32 揺れる乙女心
コニファー先生が作った美容に良い薬草茶は、シイちゃんのおかげで見た目は悪いけれど、紅茶の味になっていた。今回はお茶会の予定だったので、紅茶の味に合わせてくれたみたいだ。
「午後のお茶が美容に良いなんて素敵ですわね」
薬草茶会を終えた帰りの場所で、一段と美しくなった、ルワナ様が笑顔で話しかけてきた。
「そうですね。こんなにツヤツヤになるとは思っていませんでした」
私の肌もツルツルで何度触れても気持ち良い。リディアスにも今の私を見てほしかったかも。
なんて、私的には珍しい乙女心が湧き上がってきた時、パトリック様が話しかけてきた。
「ミリル嬢やコニファー様は今まで、そういう薬を作ろうとは思わなかったのかい?」
「……そうですね。私は美容と薬は違うものだと思っていました。コニファー先生はお医者様にはなれないけれど、人の命を救える人になりたいと思って薬師になったそうですから、美容のほうには力をかけなかったんだと思います」
「君は若いんだから、そういうのに興味があったんじゃないの?」
「綺麗になりたいと思ったことはありましたが、美容に良い薬を作ろうと思うことはありませんでした。それよりも人の痛みや苦しみを少しでもなくす薬が作りたいと思っていました」
本当は自分の身を守るためだった。だけど、コニファー先生と薬を作っていくうちに、人を救いたい。そんな気持ちのほうが強くなった。コニファー先生が薬草学の先生になってくれたから芽生えた気持ちだし、コニファー先生に出会わせてくれた騎士隊長のシロウズには本当に感謝だわ。
はっきりと答えた私を見て、パトリック様は満足そうに微笑んだ。
「そうなんだね」
「どうかしましたか?」
「いや。君はやはりふさわしい。あの男には君の本当の良さがわからないだろう」
「え? 私の良さ? 何の話ですか?」
「気にしなくていいよ。今日は機会をくれて本当にありがとう」
パトリック様が私の手を取ろうとしてきたので、私が手を動かそうとした時、素早くルワナ様が私の手を掴んだ。
「ミリル様、今日は本当にありがとうございました。とても素敵な経験ができましたわ」
「それなら良かったです!」
手と手を取って笑いあう私たちを見ながら、パトリック様は伸ばしていた手をゆっくりと引っ込めたのを、私は見逃さなかった。
その日の夜、旅行の時に知り合ったノーラさんから手紙が届いた。
最初に書かれていたのは私が元気にしているか、ノーラさんの現状などだった。会いたいなぁという気持ちになりながら読み進めていくうちに、彼女が手紙をくれた本当の理由がわかった。
どうやら、私に関わっていない人にしか流されていない噂話があるらしい。ノーラさんの場合は、研究所の人には私との関係を伝えていたけれど、薬師に興味のない友人には伝えていなかった。そのおかげで噂を聞くことができたということ。絶対にありえない話だから、一応書いておくという前置きのあとに噂話の内容が書かれていた。
それは、リディアスがロードブル王国の王女、エレスティーナ様と恋仲になっているというものだった。
「どういうことよ!」
手紙を握り締めて叫ぶと、机の上に置いていたシイちゃんが『ドウシタノ?』と尋ねてきた。
「リディアスが浮気してるって!」
『ミリルバカノリディアスガ、ウワキスルワケナイヨ』
「そ、そうかな」
『ウン。リディアスニキイタケド、カナリナガイアイダ、カタオモイシテタミタイダヨ』
「でも」
リディアスに新しく好きな人ができるかもしれないということは、ずっと前から考えていたことだ。だから、彼の気持ちを受け入れるのが怖かった。とうとうその日が来たのかと思って不安になっていると、シイちゃんが転がる。
『ミリルヲジブンノクニニツレテクルタメニ、ネックニナッテイルリディアスヲ、ユウワクシヨウトシテルンジャナイ?』
シイちゃんの話を聞いて、馬車の中でパトリック様が言っていた『あの男』というのが、リディアスのことなんじゃないかと思った。
「リディアスに確認したいけれど、前に送った手紙の返事もこないし確認しようもないわ」
リディアスだけから返事がこないのなら浮気を疑うけれど、お父様からの返事もない。私やお母様を大事にしてくれているお父様だもの。手紙を送ってこれないくらいに忙しいのだと思う。
『ミリルハショウライガキマッテイルワケダシ、ガクエンヲヤスンデ、ヨウスヲミニイッチャウ? シイ、カークトリディアスニアイタイ』
そうよ。そうよね。学園を休めばパトリック様に悩まされなくてもいい。今年は卒業の年だし、大した勉強はしていないもの。
シイちゃんから背中を押され、私の迷っていた気持ちは一気に、リディアスたちに会いに行くという方向に傾いたのだった。




