33 流行病
ソーマ様がもっと早くに教えてくれていたら、私はここまで傷つかなかったかといえばそうでもないと思う。私とノンクード様の婚約も婚約破棄もキララとかなり仲良くなってからだ。だから、その時点で聞くのも、今教えてもらうのも私にとってのショックの大きさはそう変わりはなかった。
「エノウ伯爵令嬢はミリルを逆恨みしている可能性があるな」
家に戻る馬車の中でお兄様が言った。
「そうですね。キララの中ではノンクード様に学園で会えるだけで幸せだったのかもしれない。それなのに、私が彼を学園に登校させないようにしてしまった」
「悪いのはノンクード様だし、彼を学園に通わせないようにしたのはビサイズ公爵だけど、そんな考えにはならないんだろうな」
「……どうして、キララが私とジーノス様を二人きりにさせたのか、引っかかっていたのだけど、その理由がわかった気がします」
「どんな理由だ?」
眉根を寄せるお兄様に答える。
「自分とジーノス様の姿を重ねたからかもしれないわ」
「どういうことだ? 状況がまったく違うだろ」
「好きな人と一緒になれないというところは一緒よ。可哀想な人だから手助けしてあげようと思ったんだわ」
「そんなことで友人を売るのかよ」
不満そうにするお兄様に私は苦笑して答える。
「キララの中ではもう、私は友人ではないんですよ」
気持ちを切り替えよう。クラスにはすでにグループが出来上がってしまっていて、今更、私が他のグループに移ることは難しい。幸いなことに今のグループはキララと私含めての四人グループだから、キララとは心の距離を置いて仲良くしているふりをしよう。
家族だった人にも、友人だと思っていた人にも裏切られた。
私はこれからも裏切られ続けるのかな。
私の考えを読んだかのように、お兄様が私に話しかける。
「ミリル、俺も父さんも母さんも、何があってもミリルを裏切らない。騎士隊長のシロウズも騎士隊の皆も、薬草学のコニファー先生も使用人もお前のことを大事に思ってるよ」
「……うん」
目頭が熱くなったけれど、今は泣くべき時じゃない。
「ありがとう、お兄様」
微笑んで見せると、お兄様は安堵したような笑みを浮かべた。
その後は婚約を解消するつもりだと言っていたソーマ様をどう支えていこうかなどの話をしていると、家にたどり着いた。馬車から降りるとすぐに、お父様と一緒にコニファー先生が駆け寄って来た。
どうかしたのか聞く前に、お父様が口を開く。
「ミリル、手を貸してあげてくれないか」
「何をですか?」
聞き返すと、コニファー先生が涙目になって答える。
「フラル王国で流行病が蔓延しているのよ。それは薬で簡単に治るものなの。死亡率もかなり低いわ。でも、薬が足りないから一緒に薬を作ってくれないかと言って、私の主人の友人が助けを求めて来たの。だから、同じ薬師である主人がフラル王国に行ったんだけど」
いつものんびりした口調のコニファー先生が早口になっているので、これは良くないことだとすぐに察することができた。
「ご主人に何かあったのですか?」
「薬が足りないからといって子供やお年寄りを優先に渡していたら、本人がかかってしまったの。本人も高齢だから危ないかもしれないって連絡がきたのよ……」
コニファー先生の声が震えていることがわかり、私は焦って尋ねる。
「コニファー先生が作った薬では駄目なのですか?」
「私はすでにフラル王国と契約していて、作っていた薬は全て奪われてしまったの。今から作っても良いのだけど、彼の体力が持たないかもしれない。でも、ミリルが作った薬なら……」
「誰も薬だと言っても欲しがらない上に、他の人が作ったものよりも即効性がありますものね」
私は頷くと、コニファー先生に宣言する。
「薬の作り方を教えてください。コニファー先生の旦那様は私にとっても大事な人ですから」
「ミリル、ありがとうねぇ」
「当たり前のことをするだけです。急いで作りましょう!」
泣き崩れたコニファー先生の背中を撫でていると、お兄様がお父様に尋ねる。
「ハピパル王国にその病気が入ってくる可能性はあるのですか?」
「現在はフラル王国からの入国を拒否するようにしているらしい。だが、流行するまでに入ってきた者については、もう手遅れだ」
お父様の答えを聞いて、嫌な予感がしたけれど、私はコニファー先生を促して薬を作りにかかった。




