11 婚約者の暴走 ②
「やめてくださいっ!」
悲鳴を上げて、私は必死に抵抗した。ローテーブルの上のカップが倒れて床に零れ落ちた時、部屋の外から見張りの兵士の声が聞こえてきた。
「何かございましたか⁉」
「たすけ……っ、うぐっ」
「何もない!」
助けを呼ぼうとした私の口を手でふさいで、ノンクード様は叫んだ。
「で、ですが、すごい音が」
「ミリルがローテーブルに足をぶつけただけだ!」
言い返された兵士は、その後は大人しくなり、部屋に入ってこようとする様子はなかった。
どうしよう。私はどうなっちゃうの?
こんなことになるかもしれないと思って、二人きりにならないようにしないとって思っていたのに、本当に私は馬鹿だ。
「ううっ!」
こんなことをする人だなんて、思ってもみなかった。こんな人と結婚だなんて絶対に嫌よ!
なんとか抵抗しようと手を動かしたけれど、すぐに掴まれ、両手首を片手で押さえつけられた。
「静かにしてくれ。手荒な真似はしたくないんだよ。君に言うことを聞いてもらえないと僕は……!」
ノンクード様が私の口にハンカチを突っ込み、私の首に両手をかけた時だった。廊下のほうからバタバタと足音が聞こえて来たかと思うと、お兄様の声が聞こえた。
「ノンクード様、シエッタ殿下のことでお話したいことがあります。中に入れていただけませんか」
シエッタ殿下のことでと言ったことが彼の気を引いたのか、ノンクード様は「今の話は誰にも言わないように」と言って私から離れると、乱れたシャツを直しながら応える。
「かまいませんよ。僕もあなたとお話がしたかったんです」
ノンクード様は一体、何を考えているの? シエッタ殿下が好きなのに、どうして私と婚約破棄しないの? それに、どうしてお兄様とシエッタ殿下をくっつけようとするの⁉
言うなと命令されても言うに決まっているじゃないの! 言わないほうが馬鹿だわ! 大体、こんなに部屋が散らかっているというのに、どんな言い訳をするつもりなのかしら!
私の頭の中で多くの疑問や怒りの感情が駆け巡った。
「失礼します」
そう言って入ってきたお兄様は、私を見て眉間にシワを寄せた。私のワンピースドレスの胸元が乱れていたかもしれない。はしたないと思って直していると、お兄様が私に近づき、優しい声で話しかけてくる。
「大丈夫か。どうして、俺たちに連絡してこなかったんだ」
「メイドが呼びに行ったけれど断られたと言っていました。他の人に一緒に入ってもらおうとすると、ノンクード様に断られたのです」
ノンクード様に目を向けると、彼は笑顔で頷いてお兄様に問いかける。
「婚約者同士が二人で話すことに何か問題がありますか?」
「あるでしょうね。普通に話をするだけで、お茶がこんなに激しく零れたりしませんから」
「ミリルの足が当たったんですよ。そうだよね?」
ノンクード様は柔らかな笑みを浮かべて言った。こう言えば、私が頷くと思っている。
こんな人とは何があっても婚約を解消しなくちゃ。結婚なんてしたら、暴力で支配されてしまう。
そんなの絶対に嫌!
「いいえ。ノンクード様がテーブルを飛び越えて、私の所に来たからです」
「ミリル!」
ノンクード様の厳しい声に、びくりと体が震えた時、お兄様が私の隣に座る。
「俺がいるから大丈夫だ」
お兄様の優しい声に、鼻がツンと痛くなる。安心して泣きそうになるなんて、自分が思っていた以上にノンクード様に恐怖を覚えていたんだわ。
「ありがとうございます、お兄様。私は大丈夫です」
いつまでもお兄様に頼っているわけにはいかない。私がこんな調子だから、お兄様はシスコンと言われてしまうのよね。
そんな私の考えを知らないお兄様は私の手を優しく握り、私が落ち着いたことを確認してから離す。
そして、ノンクード様に話しかけた。
「シエッタ殿下のことなんですが」
「僕もそのことで話があったんです。リディアスさん、シエッタ殿下の婚約者になってください」
「その場でご本人にお断りの話をさせていただきました。今もその気持ちに変わりはありません」
「あんなに美しい人を悲しませるというのですか! かなりショックを受けておられましたよ。ですから、撤回して申し込みを受けてください」
「お断りします」
お兄様は冷ややかな口調で答えた。ノンクード様は驚いた顔で叫ぶ。
「なんですって? そんなことを言って良いと思っているんですか!」
「ええ。王家から許可を得ています」
「……王家から?」
ノンクード様の表情が驚きのものに変わった。




