21 第三王女の来訪
それから二日後の朝、シエッタ殿下が私のいる教室に訪ねてきた。
「この学園に通えるのもあと五日になったの。国に戻るまでにどうしてもミリル様と仲良くなっておきたいの」
シエッタ殿下は笑みを浮かべて続ける。
「仲良くなるために、ぜひ、明日の放課後、あなたのお家にお伺いしたいわ。断るわけがないわよね?」
「返事をするのは、父に確認してからでもよろしいでしょうか」
「ふざけないで。家に行くくらい良いでしょう」
「シエッタ殿下は王族の方です。警備の問題などがありますから、簡単に、はいとは言えません」
「あら、日ごろの警備ではわたしを守れないというの?」
鼻で笑うシエッタ殿下に、私は冷静に答える。
「守らなければならない対象が増えるのです。いつもの配置では警備が手薄になります。何かあってからでは遅いのです」
「……わかったわ。返事は確認してからでいいわ」
気圧されたのか、くるりと背を向けて歩き出したシエッタ殿下と入れ替わりに、彼女の付き人が私の所にやってくる。
「ミリル様、最近、石を拾ったとお伺いしたのですが……」
どこから漏れたのかはわからないけれど、思った以上に早くに私だとわかったみたい。
「拾いましたよ。今も持っていますから見ますか?」
そう言ってシイちゃんを見せると、付き人はがっかりした顔になる。
「……これが、拾った石ですか」
「そうですが、どうかしましたか?」
「いえ。形も違うし色も違いますので、探しているものではありません。あの、ありがとうございました」
付き人は一礼したあと、大きなため息を吐いて教室を出ていく。
色も違うと言っていたけれど、どういうことかしら。
そう思って、シイちゃんを見てみると、真っ白な石が真っ黒になっていた。
「どっ」
どういうこと⁉
大声を出しそうになるのを何とか堪えた。気持ちを落ち着けてから、もう一度確認すると、シイちゃんは元の色に戻っていた。
石の色が変わるなんて、やっぱり、これは王家にかかわる石なのね。
それにしても、シエッタ殿下は私には何を話すつもりなのかしら。仲良くなりたいだなんて、絶対に嘘よね。
ふと視線を感じて目を向けると、ノンクード様が私を睨みつけていた。私が気がついたことがわかると、彼は何事もなかったかのように次の準備を始めた。
角度的にシイちゃんの色の変化は見られていないはず。
小さく息を吐いてから、私は授業に集中することにした。
その日の帰りの馬車の中でシエッタ殿下が教室に来たことを話すと、お兄様は何度も謝ってきた。
「悪い。まだ、教室に来てないだけだと思い込んでた」
「気にしないで。他国の王族に監視なんて付けられないし、王族の周りの人が情報を簡単に売らないのは当たり前なんだからわからなくて当然よ」
「本当にごめん」
「お兄様のせいじゃないってば! 私に悪いと思うなら、悪いと思うことをやめて」
強く言うと、お兄様はばつが悪そうな顔をして口を閉ざした。
家に帰り、お父様に相談したところ、王家の願いなので断ることは難しいと謝られた。それについてはそう答えが帰ってくるだろうとわかっていたし、特に反論はなかった。
シエッタ殿下の目的がわからないこともあり、二人きりにはならないようにとも言われたので、きっと彼女のことだから、お兄様の同席を求めるだろうと答えた。
そして次の日の放課後、私とお兄様が家に帰り着いて少しすると、シエッタ殿下が付き人や護衛と共に訪ねてきた。手土産を執事に渡しているシエッタ殿下の付き人の表情はとても暗い。石を探すのにかなり苦労しているように見えて、彼女に対しては罪悪感を覚えた。
「本日はお招きいただけて嬉しいわ」
シエッタ殿下はお兄様が一緒にいるとわかると、満面の笑みを浮かべた。
あなたが来たいって言い出したんじゃないですか。
