2 捨てられた第四王女 ②
黒い短髪に赤色の瞳。絵本に出てくる王子様のように整った顔立ちの長身痩躯でスタイルの良いカーク様は、鉄柵越しに私の前にしゃがみ込んで尋ねてきた。
「可哀想に。一体、何があった? 親とはぐれたのか?」
「待っていろといわれたから、待っていました。でも、夜になっても来てくれなくて、こわくてうごきました」
「……そうか。名前は? 年はいくつだ?」
「ミーリル・レドリーです。7さいです」
質問に答えた瞬間、カーク様は驚いたのか、目を大きく見開いた。近くにいた警備隊員たちも「まじかよ」「うそだろ」「本物じゃないって」など、口々に言い出し始める。
「お前たち、静かにしろ。……そういえば、フラル王国の第四王女のミーリル様はピンク色の瞳だったな」
部下を黙らせたカーク様は頷くと、立ち上がって兵士に叫ぶ。
「ここから一番近くにある門を開けて中に入れ。彼女を保護する。フラル王国側には少女を保護したが、行方不明の届けが出ているか確認しろ!」
「承知しました!」
複数いた兵士が、それぞれの役割を果たすために動き始める。カーク様は、私の元に兵士が来てくれるまで、鉄柵越しに優しく話しかけてくれ、私を一人にすることはなかった。しばらくして若い男性がやって来ると、私を優しく抱き上げて、ハピパル王国に入国させてくれた。
「カーク様、フラル王国側に確認したところ、森での行方不明者の捜索依頼はないそうです」
「そうか。ありがとう」
カーク様は男性から私を受け取ると抱き上げた状態で、警備隊の人たちに命令する。
「いいか。彼女の名前はミリルで姓はない。親と森で生き別れてしまった少女だ。ミリルが先ほど、口にしたことは公言するな」
「承知しました!」
警備隊の人たちが大きな声で返事をするから、私は驚いて体を縮こまらせた。すると、カーク様が優しく頭を撫でてくれる。
「君はミリルでミーリルではない」
「どうしてミーリルじゃないんですか?」
「君は怖い思いをしたいかい?」
「いいえ」
「ミーリルのままなら怖い思いをしなくちゃいけないよ」
「それはいやです。それならミリルになります」
首を横に振ると、カーク様は微笑む。
「良い子だ。ちゃんとした食事をとれていないようだから、これから、たくさん美味しいものを食べて、大きくなって強くなろうな」
「……はい」
どうして名前を変えたら怖い思いをしなくなるんだろう。しかも、ミーリルをミリルだなんて似たような名前に変える必要あるのかな。
疑問符が浮かんだけれど、本能的に頷かなければならないと思った。
あとになって名前を大きく変えなかった理由を教えてもらうと、咄嗟に自分の名前をミーリルと言ってしまっても、何とか誤魔化せるだろうと思ったそうだ。
カーク様は私を連れて帰る前に、まずは家族や、王家に確認すると言って去っていった。私のことを任された警備隊員の若い女性が「お腹減ったよね?」と聞いてくれたので「うん」と素直に頷いた。
女性は他の隊員に私を預けて姿を消すと、すぐに温かなスープを持ってきてくれた。城では毒見をしてもらっていたから、冷たい料理しか食べたことがなかった。温かい食事に明るい笑い声。初めての環境に戸惑いつつも、胸が温かくなった。
「寒かっただろ」と上着を貸してくれたり「ミリルは偉い」「よく頑張ったな」など、褒めてくれる皆の言葉が嬉しくて涙がこぼれた。
お父様もお母様も、私のことが嫌いだから私を捨てた。お姉さまも弟も私のことを嫌っていた。だから、メイドたちだって、意地悪はしないけど優しくもなかった。
世界中の皆に嫌われていると思っていたけど違ったんだ。
私の涙を見て、周りを囲んでいた皆は慌て始める。
「どうしたの? どこか痛むの? ……そうだわ! たしか、ミーリル様は体が弱いと聞いたことがあるわ!」
「そういえばそうだったな。だから、公の場に出たこともないんだっけ」
「子供にはお菓子だろ。お菓子、誰か持ってねぇ⁉」
「何を言ってるんだよ! 病気なら薬だろ!」
慌てふためいている皆の姿がおかしくて「ふふふっ」と笑うと、皆は安堵したように笑った。
王城は遠いらしく、カーク様が戻ってくるまでは国境警備隊の寮で生活することになった。
寮の浴場で体を洗ってもらい、隊員の子供のお下がりの服をもらって着替えた。仮眠室で眠る時には交代で誰かが一緒に眠ってくれた。誰かと一緒に眠ったり食事をすることは、私にとってとても幸せなものだった。
カーク様たちに保護された日から私の生活は一変した。フラル王国を出てからの私は、体調が良くなり、今までは少し走れば息切れして倒れていたのに、長い距離を走れるようになった。
そして、変化があったのは私だけではなかった。私がハピパル王国に入ったその日から、フラル王国の王家に不幸が続くようになるのだった。