5 国王からの提案
シイちゃんを返してから、30日以上が経った。
王家からの手紙では王子の体調はすっかり良くなったらしい。といっても、シイちゃんと離れれば体調が悪くなるらしいから、しばらくの間は、私たちのところに戻すことはできないと書かれていた。
国王陛下は悪い人ではなく、息子の過ちで私たちとシイちゃんを引き離したことを悔やんでいると言って、お詫びの品などをたくさん贈ってくれた。
シイちゃんは第二王子のことが好きではないのか、彼の前では私たちと一緒にいた時のように動くことはなく、本当にただの石としてふるまっているみたいだ。もしかしたら、シイちゃんは自分をただの石だと思わせることで、王子の自分への執着を少なくしようとしているのかしら。
王子は私と年齢が変わらないらしいけど、精神年齢は幼いらしいから、シイちゃんが動くとわかれば、馬鹿なことを言い出しそうだものね。
「シイって呼んで愛着を持っていたから、石なのに、いなくなるとなんか寂しいよなぁ」
コニファー先生と薬を作っている時、栄養剤がほしいと言ってやってきた騎士の一人がぼそりと言った。彼らはシイちゃんが王家の秘宝だということを知っているが、動いたり、意思疎通できることは知らない。それでも、私がシイちゃんを大事に持っていると「シイ、元気か」と声をかけてくれたりしたから、シイちゃんもきらりと光って返事をしていたのだ。
「普通の石ではなかったから、私も寂しいわ」
コニファー先生が頷いた時、お母様が庭に出てきて叫ぶ。
「ミリル! フラル王国の国王陛下から手紙がきたの! 用事があってハピパル王国に来るから、その時、息子も一緒に連れて行くと書いてあるわ!」
「本当に!?」
私は持っていたレシピを思わず放り出して叫んだ。
もしかして、そんな用事をシイちゃんや神様が作り出してくれたのかな。
そんなことを思いながら、お母様に駆け寄り、手紙を一緒に読んだのだった。
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それから数十日後、フラル王国の国王陛下がジャルヌ辺境伯家にやってきた。挨拶を交わし、客間に案内すると、国王陛下はすぐにシイちゃんを渡してくれた。
「うちの馬鹿息子が本当に済まないことをした。長時間触れなければ腹痛を起こすが、罰として痛みは我慢させるつもりだ。私たちがこの国にいる間は、君たちに預けよう」
「ありがとうございます」
国王陛下に頭を下げてからジュエリーケースを開けると、シイちゃんがぴょんと飛び跳ねた。
「シイちゃん!」
キャッチして頬を寄せると、シイちゃんもすりすりと体を寄せてくれた。
「私や妻と長男には反応してくれるんだが、そこまで元気に動いているのを見るのは初めてだ」
優し気な笑みを浮かべた陛下は、私を見つめて話しかけてくる。
「ミーリル殿下……、いや、ミリル。私の提案を聞いてくれないか」
「提案、ですか?」
私の隣に座っているリディアスにシイちゃんを預け、陛下に尋ねると、眉尻を下げて答える。
「あなたがフラル王国の第四王女であったことは変わりない。王家の石もミリルに心を許している。良かったら、フラル王国に戻ってこないか」
国王陛下の申し出に、シイちゃんとの再会を喜んでいた家族も動きを止めた。
「……提案なのですよね」
「そうだ」
「ありがたい申し出ですが、遠慮させていただきます」
深々と頭を下げると「頭を上げてくれ」という声が聞こえた。
「変なことを言ってすまなかった。君には婚約者がいるものな」
「……は、はい」
私とリディアスが顔を見合わせると、国王陛下は苦笑する。
「うちの息子と結婚すれば、君と石はずっと一緒にいることができると思ったんだが」
シイちゃんと一緒にいたい。でも、私はこの家にいたい。お母様とお父様、リディアス、優しい使用人や騎士たちと一緒にいたい。護身のためにと始めた薬草学も楽しかった。その楽しさを教えてくれたコニファー先生と一緒に、これからも薬を作っていきたい。
「お気遣いいただきありがとうございます。ですが、私の居場所はここなんです。そして、フラル王国は私にとって辛い思い出の土地になります。ですから、私は母国には戻りません」
「そうか。わかった。もし、気が変わるようなことがあれば教えてほしい」
「ないとは思いますが、承知いたしました」
こんな答えでもいいよね?
問いかけるようにシイちゃんを見ると『それでいい』と言ってくれているように、シイちゃんはキラキラと光り輝いた。




