53 石を盗もうとする者 ②
しばらくの間、私はテント内で私にできる作業を進めたが、エイブランが再度話しかけてくることはなかった。思った以上に怪我をしている人がいて、自分の欲望のために多くの人を巻き込んだレイティン殿下にかなりの嫌悪感を覚えた。
暗くなる前に宿営地近くに戻るように言われていたので、日が落ち始めたとわかった時点で、作業をやめて帰ることになった。宿営地に戻った時にはすっかり辺りは暗くなっていたけれど、人の出入りが激しく慌ただしい感じがした。
エイブランが話しかけてきたことを帰りの馬車の中でリディアスたちに報告すると、リディアスには「そんな大事な話はもっと早くに教えろ」と怒られてしまった。
というわけで、帰って来て一番にお父様に連絡しようと思ったのだけど、ハピパル王国の国王陛下の所に今回の件を報告しに行ってくれているため不在だった。
ここから王都まではかなり遠い。ここを発つ前にお父様に挨拶できなかったのは残念だけど、王都からそのまま家に帰るかもしれないそうで、その点については嬉しい。
シモンズがいるから大丈夫だと断ったのに、宿まで送ってくれたリディアスは、帰る前に少しだけ私の部屋に寄っていった。
「シイはエレスティーナ様から俺を守ってくれたんだよな?」
事情が詳しくわかっていない私だけじゃなく、尋ねられたシイちゃんも『ナンノコト?』と尋ね返した。
「体当たりしたり、無礼だと言われてもおかしくないのに、エレスティーナ様はそんなことを口にしなかった」
『ソノコトネ。マモッタツモリダッタケド、リディアスニメイワクヲカケルヨウナコトヲシテシマッタカラ、ゴメンネ』
「いや、おかげで助かったよ。相手は王女だったし、無茶なことを命令されたら辛かった」
『キニシナクテイイヨ。タダ、オウケノイシノコトハバレテイルシ、コンカイノケンデ、ナニカシテクルカモシレナイカラ、キヲツケテネ』
シイちゃんの忠告を聞いた私とリディアスは顔を見合わせて頷きあった。
この時の私たちは、シイちゃんが私たちのことを言っているのだと思い込んでいた。そうではなかったとわかったのは、次の日、シモンズと一緒に繁華街を歩いていた時だった。
明日には出発するので、お土産を買って帰ろうと店を回っていた時、女性向けのファンシーなお店に立ち寄った。シモンズたちには外で待機していてもらい、メイドと私だけで中に入ったのだが、それがいけなかった。
誰かとすれ違うことはあっても、ぶつかった覚えはない。それなのに、ポーチに入っていたシイちゃんが盗まれてしまっていたのだ。
「ど、ど、どうしよう!」
シイちゃんにお母様へのお土産を選んでもらおうとポーチの中を確認して気がついた。
シイちゃんが誰かに盗まれたと知られたら、国際問題になってしまう。血の気が引いた時、さっきまでいなかったはずのシイちゃんがポーチの中にいた。
「えっ? あ、あれ?」
焦りと安堵の気持ちがごちゃ混ぜになって、困惑の声と涙が出る。
「ミリル様、どうかされましたか?」
「ご、ごめんなさい。何でもないわ」
心配そうな表情で尋ねてきたメイドに答えたあと、私はシイちゃんを抱きしめて、安堵の息を吐いた。
そしてその頃、シイちゃんを盗んだ人間の手元にはシイちゃんにそっくりなただの石があり、それは、レイティン殿下に手渡されていたのだった。




