40 薬師として ②
リディアスがシモンズを見つけて伝言してくれていたから、彼とは食堂で合流することができた。事情を話して、東の辺境伯から食堂の窯を借りる許可をもらわねばと思っていると、エレスティーナ様が現れた。
「ミリル、あなたはこんな所で何をしているの? 隣国が小競り合いを始めたというのに、呑気に食事でもするつもりなの?」
棘のある言い方だったが、これくらいのことを気にしている場合でもない。
「そのようなつもりはございません。薬が足りなくなってはいけませんので、今から用意しておこうと思ったのです」
「そう。それならいいわ」
エレスティーナ様は満足したように頷くと、私に命令する。
「ミリル、薬を作ると言うのなら、私の使っている小屋を使いなさい」
「小屋ですか?」
「ええ、そうよ」
詳しい話を聞いてみると、東の辺境伯がエレスティーナ様のために、薬草を作るための小屋を建てたのだそうで、そこを貸してくれると言うのだ。背に腹は代えられない。エレスティーナ様のために建てられたものなら、内部の環境も薬を作るための道具も整っているはず。薬草はそこに行く前に仕入れれば良いので、私はその申し出を受けることにした。
シモンズにはこのことをお父様たちに伝えてもらうようにお願いし、エレスティーナ様や彼女の護衛たちと一緒にすぐ近くにある小屋に向かった。
簡易で建てられたものだと聞いていたが、やはり王女が使う場所だということで、小屋と言うよりかは家だった。エレスティーナ様にしてみれば、平民の一家が住むような家は小屋扱いなのだろう。
「何を作るつもりかわからないけれど、中にあるものは全て使っていいわよ。薬草もあるから好きなようにどうぞ」
「ありがとうございます。使った薬草などのお金は後から請求していただけますか?」
「今回はかまわないわ。そのかわり、あなたが作っている所を見せてちょうだい」
「承知いたしました」
私がただ作ったのでは、かなり良い品質のものができてしまう。そうならないように、後から来てくれたシモンズを私の助手に任命した。こうなると思っていたから、薬草を書くのに少しだけ時間をかけたのだ。
「東の辺境伯から話を聞いたが、コニファー女史の作った薬は重症者に使うらしい。軽症者にはロードブル王国の王女と、今回ミリルが持ってきた薬で何とかなりそうだってよ。だが、在庫がなくなる可能性があるから、ミリルがここで作ってくれるならありがたいと、東の辺境伯が言ってたぞ」
「それなら良かった。勝手な真似をするなと言われてもおかしくないからね」
私は腕まくりをして、シモンズに続ける。
「あなたに協力してほしいの」
「何をすればいい?」
「私が得意なのは飲み薬なの。必要な分量を鍋の中に入れるから、シモンズは満遍なく中身をかきまぜてほしい」
「わかった」
私だけが作れば質の良い薬ができるが、シモンズが手伝ってくれれば、リディアスの時のように効果が薄まるはずだ。私とシモンズが忙しなく動いていると、様子を見守っていた、エレスティーナ様が話しかけてくる。
「ミリル、ケガをしているのは他国の人間でしょう? それなのに、どうしてあなたはそんなに必死になって薬を作ろうとするの?」
私にしてみれば、そんなことは聞かなくてもわかる答えだ。だけど、エレスティーナ様は王女だから、一般の人と感覚が違うのかもしれない。
「他国の人間であれ、人の命の重みや大切さは同じです」
「そんな綺麗事は聞きたくない。あなたはリディアスが心配じゃないの? 彼は危険な場所にいるかもしれないのに!」
「薬師が薬を作るのは当たり前のことです。それに、私はリディアスや父たちが無事でいることを信じています」
「あなたのやっていることは、自分や自国には何のメリットもないのよ? それなのに、どうして薬を作ることを優先するの?」
「……では、エレスティーナ殿下はなぜこちらにいらっしゃるのですか? 話し合いで解決させようとするのであれば、こちらにいるより、少しでも現場に近い場所にいたほうが良いのではないでしょうか」
他国の王女だから安全圏にいると言われればそれまでだけど、それなら、自分の国にいればいい。
言い返す言葉が見つからないのか、エレスティーナ様は唇を噛んで私を睨みつけた。




