クラスメイトではあるからさ、あからさまに様子が変だとやっぱり、気が付くよ」


「まぁ、それもそっか。変だよね? やっぱり。自分でも、変な事だって分かるからさぁ……でも、今から話すことは真面目に話してるから。それだけは分かって欲しい」


 そうくどいくらい前置きをして、優太はアキに話を始めた。


 桜子の身体を使って動いているのは、“中倉優太”という二十九歳のブラック企業勤務社員という事。少し嫌な事があり、酒に浸って寝て起きたら、この体だった事。ここは何処か、体の持ち主はどんな人だったのかもよく分かっていない事。その他諸々を全て話終わった後最後に、「妄言だって思う? 僕もそう思うよ」と優太は付け加えた。


「変な話だとは思うね。でも、嘘をついている気はしない。なんでか分からないけど」


 そう言って“中倉桜子”の基本データと所在地等を丁寧に教えてくれた。


「ってかさー……スマホのパスワード、知らない? これ開いたら、滅茶苦茶便利なんだけど」


「他人のパスワードなんて、知る訳ないって。パスワードかぁ……誕生日だったりして! ちょっと待ってて……」


 クラスラインから個人のプロフィールに飛んで誕生日を確認すると、予想は当たっていたようで、パスワードが開いた。画面が知らせた日付は20xx年。


 ――未来?


 ともかく、やっとこの電子板が役に立ちそうだ。小さくガッツポーズをとっていると、不意にアキが呟いた。


「私から質問していい? “中倉優太”さんって、スケベ?」


「はぁ?」


 優太が声を上げるとアキは汚物を見るような目で優太を見つめる。


「さっき、エロおやじみたいに私をみたでしょ!」


「いや、違うって! 名札見ようとしただけ! ほんとだから!」


「よろしくね? お兄さん? これからは、アキって呼んでね!」


 意地悪そうに微笑んだアキの笑みに一体どんな裏が隠されているのだろうか?



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