24 見送りの日
見送りの当日の朝は、フラル王国の王家が帰ってくれることを喜んでいるかのように快晴だった。
「娘の我儘を聞いてくれてありがとう」
「いえいえ。王女の我儘を制御できないのですから仕方がありませんよ。こちらは子供の我儘くらいでしたら、多めに見てあげる余裕がありますし、駄目なものは駄目だとお伝えしております。あなた方が国政に携わらないのは賢明な判断ですね」
お礼を言うフラル王国の国王陛下に、ハピパル王国の王太子殿下は爽やかな笑みを浮かべて嫌味を言った。
フラル王国の王家がやっていることってくだらないことばかりだし、敬う気にもなれないのよね。国政にも携わっていないから、ハピパル王国側としては真面目に相手をする必要がないといったところかしら。
「わ、私がいなければ、フラル王国は終わるんだぞ!」
「そうなんですね」
「失礼だぞ!」
国王陛下もそのことに気がついたのか、顔を真っ赤にして言い返している。二人の話を後ろで聞いていると、王妃陛下が近づいてきて私に話しかけてきた。
「こんにちは、あなたがミリルさんね」
「はい。ミリル・ジャルヌと申します。フラル王国の王妃陛下にお会いできて光栄に存じます」
笑顔でカーテシーをすると、王妃陛下は眉根を寄せた。
もしかして、私がミーリルだと気づかれた?
腰に巻いたリボンの中に忍ばせているシイちゃんに触れると、シイちゃんが温かくなった気がして、心が落ち着いてきた。笑みを絶やさずにいると、王妃陛下は私から目を逸らし、がっかりしたように大きなため息を吐いた。
王妃陛下のこの反応はどう受け止めたら良いのかしら。
それにしても、もう家族と思っていないとはいえ、血のつながりのある人なのに懐かしいと思えないのは、捨てられたという心の傷が今でも深く残っているからだろうか。
「お母様、どうでしたか?」
私から離れていく王妃陛下にシエッタ殿下が近寄り、小声で尋ねる声が聞こえてきた。
「……違うわ。わたしの子供なら、あんなブサイクな顔はしていないはずよ」
ぶ、ブサイクはないんじゃないですか! あなただって化粧でごまかしているところはあるでしょう!
「ミリル、お前は可愛いよ」
「うはっ⁉」
お兄様が耳元で囁いてきたので、動揺して変な声が出た。
か、可愛い⁉ 私が⁉
「そ、それはっ、ど、ど、どういうっ」
「たぶん、シイが王妃陛下の目にはミリルが違う顔に見えるようにしてくれているんじゃないか?」
「……そうかも」
リボンの上からシイちゃんを触ると、さっきと同じように温かさを感じた。ドキドキしていた胸の鼓動が落ち着いていく。
そうよ。今はこんなことで動揺していては駄目だものね。しかも、お兄様はケロッとした顔をしているし!
「くそっ! 不愉快だ! 帰るぞ!」
そう言って国王陛下は私に目を向けると、なぜか表情を歪ませた。
「醜い娘だな。ロブはあんな娘を嫁にしようとしていたのか」
醜い娘! 夫婦そろってひどくないですか⁉
でも、そう思ってもらえるほうが、私がミーリルだとわからないから良いか。
怒りと安堵感で複雑な感情になっていると、シエッタ殿下がお兄様に近づいてくるのがわかった。
「リディアス様、お別れだなんて悲しいです!」
シエッタ殿下はお兄様にしがみつこうとしたけれど、お兄様はひらりと身をかわした。すると、シエッタ殿下は前のめりになってたたらを踏んだ。
「シエッタ殿下!」
ノンクード様も見送りに来ていたらしく、駆け寄ってきてシエッタ殿下の体を支えて尋ねる。
「お怪我はありませんか?」
「……ないわ」
シエッタ殿下は不機嫌そうにノンクード様の手を振り払い、お兄様に訴える。
「もう少しで倒れてしまうところでしたわ。受け止めてください!」
「申し訳ございませんが、婚約者でもない女性にむやみに触れることはできません」
「なら、わたしを婚約者にしてください!」
「お断りします」
お兄様とシエッタ殿下のやり取りを見守っていると、シエッタ殿下の足元に小袋が落ちていることに気がついた。
さっき、たたらを踏んでいた時に落ちたのかもしれない。もしくは、シイちゃんが残りの自分を呼び寄せたとかかしら。拾おうかと思った瞬間、お腹あたりにいるシイちゃんが重くなった気がして手を止めた。
お腹をさするようにしてシイちゃんの大きさを確かめると、重みが増した分、かなり大きくなっていた。
ということは、小袋の中の石は減っているということだ。一気に石がなくなったら、さすがにシエッタ殿下たちも気づくんじゃない?