そう言いたくなったけれど我慢した。相手は私よりも立場がかなり上の人だ。私が下手なことをすれば、お父様に迷惑がかかってしまう。
待たせていた応接に入り、シエッタ殿下の向かい側に私、その隣にお兄様が座った。メイドにお茶を淹れてもらって、部屋から出ていったことを確認すると、私は早速口を開いた。
「私に何かご用でしょうか」
「昨日も言いましたでしょう? わたしはあなたと仲良くなりたいの」
「仲良くなるとは、一体どのようなことを言うのでしょうか」
うわべだけの付き合いなら我慢することはできる。だってどうせ、この人はもうすぐ国に帰るんだから。だけど、本当の友人になりたいと言うのであればお断りだわ。
友人だからこそ頼めることと頼めないことがあったりする。シエッタ殿下の場合は友人という言葉を免罪符に、普通の友人関係なら頼んでこないことを頼んでくるに違いないもの。
「そうね。まずは文通から始めるのはどうかしら。それに私の弟のロブとの婚約も考えてほしいの」
ロブ殿下から婚約の申し込みはあった。でも、お父様からお断りしてもらっているし、それからは何も言われていない。諦めてくれたのかと思ったけど、そうではないみたいね。
「ロブ殿下との婚約につきましては、心苦しいことではございますが、お断りさせていただきました」
「話をしたこともないのでしょう? すぐに断らなくてもいいんじゃないの? まずはロブのことを知ってから答えを出したら?」
「お聞きしたいのですが」
「……何かしら」
「シエッタ殿下は私の兄に出会ってすぐに婚約を申し込まれたのですよね。兄のことをよく知らないのに、どうして婚約を申し込まれたのですか?」
痛い所を突かれたのか、シエッタ殿下は悔しそうな顔になって、唇を噛んだ。
よく知ってから判断しろと言うのであれば、婚約の申し込みだって相手を知ってからするべきでしょうという意味を含んだ私の言葉に気がついたシエッタ殿下は、少し間を置いたあとに答える。
「一目惚れだったの。でも、冷静になったら、ちゃんとリディアス様のことを知るべきだと思ったわ」
「それで学園に来られたんですか?」
「そうよ。というか、もうその話はいいでしょう! 命令よ! わたしと友人に……っ」
興奮して立ち上がったシエッタ殿下だったけれど、話の途中で言葉を止めてお腹を押さえる。
「ううっ。痛い。どうして……っ、どうしてなのっ?」
「医者を呼んでもらう」
お兄様はそう言って扉に近づいていき、中から使用人に指示をする。その間、私はシエッタ殿下に話しかける。
「大丈夫ですか? 常駐しているお医者さまを呼びますね」
「ううっ! ああああっ」
私が近づくと余計に痛みが増したのか、シエッタ殿下は床に崩れ落ちた。すると、彼女の胸元から小袋が飛び出してきた。その小袋は以前、彼女の付き人が拾っていた袋と同じように見える。
驚いたのはそれからだった。縛られていた袋が勝手に開き、中から小さな石の欠片が飛び出すと、私の足元に転がってきた。それと同時に袋は勝手に締まり動かなくなった。
急いで小さな石の欠片を拾い上げる。前回とは違い、小さく割れたもので、小麦一粒分あるかないかといった感じだ。これくらいの大きさなら、割れたとはわからないでしょう。
「ああああ、痛いっ! 助けてぇっ」
冷や汗を流しているシエッタ殿下を見て、私は慌ててお兄様の元に駆け寄る。
「どうしよう、お兄様。尋常じゃないくらいの痛みみたい」
「俺たちは専門家じゃないから下手に動かないほうがいい。今、医者を呼んでもらっているから、それまでは辛抱してもらうしかない」
お兄様が答えた時、シエッタ殿下の戸惑う声が聞こえてくる。
「あら? ……もう……、痛く……ない?」
シエッタ殿下はそう言ってソファに座りなおすと、胸元から小袋を取り出して大きな息を吐く。彼女の足元に落ちていたはずの小袋は、いつの間にか彼女の胸元に戻っていた。




