12 旅行の行き先 ③
薬を作るのに予想以上に時間がかってしまい、コニファー先生と別れたのは、夜の八時を過ぎていた。先生の家は私の家から少し離れているので馬車で来ているが、護衛は付けていない。
夜は危険だということで、騎士に先生を送ってもらうように頼んで見送ってから、遅めの夕食をとることにした。
お父様たちは食事を終えていたため、一人でダイニングルームで食事をしていると、リディアスがやって来た。
「お疲れ」
「リディアス! どうかしたの? もしかして、夕食を食べたのにもうお腹が減ったの?」
「腹は減ってるけど、それが理由でここに来たんじゃない」
呆れた顔で答えたリディアスに笑いかける。
「どうしたの? もしかして私に会いに来たの?」
「そういうこと」
「……リディアスの意地悪!」
からかったつもりだったのに、さらりと肯定されてしまった。言った自分が恥ずかしくなって文句を言うと、リディアスは笑う。
「照れるなら言わなきゃいいのに」
「リディアスが照れてくれたらいいだけでしょう!」
「残念だったな」
リディアスは私の隣に座ると、いたずらっ子みたいな顔をして私を見つめてくる。
「見られたら食べにくいんだけど」
大好きなお肉を口に入れてそっぽを向くと、笑い声が聞こえてきた。
「ごめん。見ないからゆっくり食べろよ。それから、話だけ聞いてくれるか」
「どうしたの?」
顔を前に戻し、お肉を咀嚼し終えてから尋ねると、リディアスは笑みを消した。
「第二王子はまだ諦めてないらしい」
「何を?」
「ミリルのことだよ」
「……私? どういうこと? まだ、私を国に連れ帰ろうとしてるの?」
「それもあるんだが、ミリルを婚約者にしたいみたいだな」
「私を?」
第二王子に気に入られるようなことなんてしてない。それなのにどうして?
困惑していると、リディアスが説明してくれる。
「ミリルはシイと仲が良いだろ? 今までの歴史上、そんな人物は確認されなかった」
「それは、シイちゃんも言っていたわね。だけど、シイちゃんは人となるべく関わらないようにしていたみたいだし、第四王女についての不幸はシイちゃんにはどうにもできないから交流しなかっただけなのよ」
『災厄』と『幸運』のどちらかと言われている第四王女だけど、シイちゃんがいるのなら『災厄』にならないようにすればいいと、最初は思った。
だけど、シイちゃんは神様が意図的に起こした体調不良や運の悪さしか救うことができないそうだ。だから、家族の不幸を引き受けていた私を治そうとしても無理だったし、自然に降りかかる不幸をどうすることもできない。
第四王女という存在が王城からいなくなり、王家から抹消されたため、私の存在は『災厄』でも『幸運』でもなくなったので、シイちゃんが動くことができたらしい。
「私はもう幸運の第四王女じゃないのに、どうしてこだわるのかしら」
「フラル王国の国王陛下にしてみれば、本当の王女がいたほうが良いと思っているんだろう。それと、第二王子がお前と婚約したいのは別の理由みたいだけどな」
「……他に何があるの?」
「冷たい態度を取られたのに、お前は薬をあげただろ?」
「それは薬師てして当たり前のことよ」
「第二王子はミリルは王子のことが好きだから薬をくれたんだと思い込んでいるらしい」
「ええっ!?」
人に優しくされたら、相手が自分に好意を持っていると思い込む人がいると聞いたことがあるけど、レイティン殿下もそうだってこと?
相手が王子様なんだから優しくするのが普通じゃないの!
「旅行なんてしている場合じゃないのかしら」
「それはいいんじゃないか。行きたい所は決まったのか?」
「コニファー先生から聞いたんだけどね」
幻の薬草の話をすると、リディアスも楽しそうだなと乗り気になってくれた。
レイティン殿下のことを考えるのは、旅行から帰ってからにしよう。今はシイちゃんとの思い出作りが大事だわ!