29 親友の裏切り ①
ジーノス様は私のデビュタントの日まで動くことはなく、遂にその日がやってきた。
「今日は一人になるなよ」
パーティー開始時間の直前にやって来たお兄様は、心配げな様子で言った。
いつもは前髪を下ろしているお兄様が、今日は上げているからか、大人っぽく見えて鼓動が速くなる。
タキシード姿は見慣れているはずなのに、異性として意識して見てみるとドキドキしてしまうものなのね。
家族だと思っていた時は『今日も素敵ね』くらいしか思っていなかったのに、私は本当に恋愛の免疫がなさすぎる。
「どうかしたのか?」
「いいえ。お兄様は今日も素敵ね」
「ミリルもな」
「ありがとう」
はにかんだ笑みを見せたお兄様に微笑んだ時、今日のパートナーのお父様が現れた。
お父様もいつも素敵だけど、タキシード姿はいつも以上にカッコ良かった。
落ち着いた雰囲気の男性が好みである私には、好きなタイプと聞かれるとお父様を思い浮かべてしまうと言うと、友人のキララからは『ファザコンね』なんて笑われたことを思い出す。
キララのことを思い出した時、不安な気持ちが胸をよぎった。
最近のキララは私を避けているような気がするのよね。
「緊張しているのか?」
お父様に尋ねられ、私は苦笑して頷く。
「緊張はしています。こんなに可愛らしいドレスを着るのは久しぶりですし、こけたりしないように気をつけます」
青色が好きな私は、ここに来てからは青系のドレスを着ることが多かった。だけど、今日はレモンイエローのドレスで色とりどりの宝石でできた小花が散りばめられている。
デビュタントで緊張していることは確かだし、ジーノス様のことが気にならないわけでもない。
でも、腰に巻いている大きなリボンにはまた、袋に入れたシイちゃんを忍ばせているから、絶対に大丈夫だという安心感もある。
シイちゃんは気を遣ってくれたのか、重さはほとんど感じないように調整してくれているので、あまり違和感を覚えないから有り難い。
「ビサイズ公爵も不自然にならない程度に夫人を見張ってくれるそうだ」
「ありがとうございます」
「では、行こうか」
「はい!」
お父様にエスコートしてもらい、パーティー会場に向かった。
パーティーが始まってからしばらくは特に動きはなかった。というよりかは、私の周りに人が集まっていたからということもある。
今日は婚約者がいない若い男性も多く出席してくれていたので、お祝いの言葉だけでなく、自分の息子を紹介してくる貴族がとても多かった。
ビサイズ公爵家からは公爵閣下と夫人のジーノス様、嫡男のテイン様が来てくれていて、テイン様はノンクード様の件で何度も謝ってくれた
公爵閣下からも「色々と迷惑をかけてすまない」と言われ、間違ってはいないんだけれど恐縮してしまった。
一人にならないようにと言われていたので気をつけていた。でも、生理現象はどうしても我慢できない。侍女に付き添いを頼もうとすると、キララが一緒に行くと言ってくれた。
最近の態度が嘘のように、今日のキララは笑顔で私に接してくれた。
何か悪いことをしたのか聞いても「何もないわよ」としか言われなくて、ずっと心にもやもやしていたので気持ちが楽になった。
ドレスを汚さないように苦戦しつつも用を足して個室から出ると、洗面台の前にいたのはキララではなくジーノス様だった。
黒のイブニングドレスに身を包んだジーノス様はにこりと微笑む。
「やっと二人きりで話ができますわね」
キララの姿が見えない。この時になってやっと、彼女が私を裏切ったことに気がついた。
今までよそよそしかったのは、罪悪感の表れだったのかもしれない。
ジーノス様には監視がついているはず。姿が見えないということはキララに足止めされている可能性が高い。
もしくはキララを振り払って助けを呼びに行ってくれているかも。
まあ、いいわ。キララのことはあとで考えることにして、この場は受けて立ちましょう。シイちゃんが沈黙しているということは、自分で戦うべきところは戦えということよね。
「何かご用でしょうか」
「時間があまりないので単刀直入に言わせていただきますが、あなたはミーリル殿下なのでしょう?」
「……何をおっしゃっているんですか?」
「あなたとフラル王国の王妃陛下は顔立ちはそっくりです。しかも、ミーリル殿下が亡くなったと言われた時期に、あなたはジャルヌ辺境伯家に養女としてやって来ています。髪も瞳の色も同じ。しかもミリルだなんて」
ジーノス様の話を私は遮って尋ねる。
「私はハピパル王国の国王陛下から身元の保証がされています。それなのにあなたは私がミーリル殿下だとおっしゃるのですか? 国王陛下が嘘をついているとでも?」
「なっ……!」
ジーノス様は焦った表情になって言葉をなくした。私に言い返されると思っていなかったのか、動揺しているジーノス様に話しかける。
「こんなことを言うのもなんですが、先ほどの発言を国王陛下に報告しても良いのですよ」
「そ……、そんな大袈裟だわ」
「国王陛下の言葉を疑うような発言をしたのですから大袈裟も何もないでしょう」
ジーノス様は笑みを引きつらせて答える。
「別に国王陛下を疑っているわけではないわ。あなたがミーリル殿下じゃないかと言っただけよ!」
「ですから、私は国王陛下に身元を保証していただいています。そんな私に身分の詐称を疑うのでしたら国王陛下に直接ご確認くださいませ。その前にビサイズ公爵閣下から謁見の理由を聞かれるかと思いますが」
ビサイズ公爵閣下は私がミーリルだということを知らない。だから、ジーノス様からその話を聞いても、国王陛下の耳に入れるものではないと却下するでしょう。
はっきりと伝えてから、私はジーノス様の目の前で洗面ボウルの中に入っていた水で手を洗い、鏡でメイクが落ちていないか確認をした。
その後は黙り込んでいる彼女に一礼して外へ出た。ジーノス様はすぐには追いかけてはこず、そのかわり、バンッという何かを叩いたような鈍い音が聞こえてきたのだった。




