53 第四王女は母国には戻らない ④
フラル王国の王城が破壊されて数日後には、レドリー王家は王族ではなくなった。次の国王になったのは、レドリー王家の遠い親戚である公爵だった。
私を捨てたことが不幸の始まりだったということに気がついた元家族たちは、何通も私に手紙を送ってきているが、今のところ一通も読んでいない。だって、内容はわかりきっている。
強制的に退位させられた前国王は伯爵という爵位は与えられたものの、やったことのない仕事ができるはずもなく、数日で音を上げて、夫人の実家に転がり込んだ。夫人の実家は侯爵家で今は夫人の兄が家を継いでいるため、レドリー家全員を使用人として、しばらくの間は家に置き、役に立たないようなら家から放り出すと言っているそうだ。
追い出されることは目に見えているから、私に助けを求めているのだと思う。
こんなことになるまでに気づくチャンスは何度もあったはず。
私は相手が不幸になったからといって、今まで自分がされたことを忘れられるほど良い人間ではなかった。
正確に言えば、そんなことはどうでも良かったということもある。だって、シイちゃんがフラル王国に戻っていってしまったんだもの。
シイちゃんはフラル王国の王家のものだから、レドリー家が王家でなくなったのであれば、私はもう持ち主じゃないということだ。
「サミシイケド、サヨナラ」と、シイちゃんは私たち家族に別れを告げて去っていった。
今頃は城の宝物庫の中で眠っているのだと思う。
シイちゃんが次に表に出てくるとすれば、王族の誰かが悪いことをした時だ。シイちゃんには会いたいけど、王族に悪いことをしてほしいとは思わない。
「暗い顔をしてるな」
中庭のガゼボの中でシイちゃんのことを考えていると、お兄様が話しかけてきた。
「おかえりなさい、お兄様!」
「ただいま」
お兄様は数日間だけ、フラル王国のお友達の家に遊びに行っていた。帰って来る予定の日よりも早かったので、私は笑顔で立ち上がりお兄様を出迎える。
「ゆっくりしてこなかったの?」
「もともと、ゆっくりするつもりはなかったんだ。用事が終わればすぐに帰ろうと思ってた」
「用事? お友達の家に遊びに行っていたんじゃないの?」
お兄様は私の質問には答えず「土産がある」と言って、背負っていた茶色のリュックサックから、白い布に包まれた、お兄様の手のひらよりも少しだけ大きい何かを取り出した。
「お土産? ありがとう!」
両手で受け取った瞬間、布がもぞもぞと勝手に動いた。
「え? え?」
慌てていると、白い布がいきなり濡れ始めた。
「ディング陛下から連絡を入れてもらって謁見できた時に、見るだけでもいいから見せてくれませんかって頼んだんだ。そうしたら、拭いても拭いても水が出てきて使用人が気味が悪いといって怖がるから預かってくれって言われたんだ」
お兄様が微笑むので、私の胸はときめきと白い布の中身が何かという期待感であふれた。ゆっくりと布を広げていくと、ごつんと私の額に固い何かが当たった。
「いたっ!」
私の額に体当たりして下に落ちそうになったシイちゃんを、お兄様が受け止めると私に手渡してくれた。
「シイちゃん! どうしたの? 帰って来てくれたの?」
シイちゃんは私の両手の上でぴょんぴょんと飛び跳ねて、それと同時に涙なのか水を飛び散らせた。
「帰って来る途中で聞いたんだけど、人が自分を見に来るたびに、俺たちのことを思い出して、寂しいし悲しい、帰りたいって思っていたら、水が体から溢れてきたんだってさ。シイは泣いているだけなんだけど、何も知らない人にしてみれば気味が悪いよな」
お兄様が「喜んで預かります」と言うと、フラル王国の新しい国王陛下はすごく喜んでくれたそうだ。
「シイちゃんが近くにいなくても良いくらい、新しい国王陛下は良い人なのね」
シイちゃんに尋ねると、頷くようにぴょんぴょんとまた飛び跳ねた。
あまりにも私がふさぎ込んでいるから、お兄様は国王陛下に頼んでシイちゃんと私を会わせることができないか、頼んでくれようとしたらしい。
「国王陛下はミーリル様に戻って来るつもりはないかと言ってたけど、どうしたい?」
「私に戻ってこいって?」
「ああ。お前は幸運をもたらす王女だからな」
新しい国王陛下は王位を引き継いでから、王家の人間しか知らなかった話をエイブランから教えてもらっている。
「そうね。でも、もう第四王女じゃないから意味がないんじゃないかしら」
「でも、シイに意思があるということは、神の加護はなくなってないと思うんだ」
「……お兄様は私に国に戻ってほしいの?」
「そんなわけないだろ!」
声を荒らげるお兄様を見て微笑む。
私のことをここまで思ってくれる人は、これから先に現れるとは思えないわよね。
そして私も、異性として魅力的だと思える人はお兄様しかいない。
「いつか、お兄様じゃなく、昔みたいにリディアスって呼んでもいい?」
「……いいに決まってるだろ。というか、今すぐ実行しろ」
そう言って、お兄様は私とシイちゃんを抱きしめた。
「まずはお父様とお母様に話してからにするわ」
リディアスの胸に右頬を寄せ、左頬にはシイちゃんを当てた。
「許可が必要なのか?」
「それはそうでしょう。私は世間的にはあなたの妹なんだから」
「ああ、まあ、それもそうか。でも、血が繋がってないことはみんな知ってるだろ」
その時、お母様とお父様の声が聞こえてきた。
「あらあら! 帰ってこないと思ったら!」
「お、お前たち、一体、何があったんだ⁉」
お兄様を出迎えに来たみたいね。駆け寄って来たお父様とお母様に笑顔を向けて思う。
私の居場所はここだ。
私にとって最悪だった家族がいなくなっても、今の王家からシイちゃんと共に戻ってきてほしいと言われても、もう母国には戻らない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
このお話で第一部が完結になります。
第二部もお付き合いいただけますと幸いです。




