31 親友の婚約者 ①
パーティー終了後にジーノス様は何とかなったけれど、キララが怪しいという話をすると、お兄様が調べてくれることになった。
「彼女の婚約者のソーマに確認してみる。考えてみれば、今まではこっちが聞かなくても婚約者の話をしていたのに、最近はしなくなったんだ。俺に婚約者がいないから気を遣っているのかと思ったけど、やっぱりそうじゃないよな」
センシティブな内容でもあるので、友人だからこそ確認しにくいのか、お兄様の表情はどこか重い気がする。ソーマ様だって聞かれたくないわよね。でも、キララをこのまま放置しておいても良いとは思えない。
「キララ嬢の件はリディアスに任せる。それから、ジーノス様の件は私から国王陛下には報告しておく。問題はビサイズ公爵にはどう報告するかだな」
「弱みを握られそうになったとは言えませんし、なぜか私をミーリル殿下だと決めつけて脅してきたという話をするしかないのでしょうか」
ビサイズ公爵閣下はジーノス様が私に接触しようとするのはノンクード様のことだと思っているはず。
今回の話を聞いたら、私がミーリルかもしれないと疑いを持つかもしれない。というよりかは、すでに持っているかも。でも、公爵閣下も王家に目はつけられたくないはずだし、気づかないふりをしてくれるわよね。
「ビサイズ公爵に話をする前に国王陛下と話をして、どうすれば良いか指示を仰ぐつもりだ」
「よろしくお願いいたします」
お父様に頭を下げると、お兄様は話題を変える。
「今回の話を聞いて、ビサイズ公爵はジーノス様を家に置いておいても意味がないと判断して、彼女と離婚するでしょうか」
「今まで我慢してきているんだ。今すぐにはしないだろう。ノンクード様が成人したら離婚すると決めている気がする。ビサイズ公爵の中では、ノンクード様は被害者のようにしか思えないんだろう。離婚すれば、ノンクード様の親権をジーノス様は主張するだろう。その後、どんな生活になるかわからないだけに、ノンクード様を見捨てられないんだろう」
ビサイズ公爵の中では、お父様たちと同じようにたとえ血は繋がっていなくても、ノンクード様は息子なのね。親の義務を果たそうとしているというところかしら。
それなら、あんな我儘な性格に育てないでほしかったけれど、ジーノス様がいる以上は無理だったのかしらね。
でも、それならどうして幼い頃に母親と引き離そうとしなかったの?
「どうして、ビサイズ公爵は悪影響になるジーノス様と早いうちに離婚しなかったのでしょうか」
「ノンクード様は自分が浮気相手との子供だと知ったらショックを受けるでしょうし、それなら子供の時よりも大人になってから話そうとしていたのかもしれないわ」
私の質問に答えたお母様の言葉をお父様が引き継ぐ。
「離婚するということは、この国の貴族の間では恥なことでもあるし、世間体の問題もあったんだろう」
「ビサイズ公爵は妻のことについては無関心なのかもな」
お兄様がぽつりと呟いたので尋ねる。
「どういうこと?」
「妻という立場の人間がいれば良かったんじゃないか? 跡継ぎを生んでくれたことを評価して、その褒美に贅沢をさせていた。ビサイズ公爵にとって妻は誰でもいいんだよ。テイン様をジーノス様が可愛がらないのなら、自分が愛せば良いと思ったのかもな」
「なら、再婚すれば良かったんじゃないの?」
「二人の子供がいる男性のところに嫁に来る女性は限られていると思うわ。すぐに見つかるとは思えない。それなら、母親という存在はどんな存在でも必要だと思ったのかもしれないわね」
私の質問にお母様が悲しげな顔で続ける。
「子供の頃は母親がどうして自分を愛してくれないのか理由がわからないから、テイン様はジーノス様を慕っていたのかもしれない。ビサイズ公爵は子供のことを可愛がっているようだから、母親を奪ってしまう罪悪感が生じて、余計に離婚できなかったのかもしれないわ。ミリル、あなただって昔はそうだったのでしょう?」
「……そうでした。私も愛されていないことを感じていつつも、あの人たちの愛情を求めていました」
捨てられて、ジャルヌ辺境伯家に迎えてもらわなければ、私は今でもあの人たちからの愛を求めていたかもしれない。
「……今となってはいりませんけど!」
あの人たちのせいで暗い気持ちになるのが嫌で、明るい口調で言うと、お母様は私を抱きしめてくれた。
「あなたは私たちの娘だからね」
「ありがとうございます」
私よりも少しだけ背の高いお母様の肩に頬を寄せると、お父様が優しく頭を撫でてくれた。
「色々な人間がいる分、色々な家庭環境もあるんだ。幸せと思えるならそれで良いだろう」
「はい」
お母様から体を離して、お父様に体を向けて力強く頷いた。
「俺たちの話したことは推測でしかすぎませんが、もし、この仮説が合っていたとすると、ビサイズ公爵は予定よりも早くに離婚しそうですね」
お兄様が言うと、お父様もお母様も難しい顔で頷いた。
離婚する前に、ジーノス様は何らからの行動に出るはず。ハピパル王国の王家に接触できないなら、自分の身の安全を確保してからフラル王国の王家に接触しようとするでしょう。
ジーノス様への監視をもっと厳しくしてもらわないといけないわ。そして、キララのこともはっきりさせて、私なりの決着をつけないと。
お兄様がソーマ様に話をしてみると、私にも聞いてほしいとのことだったので、それから二日後、繁華街にあるレストランの個室でお兄様と一緒に話を聞くことになった。




