4 新しい家族との出会い
数日後、ハピパル王国の国王陛下の計らいで、私にハピパル王国の王家の親戚の子供という仮の身分が与えられた。
どうして、私がフラル王国に戻されなかったのかというと、一つ目は私が国に戻ることを嫌がったこと。
二つ目は、戻しても私が虐待される可能性が高いからということだった。
ハピパル王国の国王陛下は『ミーリルが希望していないのに、最低な親の元に戻すことは人として許されることではない』とのことだと言ってくれたのだ。
私の仮の両親は、実際に存在する人たちで、元々は貴族だったが、人付き合いが苦手なため、平民になっていた夫婦だった。顔が似ていない分、せめてもの共通点として私と同じ髪や瞳の色を持つ人を探してくれたらしい。
私はその人たちの家に行くのかと思ったけれど、身分の証明をしてくれるだけで、私の世話をする気はなかった。養女にしたいと名乗り出てくれたカーク様の家に迎えてもらえることになった私は、カーク様の奥様のレイゼル様と、一人息子のリディアスに対面した。
「今日から私たちがミリルの家族になる。改めてよろしく。私の名前はカークだ」
「私はレイゼルよ。これからよろしくね」
「俺はリディアス。ミリルよりも二つ年上だ。よろしく」
レイゼル様とリディアスはシルバーブロンドの髪に紫色の瞳を持っており、顔の雰囲気もどこか似ている気がした。
レイゼル様は背が高くて細身で、鼻筋の通った気の強そうな美人。リディアスは目が大きくて可愛い顔をしているけれど、レイゼル様と同じく気が強そうに見える。
レイゼル様は笑ってくれているけど、リディアスはムスッとしているし、カーク様と違って、なんだか怖そう。
また、私は嫌われちゃうのかな。
「はじめまして……、ミリルです。よろしくおねがいします」
「なんでそんなに声が小さいんだよ」
「……ごめんなさい」
俯くと、私よりも少しだけ背が高いリディアスが近づいてきて怒る。
「謝ってほしいんじゃねぇよ」
「ごめんなさい」
謝って俯き、身を縮こまらせる。
嫌われないようにするには、どうすれば良いんだろう。
「リディアス! いい加減にしろ!」
「いってぇ!」
べしっという音がして顔を上げるとリディアスは涙目になって自分の額を押さえていた。
もしかして、カーク様に額を叩かれたの?
驚いて目を瞬かせていると、カーク様は苦笑しながら私に話しかけてくる。
「悪かった。リディアスはミリルが嫌いで、嫌な言い方をしたわけじゃないんだ」
「……だいじょうぶ、です」
リディアスの言い方は、お姉様たちに比べたら怖くはなかったもの。
レイゼル様が私の横に跪く。
「これからよろしくね。リディアス、あなたはお兄さんになったのだから、妹を大事にするのよ」
「はい」
リディアスが迷うことも嫌がることもなく頷いてくれたから、私はホッと胸をなでおろした。
あとから聞いた話では、この時の彼は、女の子の扱いがわからなくて戸惑っていたみたいだ。口が悪いのは剣を教えてくれている先生のせいだと教えてくれた。
初めて会ったその日から、リディアスは私の世話を焼くようになった。
文字の読み書きを教えてくれたり、寝る前には本を読んでくれて、一緒のベッドで眠ることもあった。
口が悪くてたまに意地悪だけど、根は優しいリディアスのことを私は大好きになった。
リディアスに好きになってほしいとは思わない。私が好きなだけだから、嫌われないようにしなくっちゃ。私は良い娘、良い妹になろうと決意した。
******
「ミリルに確認したいことがあるんだ」
私がジャルヌ邸に屋敷にやって来て数日経ったある日、リディアスが新聞を持って私の部屋にやって来た。私の専属になってくれたメイドたちは私の正体を知らない。だから、メイドたちには部屋の外に出てもらった。二人きりになり、新聞を受け取って、リディアスに指を差された場所を読んでみて驚いた。
「私、病気で死んだことになっているのね」
新聞は少し前の日付のもので、外国の話題が載っている紙面の一角に『フラル王国のミーリル王女、享年七歳。早すぎる死』と書かれていた。
「そりゃあ、捨てたなんて言えないもんな」
「だよね。でも、城の人は誰もおかしいとは思わないのかなあ? 私がいなくなったのならまだしも病気で死んじゃったってことになっているんだよね? 私はここにいるのにおかしいって思わないの?」
「思っていても言えないんだろ」
「どうして言えないの?」
「……うーん、そうだな。言ったら、国王陛下たちに嫌なことをされるからじゃねえの?」
リディアスは首をひねりながら言った。
「嫌なことはされたくないもんね」
「そうだ。だから、ミーリル殿下は死んだってことでいいと思うぞ。これだけ大々的に発表したんだ。今更、生きていましたなんて、向こうは言えないよ」
「そっか。そうだよね。嘘つきってなるもんね。こうすることが一番幸せなんだわ。お姉さまも弟も私のことを嫌っていたの。それはお母様もお父様も一緒だわ。私がいなくなってきっと喜んでいるはずだもの」
「そんな嫌な奴らのことは考えなくていいだろ。大事なのは、ミリルが幸せかどうかだ」
私が幸せかどうか――。
そっか。
私はもうミーリルじゃない。ジャルヌ辺境伯家の長女ミリルだ。私の家族はカーク様やレイゼル様、リディアスなんだから!
「うん! 私は今、すっごく幸せだよ!」
「そっか。よし、ミリル。今から中庭に散歩に行こう」
「はーい!」
リディアスが手を差し出してくれたので、私はその手をぎゅっと握る。リディアスはその手を握り返すと、笑顔になって歩き出した。